第33話 無原罪の兆し、そして……御宿る


 

 『すべて善を行う者には、ユダヤ人はもとよりギリシア人にも、栄光と誉れと平和が与えられます。 神は人を分け隔てなさいません』 ―― ローマの信徒への手紙 2章 10節―11節 ――

 

 

 「もう、すっかり元気になりましたね」


 退院する女の子の頭を撫でるフィデス。その子の横で、母親が口元をハンカチで押え、涙ぐんでいた。

 

 「これも”聖神女”様のおかげです……この子がいなくなったら私どうしたらいいのかと……本当になんとお礼をしたら……いいのか……」

 「そんなことありません、これも神の導きです。あなた方は救われるべくして救われたのです。だからどうかお顔を上げて下さい」

 

 金色の髪に純白の礼服。気丈にも振る舞う姿は――まさしく、”聖神女”として役目を果たしていた。


 (……自分の休みだっていうのに……)

 

 付き添う俺は彼女の隣で。


(……だけど……流石にこれは……駄目とは言えないな……)

 

 その身を案じていたのだった。


 「ねえねえ……おねえちゃん……」

 「はい、なんでしょう?」

 「おねえちゃんは、なんで? おかおをかくしてるの?」


 (――――な……!?)

 

 その瞬間、子供の心無い一言に、空気が凍る。

 

 「…………それは……」


 フィデスは、その答えに口籠る。

 

 確かに……何も知らない子供から見たら、彼女の、顔を右半分を覆う様は異様に視えるだろう……。

 ……が……これはまずい……。

 

 その気まずい雰囲気の中。

 俺はすかさず、フォローに入るのだった。


 「……いや……これは……なー……」

 「……?」

 「そう、あれだ! ……君を助ける力の代わりというか……神様のせいなんだ」

 

 しどろもどろ、焦る俺を尻目に、理解できてない反応。

 首を傾げ、頭に沢山の疑問符を浮かべていた。

 当然だ。こんな事は小さな子に説明しても分からないし、そもそも彼女の火傷の痕をどう説明するかも難しい問題である。


 「ふーん。かみさまはいじわるなの……」

 「そうなのかもしれないな……でも君を助けたのも、ここにいる”聖神女”でもある彼女だよ……」

 「おねえちゃんは……かみさま?」

 「そうだね、俺にとっては、ね……もちろん、君にとってもだよ!」

 「そうなんだ……」


 納得したのか、どうかわからない顔を浮かべる幼子の頭を撫でる。


 (……悪気はない事だし……)

 

 俺はその疑問を全力で誤魔化すつもりで、その子の髪の毛をわしゃわしゃと乱す。


 「あっはははは!もう……やめてよwww」

 

 場の雰囲気を緩み……キャッキャッと、はしゃぐ幼い笑い声が漏れ出す。

 その様子に俺は血さな安堵の息を漏らしたのだった。

 

 「カミヒト様、うちの子が大変失礼しました……」


 そう、謙遜し謝罪してくるその子の母親を、「子供の言う事ですから」と場を和ませるのだった。

 

 「おねえちゃん! おじさん! バイバイ!」

 

 元気な声で大きく振られた小さな手と、母親の一礼。

 母に引かれ……睦まじい様子で去り行く親子。その背中を俺達は静かに見送ったのだった。


 (さて……)


 俯いたままのフィデス。

 

 (対応ミスったかな……)


 俺はその様子が気になり、恐る恐るその表情を窺っていた。

 彼女は、耳を赤く染めたまま……一言も話さなかった。


 (これは……結果、彼女を悲しませてしまったのだろうか……)


 二人っきり……沈黙したまま。

 

 (なんか、気まずいぞ! ……この雰囲気……なんて話しかけたらいいのやら……)

 

 その状況に……おれは頭を搔き毟りたい衝動に駆られていた。

 

 (……ここにきて、また……コミュ障の弊害が……)


 変な汗を掻いては、言葉に詰まる。

 

 そこで改めて、彼女の事を思い返すのだった。

 

