第34話 フィデス・ガリアは落ちていく


 『もし私達が、真理の知識を受けたのちにもなお、ことさらに罪を犯しつづけるなら、罪のための生贄は、もはやあり得ない。 ただ、裁きと、逆らう者たちを焼きつくす激しい火を恐れ、待つことだけである』 ―― ヘブライ人への手紙  10章 26-27節 ――

 

 

 

 「いいかいフィデス。良い子にしていれば、きっと神様が見守ってくれるからね」


 そう言って、いつも小さな私を膝の上に乗せ、頭を撫でる大きな手。

 私の父は厳格な神官だった。

 

 「こら! この子は! ……もう! いつも言っているでしょ! パンのつまみ食いする前にちゃんと手を洗いなさいって……」

 「違うもーん! これはお花だもーん!」


 私とお揃いの綺麗な金髪。

 母は、そんな私の我儘を叱りながらも……笑って許してくれる優しい人だった。


 「こらこらフィデス……言っている傍から母さんを困らせるんじゃない! パンが花になるわけないだろう!」


 そう言って、いつも笑いに包まれる温かい食卓。

 そんな優しい両親に囲まれ、私の人生は幸せだった。


 

 あの時までは……。

 

 

 辺りは薄暗くなり……到に門限を過ぎていた。

 

 そんな町中を煌々と照らす、業火。私達

 両親が待っているはずの家は……その波に呑まれていた。

 

 「……パパ……ママ……」


 どこもかしこも灼熱の赤に染まり……いつもの日常は突如、地獄絵図と変わる。

 黒煙が立ち込め、その熱が肌をじりじりと焼く……。


 そして……変わり果てたリビング。

 

 そこで目撃する。

 

 燃え盛る床に……。

 二人寄り添いながら倒れる――父と母。


 傍には真っ赤な血が流れ……。

 私は……その動かなくなった身体を必死に揺さぶり……仕切りにその名を呼び続けた。

 

 しかし、徐々に……霞んでいく視界。

 息苦しくなり……。


 そこで意識が途絶えたのだった。


 

 

 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 


 気が付くと、そこには見知らぬ、天井があった。

 

 「ここは……?」

 

 ベットから身体を起こそうとするが上手く起き上がれず――その痛みに悶える。

 視界の右隅が闇に包まれていた。

 

 その言い表せない恐怖が小さな身体を襲い……涙が零れる。

 そんな絶望の中……。


 「おやおや、可哀想に……」

 「……?」


 虚ろな左目瞳に映り込む、祭服姿の中年。


 「もう、大丈夫だよ……」


 そう、私に優しい言葉をかけたのは……。

 神官 ルファー・シェーパ という男だった。


 

 

 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 

 

 「本当にルファーさんは素晴らしい人だよな……」

 「ああ、身寄りの無い子供達を積極的に引き取っているんだろ。流石は聖職者の鏡のような人だよな……」

 「この前、孤児院のパーティーに招待されたんだが、素晴らしい聖歌の催し物だったぞ!」

 「へえー、そうだったのか! それは見に行きたかったなぁ……」

 「ああ、しかも、あそこの子供達は自主的に農作業を手伝っているんだってな、本当に偉いよな。どういう教育したらそうなるのか……是非、うちの子にも見習って欲しいものだよ」


 そう、微笑ましく噂する村人達。

 私はその孤児院に引き取られていたのだった。

 

 今日もその施設から子供達の元気な歌声が聴こえてくる。

 大人も子供も一丸となって農作業に勤しむ、孤児院の様子。

 

 しかし……。

 

 その慈善活動は……。


 表向きの顔。

 

 その裏では……。


 1年365日、1日16時間の無償強制労働を行われていた。


 「この糞餓鬼が! そんなことも出来ないのか!」

 

 そう言って、神官 ルファーは、鬼の形相を浮かべ鞭を振るう。

 私が「痛い」「止めて」「ごめんなさい」と泣き叫ぶ間も、容赦ないその拷問は続いていた。

 きっかけは些細な事……私の顔の火傷が癪に触った、そんな事だった。

 

 それは神官 ルファーの楽園を作るための恐怖政治。

 連日連夜続く、終わらない虐待。さらに謎の薬を無理やり飲まされ、殴打や拷問といった形での躾、洗脳が日常的に行われていた。

 

 私は、その生活の中で泣き叫ぶ事すらを忘れていくのだった。

 

