第35話 変わりゆく日常と燻る火種
<レサエムル村>旧領主の部屋。そこで俺はいつものように大量の書類と格闘していた。
その合間……。
こっそりと資料を越しに……フィデスの様子を窺う――。
そこには……いつもと変わらぬ、鼻歌混じりでお茶を入れる彼女。
普段と変わらぬ日常風景……だが、明らかに変わったのはその容姿だった。
以前までは、顔の右半分を覆い隠すような薄桃色柄のスカーフ。その服装は、肌の露出をこれでもかと、隠すように襟詰めの長袖服、ロングスカートを着ていたのに――。
今は……。
その地肌を見せつけるような薄着のノースリーブ。
スカートの丈も随分と短くなっており、その綺麗な素足が覗き視える。
(これは刺激が強すぎないか!?)
思わず釘付けになる視線。
ふと、視線が交わされる一瞬。
彼女は、花咲くような笑顔を返し……。
俺の横へと近づき、静かにお茶を置く。
その際に一房垂れる金色の髪、そこから薫る甘い匂いの香水。
白桃のような地肌と曲線美。
吸い込まれるような桜色の唇。その息づかい……。
いつもより距離が近い気がする……。
と、いかんいかん……。
「どうかされましたか?」
(これではセクハラおじさんではないか……)
俺は見間違えるような彼女の変わりように、悶々とした気分に陥っていた。
きっかけは、あの謎のスキル【無原罪の御宿り】。その発動で倒れて以来、顔の酷い傷や全身の古傷が噓のように消え……。
以来、彼女は……以前とは比べ物にならない色香と自尊に満ち溢れていた。
(一体、あの現象は何だったんだ?)
「カミヒトさん?」
「……はい……」
(……なんだか、やけに色っぽく見えるぞ……)
「冷めてしまいますよ」
いかん、落ち着け……神人よ……。
最早、彼女は……皆から”聖神女”として崇められる存在。
もし、手なんか出してみろ。
村中の男連中から変態野郎だ、なんだの嫉妬の嵐……。
つまり
こちらを嬉しそうに見つめ、微笑む――表情。
(くっ……鎮まれ……)
口を付けたティーカップが揺れる。
……断じて、俺は……。
あのクソ親父みたいな若い女性を誑し込むような最低のカスにはならないぞ。
この村の責任者として、相応しい立ち振る舞いを常に心掛けるんだ。
(耐えろ……俺!!)
そう、心の中で呟き、意を決する。
こうして俺は……
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
<レサエムル村>の治療施設<センブル聖堂>の稼働が落ち着いた頃。
俺とフィデス、マリー、そして……護衛のユーグルは、領主からの呼び出しを受けていた。
対面に座る貴族服の中年 <ボンペイ>の領主 サンジュ=ルクモレン伯。後ろに控えるのは白髪の老紳士、領主専属の執事 ティル ・ニクソン。
相対する俺の両サイドにはフィデスとマリーが付き、後ろにはユーグルを筆頭に数名の護衛の兵が並び立つ。
「改めて……都市の危機を救ってくれたことに対し、感謝を言わせてくれ……」
と頭を下げる領主に、俺は大いに謙遜していた。
前にも似た状況。
だが、違うのは……。
ひとまずは”黒死病”の感染ピークを脱し、収束した事。
そう、これはその労いの言葉だった。
しかし、未だ問題は山済みである。
そこで俺達は、早速今後についての話しを進めるのだった。
「こうして君達には来てもらったのにはある理由があってな……単刀直入に言うと、良い報告と悪い報告がある……」
と、深刻な顔を覗かせる。
それは領主の皺をより一層深くするもので、たぶん心労も含まれていると察することが出来る。
そして、領主は「まずは良い報告から……」と話し始めるのだった。
その内容は、とある資産家が多額の資金援助を提供してくれるという大変ありがたいものだった。
問題はその額……。
「白金貨百二十枚だ!」
「えっ……!!?」
その金額を聞いてフィデスが素っ頓狂な声を上げ、口元を抑える。
(……ん? 金貨ではなく……白金貨……?)