 誰に対しても優しく接する彼女の器量。ひたむきに働く、真面目さと献身的な行い。

 (まあ、ユーグルとマリーさんには少し、当たりがキツイ面があるが……)

 出逢った頃とは随分と様変わりし、普通の女の子としてこの村での生活を謳歌しているように思う。

 

 先程、言った事に嘘はない……だが……。

 だからこそ……どうしても気になるのは……。


 顔を覆う大きな火傷の痕と、その全身の無数の古い傷である。

 

 それはこの年頃の女の子には、あまりに酷な傷痕。

 彼女の過去に何があったか、分からないが……。

 もはや、その事を知りたいと思ってしまう程……彼女の存在は俺の中で大きくなっていた。

 

 これがもし……。

 本当に聖痕だと言うなら、もう許されていい、と俺は思う。


 そう、彼女の痛々しい傷を見る度、思わずにはいられない。

 

 だけど、他人でもある俺が……。

 そのトラウマに踏み込むのは、あまりにも無粋だ。

 

 んー……何とかこの傷を治してやることは出来ないだろうか?

 

 そう、考えて……。

 

 (……ん、そういえば……?)

 

 ――ある事に気が付く。

 

 それは、治療を始めて以来。

 彼女のステータスの欄には多くの変化が見られていたのである。


 

 ――――――――――――――――

 

 ~ ステータス ~


 【名前】:フィデス・ガリア

 【Lv】:2

 【種族】:聖人

 【職業】:治療魔法師 聖神女

 【年齢】:22歳

 【状態】:健康

 

 【HP】:100/100

 【MP】:520/730

 【物攻】:F

 【物防】:F

 【魔攻】:D

 【魔防】:A

 【敏捷】:F

 【知力】:C

 【幸運】:S


 【スキル】:【算術】Lv2 【大天使の加護】LvMAX

      【手芸】Lv1 【聖神女の被昇天】

 

 【SP】:2800

 【信仰度】:390%


 

 ――――――――――――――――


 

 それは彼女の魔力量【MP】はもちろん、他のステータス数値も増大していたのだ。

 

 何よりも気になるのは、【SP】である。

 あの時……【聖神女の被昇天】を獲得した時に消費した【SP】が――すでに回復。どころか以前以上に、貯まっているのだ。

 最近、気が付いたのだが……どうやら、この【SP】。それは患者を助けた数に比例するらしい……。

 良い行いをすれば……【SP】が貯まる?


 んー、だけど……これだけでは、何とも言えないな。


 そういえば……そろそろ、あれを試しても良い頃では?


 それは、俺の謎スキルの一つ。


 【聖餐】である。


 あの日、彼女に使って以来俺は……その未知の能力を使うのを控えていた。

 というのも、勝手に他人のステータスを書き換えるのに、引け目を感じていたからだった。

 

 んー、実際のところは……どうなんだろうか……。


 やるだけ、試してみるか。

 

 「すいません、フィデスさん! ちょっと目を瞑ってくれませんか?」

 「ふぇ……」


 不意を突かれたような高い声を出す彼女。


 「こ、こ、困ります……こんな所で……」

 「……?」

 

 彼女は慌てふためき……困惑していた。


 無理強いるようで、多少気は引けるが……これも彼女の為。

 それに今後の事もある。今すぐにでも、そのスキルを確かめておきたい。

 

 「今すぐ、したいです! お願いします!」


 その真剣な俺の訴えに。


 「わ……わかりました……」


 と、言い……彼女は、ギュッと目を瞑り、その顎を上げる。

 

 ほんのりと桜色に染まる頬。

 柔らかな唇から熱い息が漏れる。


 (なんか……ちょっと色っぽいな……)

 

 そして、俺は……。


 その額に『聖十字架』を当てたのだった。

 

 『スキル【聖餐】を発動……ライブラリ参照……』


 無機質な音声アナウンスが流れ、視界に浮かび上がる文字。

 

 

 ――――――――――――――――

 

 入手可能一覧

 

 【暗記】【体術】【拷問】【懐柔】【無原罪の御宿り】

 【初級回復魔法】 【初級火魔法】【初級水魔法】…………。


 ――――――――――――――――

 

 

 ん……?