 施設内の子供達は年齢と性別によって分けられ、お互いが疑心暗鬼の監視体制を敷かれていた。

 院の外には、高い壁と有刺鉄線が張り巡らされ、決して脱走できない監獄のような造りとなっていた。


 「こっちへおいで……今夜、私の部屋に来なさい」

 

 そう、神官 ルファーは少年を膝の上に乗せ、そう不気味な声色で囁く。

 彼は一日に3人~4人の男の子を性的にもてあそんでいたのである。

 

 しかし、少年達は性的暴行を怯えながらも積極的に受け入れていた。

 なぜなら、愛された者には特権が与えられ、逆に応えない者には鞭の拷問のほか、食事すらも与えられないという仕打ちが待っているからである。

 

 連れて行かれたなかには……二度と戻ってこない子も少なくない。

 その子がどうなったのかは分からないが……きっとそういう事なんだろうと、私は考えるのをやめてしまっていた。

 

 そう、私達はその劣悪な環境の中で無気力状態施設病となっていくのだった。


 

 

 

 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 

 


 それから、地獄のような月日は流れ……。

 私は幸か不幸か、生き長らえ続け……いつの間にかこの施設の年長者となっていた。

 

 ある日……その孤児院に、見慣れぬ白い服の男が訪問してきた。

 それは初潮を迎えた私に、性欲を抑える薬の服用をさせるため、外部から呼んだ”治療魔法師”だった。

 

 「これは……一体!!?」


 彼は、やせ細った私の身体と、その拷問の痕を見るや否や――絶句していた。

 この時、悟ったんだと思う……神官 ルファーがやっていることを……。


 「いいかい、よく聞くんだ……お嬢ちゃん…………」


 今思えば、これは……私を生かす為の助言だったと思う。

 過酷な労働生活。僅かばかりの食事。

 少しでも活発に行動する子供は、この孤児院ではすぐに衰弱し……そのまま二度と帰っては来ないのである。

 

 

 そして、その数日後……。

 皆が寝静まる中……私はいつものように冷たい石畳の寝床でジッと耐えていた時の事だった。


 「お嬢ちゃん……」


 その男性の低い小声に、眼を覚まされ……次の瞬間には担がれていた。

 私の瞳に映るのは……あの”治療魔法師”の姿だった。


 彼は、私をその場から運び出し……孤児院の門の傍に隠してあった馬車に乗せた。

 そして……「少しの間、いい子にして待っているんだよ……」と言い、また孤児院の中へと戻っていくのだった。

 

 横たわる視界に、見える御者台……手綱。

 辺りは静まり、大人しく待つ獣の鼻息だけ聞こえていた。


 その時――。


 「貴様! そこで何をやっておる!」


 闇夜に響く、怒号。

 それは、神官 ルファーの声だった。


 瞬間――別の男の低い叫び声が木霊する。


 私はすぐに、勘づく――あの人の叫び声だと。


 だけど……。


 こちらへと駆け寄る足音。


 その音は次第に大きくなっていく。


 迫りくる恐怖感に全身が震えた。


 (……嫌だ……もう、あんな日々には戻りたくない……)


 そして、私は……。

 それが誰の足音だったか……確認せず――。


 (……お願い! 動いて!)


 震える手で、その手綱を握り、無我夢中で動かす。

 

 (……神様! お願いします……)


 そう、我が身の可愛さに――縋るように。

 

 (どうか……助けて下さい!)


 手綱を必死に動かす。


 ――その瞬間。

 

 その馬車は私の手綱に呼応するかのように動き出す。


 「おい!! 待てくれぇぇえ”え”ええええ!!!」


 その叫び声を振り切るように、闇夜の中。

 馬車は駆け出すのだった。


 

 

 

 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 

 

 

 その後、私は出来るだけ遠くへと逃げていた。

 雑草を食べ、泥水を啜り……なんとか生きながらえる日々を送り……。

 そして、ようやく辿り着いた街。

 

 私はそこで、親切な人に助けて貰い……。

 馬車と引き換えに街での安定した暮らしを手に入れる。


 「…………」


 手元に残ったのは、生きる為のお金と――罪悪感。

 それは、あの日の何もかも見捨てて自分だけ逃げてきてしまった――という、消せない罪だった。


 眠れぬ夜がいくつも過ぎていく。


 何度も定職に就こうとするも……。

 

 「その顔で接客は……ちょっとな……」

 

 いつまでも憑き纏う、過去の影。


 「お前さん、ちょっと暗すぎるんだよね……もっと、愛想よく出来ないのかい」


 (わからない……)


 「悪いけど……辞めてもらえないかな……」


 もはや……私は……。

 

 「あの子……一言も話さなくて……なんか不気味じゃない……?」

 

 笑い方を忘れていたのだった。


 「それに、あの顔の大きな火傷の傷。……見てるこっちが気持ち悪くなる……」

 

 そして、気力さえも……。

 

 気が付くと道の真ん中に立ち……。

 文字通り路頭に迷っていた。


 「…………?」


 足元に張り付く御触書。


 

 『”治療魔法師”の募集中 ヴァセリオン教会までお越しください』


 

 「おめでとうございます!! 貴女の適正は”治療魔法師”ですよ!」


 と、教会の神官が私に向かい祝福の声を挙げる。

 

 (これは……なんの因果なの……?)

