第39話 集団洗礼式と魔女の裏切り
そして、遂にこの日を迎える。
それは『集団洗礼式』である。
俺はこの儀式の事をマリー・スクエットに相談。その彼女の号令で<センブル聖堂>に多くの人が集まっていた。
(これは……俺一人で……本当に捌ききれるのか?)
荘厳な建物を起点に、外まで続く大行列。
一列に並ぶ白装束集団、
またやら彼女は「カミヒト様より祝福と啓示を与えられる」と衆知したらしい。
皆一様に、眼を煌めかせ、その時を待ちわびている様子だった。
俺は白いウールの祭服に……。
首から掛ける帯『ストラ』。
赤い靴紐のない革靴『ローファー』
白と金の頭蓋帽『ミトラ』。
まるでローマ教皇のような服を纏う。
これはアンナさんがこの日の為に作ってくれた特注品だった。
そして両脇には、純白の祭服に身を包む金髪の娘 "聖神女" フィデス・ガリア と――。
漆黒の外套を纏う、濡羽色の妖艶な女性 ”魔女” マリー・スクエットを迎え、儀式は厳粛にも盛大に行われることとなったのだった。
この儀式によって俺は、皆のステータスを無断で閲覧し、スキルを振り分ける事になる。
それは、まるで人の人生を勝手に決めるような行為。
気が引けることだが……これは仕方のない事だった。
時には個々の尊厳も奪わなければならない。
それが会社……ひいては社会の悪いとこである。
一人づつ俺の元に近づき、跪く――対象者。
その多くは……女性ばかりである。
現在、この村の男女比は3:7と女性従業員が多く、中には小さな子供や年老いた老人も見受けられていた。
これは死の疫病”黒死病”の弊害。その患者の多くは行き場を無くした社会的弱者がその多くを占めていたからである。
また、この国<コステリヤ神聖王国>の国教 ヴァセリオン教が、女性の人権を厳しく制限しているのにも起因しているのだった。
俺は【神眼】を発動させ、そのステータスを覗き視る。
「汝、神の祝福を受けますか?」
「はい……」
本人の意向を尊重しつつも、水の入った『聖杯』を手渡し、飲むように勧めた。
『聖杯』……対象者が『聖杯』に入った水を飲むと【洗礼】が発動。
なお、対象者は条件の【信仰度】80%以上を満たしたのみ。
【信仰度】はどうやら、俺への信頼に比例しているようで、これなら教団側の間者を心配する必要もなかったである。
【洗礼】……【信仰度】80%以上の者をパーティメンバーに加えることが可能。更に【聖職者】へと変更可能。
『【洗礼】の条件を満たしたことを確認……』
俺はその【職業】欄のステータス情報に”信徒”が追加されたを確認すると――。
「私は父と子と聖霊のみ名によって、この洗礼を授けます」
その額に十字架を当てる。
『聖十字架』……触れると【聖餐】が発動。
『スキル【聖餐】を発動……ライブラリ参照……』
「はい……ありがとうございます!」
その承認をもってステータスの改竄をおこなうのだった。
【聖餐】……【SP】に応じてスキルを獲得。
スキルには、大きく分けると戦闘系と生産系の二種類に分類できる。
またこのスキルは読んで字の如く、職能、技能と直結している。
戦闘系のスキルは、村の警備担当 ユーグルや魔獣の排除担当の<
生産系は料理や居住担当 元宿屋の女主人 エバ・デュワーズ や衣服類担当 アンネ・セカネス。
建築系ならば村の大工集団<ゲオルグ手工業ギルド>の ゲオルグ・ツンフト。
貴重な回復魔法系は医療現場の全体指揮担当 ”治療魔法師” ミシェル・セカネス。
その他は、マリーの裁量の元、各部署への配属を勧める。
意外な事に……。
誰一人、その提案を拒否する者はいなかった。
(本当に大丈夫なのか? それで……)
一抹の不安を抱えつつも、俺は機械的に儀式を勧める。
以前、俺はユーグルやフィデスの件で、このスキルが才能と直結し、職業において体現できる事を目の当たりにしてきた。
これは人材雇用の起爆剤となり得る。より専門的な業務をおこなってもらう為の必要な人事、適材適所である。
次々と呼ばれ、洗礼を受ける人達。
それは早朝から日暮れ近くまで、休憩を挟み、百名以上を優に超す大仕事で。
そして、あっという間に時が過ぎ……辺りは、すっかりと日暮れとなるのだった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「カミヒト様、お疲れ様でした。本日の『集団洗礼式』は以上を以て終了でございます」
マリーの終了の合図と同時に――俺は、糸が切れたように椅子へともたれかかり「ふっー」と長い息を吐く。
高い窓からオレンジ色の陽光が差し込み、閑散としたセンブル聖堂。
荘厳な空間に、俺とマリーとフィデス三人だけが残り、儀式の後片付けを始めていた。
まるで、お祭りの後のような静けさ……。
本当に疲れた……。
それは……この目の前の人の人生を左右するかもしれないと思うと、適当には決めなければならない……という、神経をすり減るような作業の連続だったからである。
これが明日も続くかと思う、ちょっと憂鬱である。
もはや、椅子と同化した俺は……。
黙々と事務処理をおこなうフィデスに、儀式中、ずっと気になっていたことを尋ねるのだった。
「フィデスさん?……どうかしましたか?」
それは、今日一日中、彼女が妙に、静かだったからである。
「別に……何でもないですよ、
ムスッとした表情を浮かべ、そっぽを向く。
明らかに……不機嫌そうな感じ……そんな様子である。
(……知らず知らずのうちに、彼女の気に障るようなことしてしまっていたのかな?)