その額に想像がわかない俺は、こっそりとフィデスに耳打ちをするのだった。
「すいません……白金貨百二十枚って多いのですか?」
ビクッとした反応を見せたフィデスは。
「……十枚で……一生、働かなくてもいい額です……」
そう、耳まで真っ赤にし……小声で返す。
ん……? 白金貨十枚で一生、働かなくてもいい額?
というと……だいたい約一億円くらいか?
――てことは、白金貨百二十枚で……約12憶くらいなのか!!?
何だ!? その大金は!? どこの『あしながおじさん』だよ!!?
良い話過ぎて……逆に怪しいぞ!?
「その方は一体……何者なんですか?」
「それは明かさない事。それも条件だ……」
「それも? 他にもあるんですか?」
「ああ、そして、それは悪い知らせと関係がある……」
と領主は話を続ける。
その話の内容は、この都市<ボンペイ>の住人達の噂だった。
『この都市には疫病が蔓延しており、どうやら”聖神女”様が助けてくれるらしい』というものである。
やはり、懸念したものが形となって表れていた。ましてや、街全体に広がったパンデミック。こういう噂は、いくら領主が箝口令を出したとしても、早かれ遅かれ出てくる。
問題は、その噂が ヴァセリオン教団 レサエムル支部の神官長 ゲイション・ローリンコ の耳に入ったことである。
聞くところによると、ここ最近、頻繁に領主の元へと謁見の申し出をしているとのこと。
彼らは領主の娘が疫病に患っている事を知っている。……なのに最近は”聖水”を全然、買っていない……これは何かある、怪しいぞ……と、睨んでいるらしい。
ヴァセリオン教団側は、既に俺達をお尋ね者、異端者として大々的に公表して探している状況。
その異端者とは俺とフィデス、宿屋のおかみさん、その娘 マルタである。
そこで領主は、再三の要求をやんわりと交わし、時間の引き延ばした後……事前調査で『その四人は疫病でなくなっていた』という虚偽報告を流した。しかし……どうやら簡単には信じてもらえなかったらしく、最近では、教団の手の者が領主の周りを嗅ぎまわっているという話だった。
もはや、<レサエムル村>まで、その魔の手がかかるのは時間の問題。
早急に、何かしら手を打たねばならない状況となっていたのである。
そこで、領主は、俺達を要職に付けて、その庇護下に入れてはどうかと提案してきた。
その真意は……村の存在自体が領主の命であり、全ての責任は領主にあると、教団側に敢えて見せつけることで俺達を匿うことである。
しかし、それでは根本的解決になってはいない。
その事は彼も重々承知の上での提案だろう……。
どちらにしても……これは、教団との決別……そして、その宣誓布告である。
俺はその判断に困っていた。
これは最早、俺の手には負えない問題で……決定権は領主にある。
黙り込み……重くなる室内。
時間は刻々と過ぎていく……。
あれ? おかしいな……?
座り心地良いはずのフカフカのソファが、今は居心地悪く感じる……。
そんな中……。
マリー・スクエットの艶やかな唇が、唐突に開かれるのだった。
「なるほど……つまり、これは全面戦争ですね……」
「――――――!!?」
そう――誰もが躊躇していた言葉をいとも簡単に述べる彼女。
そして……。
口元の妖艶なほくろの上……不敵な微笑みを浮かべるのだった。
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あとがき
お読み頂き誠にありがとうございます。
久しぶりの長編物でお見苦しい点があるかもしれません。
良ければ、コメント頂けると嬉しいです。
第二章 ”レサエムル村の復興と宗教設立編” でございます。
色々、伏線がありますが、そろそろ導火線に火をつける準備していこうかと思います。
良ければ、コメント・感想と評価を頂けると嬉しいです。
いつも いいね される方ありがとうございます。大変励みになっております。
なお、この作品の更新は不定期させて頂いております。推敲の進行速度とストック状況によって途中、休載するかもしれません。
楽しみにして頂いている方には大変申し訳ございませんが、御理解のほどよろしくお願いいたします。
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