第36話 何だ……その、くそダセぇ名前は……


 『貴方方が、私を呼び求めて歩き、私に祈るなら、私は貴方方に聞こう。もし、貴方方が心を尽くして私を捜し求めるなら、私を見つけるだろう。私は貴方方に見つけられる』 ―― エレミヤ書29章 12ー14節 ――

 


 領主部屋は一瞬にして緊迫した空気に包まれていた。

 しかし、濡れ羽色の長い黒髪。蠱惑の微笑を浮かべる、マリー・スクエットは……。

 

 その空気をあえて読まないような口調で話し始める。


 「この大金、資金援助……どなたかはご存知ありませんが、領主や個人ではなく、教団と対抗する組織に援助をしたいという認識でよろしかったでしょうか、領主様?」

 「その通りだ」

 「だったら、話は簡単です。作ってしまいましょう。教団の地位を脅かす、対等の存在を……」


 そう、大胆不敵に言い放つ彼女は、ユーグル達へと視線を移す。


 目配せし、即――動き出す兵達。

 そして、部屋の全員に分厚い資料を配り始めるのだった。


 「何だ? これは!!?」


 領主はその資料に目を通したと同時に驚きの声を挙げた。

 

 (俺も……事前にマリーから渡された時に同じようなリアクションしたな……)

 

 そこに書かれた、の問題点。

 その全てが今、この都市が直面するボトルネックについての改善点であった。

 

 

 1,飲み水の問題。


 これはヴァセリオン教団が独占的に販売している飲料水の事である。

 辺境都市<ボンペイ>の周囲には、川や湖がない。よって、水を手に入れる為には雨水を濾過するか、半日ほど離れた場所まで取りに行く必要がある。

 外界には魔獣も多くいる。命がけな上、冒険者などの護衛も含め、多くの費用が掛かるのだ。


 では、彼らはどうやって、貴重な水を手に入れたのか?

 

 それはヴァセリオン教団が、魔法を使える者を囲い込んでいるからである。

 なぜ、それが出来るのかと言うと、それは教会で行われる『天啓の儀』にそのからくりがあった。

 『天啓の儀』とはヴァセリオン教団だけが持つ特殊なアイテム『神具』で個人の職業の適正を測れる儀式である。つまり、俺の『神眼』と同じ効果があるのだ。

 その時に教団は多額の給金とその高待遇を持って、魔法適性を持つ者をスカウトしていた。故にこの都市には教団以外の魔法を使える者が少ないのである。

 そう、領主が外部へと”治療魔法師”を募集したのもそれが原因。


 マリーの資料には、その解決策が書いてあった。

 

 それは<レサエムル村>の周辺には、湖があり、飲み水が豊富に常時確保できる。

 今までは、周辺の魔獣の影響で都市への流通コストが高かったが……村が発展したおかげでそれも改善傾向に向かっていた。

 

 そう、街に飲み水を安定的かつ無料で提供できるのだ。

 要は、直接ヴァセリオン教団の最大の資金源を潰す計画である。


 だが、これはまだ都市全住民するカバーするほどの力はない。

 そこで、一部対象者、支援者を選定し、試験的に行うというプラン。その最終的な目標は、都市まで水路をひく、インフラ整備を行うというものであった。


 

 2、食糧不足問題。

 

 現在、疫病の影響で都市の食糧不足が起きている。

 それを改善するためにもマリーの農作物の知識と研究が必要だった。

 そこで彼女は<レサエムル村>の近くに大規模な農園を創ることを提案して来た。

 

 主な内容は。

 農作物の栽培、研究。

 製品の製造。石鹸 洗剤 お香……等。

 魔獣の家畜化。

 

 ……各所に詳しい計画内容が記してあり……最終的には村での自給自足を達成し、更には都市へと卸売するという大農園プロジェクトであった。

 

 

 3、ゴミ処理問題。


 これは、都市内のゴミの廃棄場所についてである。

 今、行っている街の清掃。そもそも根本的な原因は、都市内にゴミの処理場所が少ないという点にある。

 決められた場所はあるのにも関わらず、遠いがため、皆めんどくさがって、自宅の窓から路地裏へと捨てるのだ。


 これには、ゴミ回収する者を雇い、決められた時間と収集場所を増やして、処理をする。それを公共事業一環として管理するという案が書いてあった。

 しかし、これには多くの労働力、人件費がかかる。


 そこで、それらを解決する……。


 

 4、患者への治療費問題。


 現在、街で猛威を振るった疫病。その影響で職を失った者が多くいる点である。当然、その者達にはお金がない。

 本来、治療費などは都市全体の福祉で賄われるのだが、想定を超えた患者と都市以外からも続々と集まる病人。今後、都市の財政が追い付かなくなる、可能性がある。

 そこで、都市の住民にはその治療費を3割負担して貰い、払えない分を借用書記載の元、期限付き無利子で返済して貰うというものであった。

 

 しかし、ここで一つ懸念点がある。

 

 それは、肝心の職がなければ、返済できる目途がたたないのではないか?という点である。


 そこについてもマリーの用意した書類には解決案が書いていた。


 それは<レサエムル村>での公共事業の従事、その斡旋である。

 これは上記の労働力を補うもの。

 つまり、公共職業安定所、ハローワークの設立だった。


 しかも、そこでは飲み水や食料も無料配布され、さらに寝床まで提供される。

 疫病で路頭に迷う者への最低限の保障『公的扶助』と『社会福祉』制度であった。


 そして、最後……?