 

 皮肉なことに私には”治療魔法師”の才能があったのだ。


 「どうされますか? この教会で働かれますか?」

 「……いえ……私は……」


 そうだ……もっと、遠くへ行こう……。

 誰も知らないところ……。そう、今までの私ではなく。

 新しい自分として生まれ変わる為に――。


 だけど……。

 

 そんな私を神は、決して許しはしなかった。


 「すまないが……君には無理のようだ……」


 そう、白い服を着た眼鏡姿の中年。”治療魔法師”の上司が申し訳なさそうに言う。

 

 (そんな……)


 目の前が暗然としていき、体中から力が抜け落ちていく。


 「残念ながら……君の回復魔法は効かないようだ……申し訳ないがどこも手一杯でな……ほんとにすまない……」

 

 もう、何も聞こえない……。

 

 世界から拒絶された私には。


 もはや……行く当てもない。


 「そう……ですか……分かりました……」


 これは、そういう運命だったんだ。


 あの日、私が門限を破らなければ両親は死ななかった。


 一人、おぼつかない足取りの日暮れ。


 あの日、私が逃げ出さなければ、あの人は助かったかもしれない。


 揺れる視界がぼやけていく。

 

 全て……私のせいだ。


 私が生きているせいで皆、不幸になる。


 もう……いっそのこと……。


 死のう……。

 

 ふと、気が付くと――。


 街道の外れ……路地裏まで来ていた。

 

 「貴方の未来……を……占います?」


 看板の文字が自然と目に入ってくる。


 「あ痛たたー、それじゃあのう、占い師さんや……」

 「おいおい、大丈夫か? ……爺さん、気をつけて帰りなよ」


 (何? 占い……?)


 夕暮れの光に吸い込まれる様に……。


 「……全く、あの爺さんの相手していると、こっちまで腰痛くなってくるんだよな……」


 ――足が自然と向く。


 「あのー……まだ、やってますか……?」


 あれ? 私は一体、何を……?


 「はい、大丈夫ですよ! 何を占いましょうか?」


 今更なはずなのに……。


 「なるほど、貴方は”治療魔法師”でしたか……それに、これまで良い運気に恵まれてこなかったみたいですね」


 何で……分かる……の……?

 

 滲むゆく世界……その顔が溶けていく。

 

 そして……。


 「――な!!!!?」


 その未来を見て、驚きの声を挙げた。

 

 「……占い師さん? ……どうかされました? ……何が視えたんですか?」

 

 ――飛び込んできた言葉は……。

 

 

 「君こそが……この世界に舞い降りた”女神”だ!」

 

 

 「…………はい……?」


 

 まるで……噓みたいな言葉だった。


 


 〓:::〓:::〓:::〓:::〓:::〓:::〓:::〓:::〓:::〓::: :::〓:::〓:::〓:::


 

 あとがき

 

 お読み頂き誠にありがとうございます。

 久しぶりの長編物でお見苦しい点があるかもしれません。

 良ければ、コメント頂けると嬉しいです。


 第二章 ”レサエムル村の復興と宗教設立編” でございます。


 今回はフィデス・ガリアの過去を見て頂きました。

 一部、過激な表現がありました事をお詫びしたと思います。

 安心してください。これも全て、フィクションでございます(笑)


 あと、ホラー小説も書いております。

 良ければどうぞ。

 

 『 【短編集】霊異怪奇談~ソンナニコワクナイヨ~ 』

 

 https://kakuyomu.jp/works/16817330650524158042

 

 良ければ、コメント・感想と評価を頂けると嬉しいです。

 いつも いいね される方ありがとうございます。大変励みになっております。


 なお、この作品の更新は不定期させて頂いております。推敲の進行速度とストック状況によって途中、休載するかもしれません。

 楽しみにして頂いている方には大変申し訳ございませんが、御理解のほどよろしくお願いいたします。


 

 

 

 

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