オッサンの自分には年頃の女の子の考えは分からない……。
きっと、お腹が空いているのだろう……。丁度、夕飯時だし……、マルタに相談して今日はご馳走を用意してもらうか……。
そんな事を考えていた時……。
ん……? この匂いは……?
不意に薫る、清涼感のある甘い匂い。
妙に安らぐ、香りだった。
「カミヒト様。良かったら、こちらをどうぞ、お召し上がり下さい」
と俺の横に置かれる温かいお茶。
「えっ!!!?」
その様子に、フィデスが素っ頓狂な声を挙げる。
「本当にお疲れ様でした……ごゆるりとお休み下さい」
疲れた俺の心を労わるような微笑みを見せるマリー。
それは彼女が淹れてくれた、ハーブティーだった。
「ありがとうございます……ですが、まだまだ元気ですよ」
いくらと年を取ったとは言え、まだ……34歳。こんな美女の前で、弱音は吐きたくない。
オッサンの虚勢くらい張らせてくれ……と、お茶をすすりながら心の中で言い訳していた。
「カミヒト様……お疲れのところ、申し訳ありませんが……一つ、お願いをしてもよろしいでしょうか?」
「はい? ……いいですが……何をですか?」
「私も洗礼を受けてみたいのです」
それは、マリーからの突然のお願いだった。
「……ダメです! そんなの絶対ーダメ! 私は認めません!!」
「フィデスさん? 本当にどうしたんですか? 今日、ずっとおかしいですよ……」
「いや、そうじゃあ……なくて……あー、もう……」と口籠る彼女は、断固とする目、無言の訴えを覗かせていた。
(しかし、なぁ……)
俺は困り、思案をする。
普段、お世話になりぱっなしのマリーの頼み……当然、無下には出来ない……。
フィデスには悪いがこれは断れないなぁ。
「……わかりました! やりましょう!」
「ありがとうございます」
こうして……。
もどかしそうにしているフィデスを尻目に、マリーは謎の
「――――!!!?」
そして……俺の目前で、皆と同じように跪くのだった。
漆黒の外套に身を包む彼女の綺麗な
その隙間から覗き視える白い地肌。そして、豊満なボディライン……。
って……いかんいかん! 真面目に儀式をするのだ!
俺は頭を振り……水の入った『聖杯』を手渡す。
すると、彼女は躊躇いなく、口を付けた。
その艶やか唇に、光輝く黄金の水が流れていく。
『【洗礼】の条件を満たしたことを確認……』
そして……。
【神眼】の発動。
――――――――――――――――
~ ステータス ~
【名前】:マリー・スクエット
【Lv】:3
【種族】:人間
【職業】:薬草師
【年齢】:27歳
【状態】:健康
【HP】:92/100
【MP】:102/116
【物功】:G
【物防】:G
【魔攻】:F
【魔防】:E
【素早】:F
【知力】:B
【幸運】:C
【スキル】:【薬草知識】LvMax 【話術】LvMax 【策謀】Lv2
【鉱物知識】Lv3 【計算】LvMax 【暗記】Lv4
【舞踏】Lv3 【鍛冶】Lv3 【料理】Lv4
【懐柔】Lv4 【農業】:LvMax【建築】:Lv1
【騎乗】:Lv3 【調合】:LvMax 【手芸】Lv2
――――――――――――――――
初めて出会った日から
ん……?
『【洗礼】の効果により……』
突如、見慣れぬ
そして、彼女のステータス表記に入る……
『フィデス・ガリアの【隠蔽】を無効とします』
――――!!? 【
一瞬、書き変わるステータス……二重に、ぼやけ……よく視えない!
その時――。
俺の脳裏で警告音が鳴り響く。
今度はなんだ!!?
『フィデス・ガリアの【
もはや……絶句。
(……どうなっている……)
さらに書き換えられ……それが嘘だったかのように二転三転。その上、霧散する――異常現象。
そして、そのステータスは元のものに戻っていくのだった。
【邪眼】!? ……おいおい!? 訳が分からないにもほどがある……。
混乱に混乱を極める中――さらに襲い来る謎。
……その全てを確認することが出来なかったが……。
それは一瞬、視えた……表記だった。
――――――――――――――――
~ ステータス ~
【名前】:マリー・スクエット
【Lv】:
――――――――――――――――
これは……果たして……俺の見間違い……なのか……。
唖然とする俺は……。
恐る恐る彼女の顔……その表情を確認する。
「――――――!!?」
その瞬間――彼女の口角が吊り上がる。
「驚きました……
そして、いつもの……否――それ以上の蠱惑な微笑を浮かべ……。
「えっ……!!!?」
ゆっくりと……靡く、
甘くも清涼感のある上品な香りが鼻腔を掠める。
その匂いと体温が感じられる程の距離。
一瞬、頬と頬が触れ合い――唇が交わされるか――と思う程の至近距離で……。
刹那、熱い息が俺の耳を擽った。
それは……男を骨抜きにするような悪魔の声色で――。
「ダメですよ……。女の秘密を覗く、なんて……」
そう囁くのだった。
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