 分厚い資料のページをめくり、俺は驚愕する。


 マリーが作成した案。そこには……事前の内容では書かれていなかった新たな追記事項が記されていた。

 

 

 


 

 (何だ……これは!!?)


 

 これら現在、解決が求められる社会的課題に取り組む機関の設立。

 新しい社会的商品、医療を提供するための仕組みを開発、活用。また、その活動が社会に広がることを通して、新しい社会的価値を創出。新たな意識、価値観の形成。

 様々な問題に対し、事業の形に表し継続的に活動を進めていく。

 

 以下の事より。

 カミヒト・アマノを救い主とし神の国の福音を説き、迷える人間を救済するための真の宗教。

 新興宗教の設立を提案……。

 


 って……ちょっと待ってぇぇええ”え”えええ!!?

 そんな話、一切聞いてないぞぉぉおお”お”おおお!!!?

 

 確かに、都市での教団の支配は、俺らにとってはよくない状況……。

 すぐにも領主側に対抗できる術、手段が必要だ。

 

 だがしかし……俺は知っている。

 

 それが大変危険なことを――。


 「……以上、領主の後援を得て、大衆に宣言するのはいかがでしょうか?」


 (待て!? 俺は絶対に認めないからな!!)


 そう、恨み節の視線をマリーへと向けると――。

 彼女はにっこりとした微笑みを返す……。


 (やられた……)

 

 その表情で俺はすべてを察する。

 先程の……煽るみたいな彼女の言動……芝居。

 

 (既にこいつの術中に嵌っている……)


 ……確かに、この民衆の噂。

 上手く利用すれば、民意の風向きをこちらへと扇動することが出来る。

 その上、領主側にも賛同してくれる者が増えることだろう……。


 だが、しかし……。

 

 「ヴァセリオン教団はこの国の国教であるぞ、一筋縄ではいかぬではないか……」


 そうだ! ……領主の言うとおりだ!!


 「心配には及びません! こちらには救世主 カミヒト様、並びに……”聖神女” フィデス様がおられます。それに……必ずや神々邪神様が味方をしてくれるでしょう」


 (おい! マリー!? てめえ何を言ってんだぁぁああ!? そんな屁理屈で通るわけ――!!!?)


 俺は資料を改めて見返し……戦慄する。

 


 なお、この宗教はとし、



 (駄目だ……)

 

 これは最早……国への反逆……。クーデターそのものではないか?


 そう、項垂れる俺は……最後の砦。その意見を求めるつもりで……。

 この提案の中心フィデスの顔を覗き視る――すると、彼女は慈愛の微笑みを返してくれるのだった。


 ……そうだよな。君なら……そんなこと、無理だって分かってくれるよな。

 大丈夫だ……こんな馬鹿げた事、きっと断ってくれるだろう……。


 「私も精一杯協力させて頂きます!」


 そう、胸に手を当て、堂々と領主に宣言した。

 

 ええぇえ”え”えええええええ!!!? ちょっと!? フィデスさん!!?


 その雰囲気に、最早我慢出来なくなったユーグルは……俺の肩を揺さぶり。

 

 「おいおい!? 何だ何だ!? 戦争か? 楽しくなってきたな兄弟!」


 そう、油に火を注ぐ。

 

 おい……お前は少し黙ってろ……。

 

 部屋内の風向きが変わっていくのが分かる。


 (いくら、辺境だとは言え、バレたらただでは済まないぞ……)


 そんな、俺の懸念も置き去りにして、その天秤がガタンと大きく傾く――。

 

 そして……。

 腕組みをし、考えこんでいた領主は。

 

 やがて意を決したように口を開くのだった。

 

 「……なら、わしも腹を括ろう……」


 ええぇえ”え”えええええええ!!!?

 

 (いやいや――領主様!? 正気ですか!?)


 「いずれはこうなると、わかっていたことだしな……ここは、カミヒト殿に賭けてみるとしよう!」


 何ですか!? その期待に満ちた目は? 絶対、無理ですって!!

 

 「して……その宗教の名は?」


 その言葉にマリーは再び、妖艶な笑みを浮かべた。

 

 「決まっております……」

 

 (おいおい、マジか……)


 「です」

 

 何だぁああ”あ”あああ! その……くそダサせぇ名はぁああ”あ”ああああああ!!!!

 

 やめてくれぇええ”え”えええぇええ”え”えええ!!!!

 

 

 

 

 

 〓:::〓:::〓:::〓:::〓:::〓:::〓:::〓:::〓:::〓::: :::〓:::〓:::〓:::


 

 あとがき

 

 お読み頂き誠にありがとうございます。

 久しぶりの長編物でお見苦しい点があるかもしれません。

 良ければ、コメント頂けると嬉しいです。


 第二章 ”レサエムル村の復興と宗教設立編” でございます。

 

 今回、過去の伏線を経て……遂に宗教設立の話が出てきました。

 彼女が提案する資料。これは未来の予言書です。

 そして、この新興宗教が見せる理想郷までの計画書。

 様々な思惑がその裏、水面下で繰り広げられるなか、主人公はどう巻き込まれていくのか?

 楽しみにして頂けると幸いです。

 

 良ければ、コメント・感想と評価を頂けると嬉しいです。

 いつも いいね される方ありがとうございます。大変励みになっております。


 なお、この作品の更新は不定期させて頂いております。推敲の進行速度とストック状況によって途中、休載するかもしれません。

 楽しみにして頂いている方には大変申し訳ございませんが、御理解のほどよろしくお願いいたします。


 

 


 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る