 

 【無原罪の御宿り】 ?

 

 何だ……? このスキルは?


 『【無原罪の御宿り】 を獲得しますか?』


 「もーう、なんですか!?」

 「あっ、はいはい! すいません……あっ……」


 つい、不用意な返事をした瞬間――。


 『承認しました』


 突如、天から降り注ぐ一筋の光。


 「フィデスさん!!?」


 その光がスポットライトのように彼女だけを照らす。

 

 「……するなら……早くしてください!」

 「する? 何を? ――いや、そうじゃなくて!!?」

 

 雪のような純白の祭服が発光し、透過していく。


 「えっ……!!!?」

 

 そう、驚きの声を挙げる、その背から純白の翼が広がり……。


 (何だ……!? まるで……)


 稲妻のように燦然と輝く、その姿はまるで――天使。


 そして、はためかせる一瞬。


 「――――――!!?」


 ――巻き起こる突風。

 

 その風圧に奪われる視界。

 俺は思わず、顔を手で塞ぎ、後退りしていた。

 

 (これは!? 【聖神女の被昇天】と同じ……いや……!!? 違う!! 別の……)

 

 無数の白い羽根が埋め尽くし、舞い散る。

 

 決して近づくことを許されない神々しさ。


 幻想的な世界に引き込まれていく彼女。


 (これは!!? ……ヤバくないか!!!?)


 そして……俺の【神眼】に映り込む、フィデスの【MP】の残量……その数値がみるみる減っていた。


 俺は必死に手を伸ばし――彼女の手を掴む。


 刹那――。

 

 白くなった世界は……その影を落とし……光の収束していく。

 その暗幕へと――舞い散る無数の羽根も、その翼も全て消失していくのだった。

 

 これは……魔法の暴発……なのか?

 

 上手く、状況が呑み込めない俺に飛び込む姿。


 その【MP】の減少は……残り10で止まり……。

 

 よろめき……倒れ込む、フィデス・ガリア。


 その身体を急いで抱き寄せ支える。

 腕の中で意識を失い、その金色の長い髪は、無造作に地面へと垂れ下がる。


 「おい! 大丈夫か!!?」


 俺は何度も心配の声をかける。


 すると……。

 安らかに眠るような寝息。

 

 どうやら……生きては、いるようだった。


(……良かった……)

 

 そう、安堵するのも束の間……。


 「――――!!?」

 

 俺はその異変にすぐ気付き……。


 「……おいおい!? ……嘘だろ……!!!?」

 

 ――驚愕するのだった。

 

 


 

 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 

 


 ここ……は?

 

 気付くと――見慣れた天井がそこにはあった。

 

 酩酊したような浮遊感が絶えず、続いている。

 

 どうやら私は……自室のベットで寝ていたらしい。

 

 確か……、退院する子を見送って……その後、カミヒトさんと……あれ?

 思い出せない……何があったのか、が……。

 

 その重くなった身体と頭を無理やり起こす。

 

 私は一体……何を……。

 

 辺りを見渡して、ようやく……気が付く。

 自分が薄着姿になっている事に。


 「嘘……!!?」


 自然と漏れ出す言葉。

 それは羞恥心……よりも早く、こみ上げた驚きの感情だった。

 

 そして――。

 

 急いで確認する――鏡越しの自分。


 「……私はまだ……夢の中……に、いる……の?」

 

 その驚きのあまり……自分の顔に触れ、確かめる。


 やはり無くなっている……。


 それはいつも巻いていたスカーフ。


 どころか……。

 

 のである。


 「……なんで……!? 」

 

 滲んでいく視界。


 それは……さえも……。


 跡形もなく、消え去っていたのだった。



 

 〓:::〓:::〓:::〓:::〓:::〓:::〓:::〓:::〓:::〓::: :::〓:::〓:::〓:::


 

 

 あとがき

 

 お読み頂き誠にありがとうございます。

 久しぶりの長編物でお見苦しい点があるかもしれません。

 良ければ、コメント頂けると嬉しいです。


 第二章 ”レサエムル村の復興と宗教設立編” の開幕でございます。

 この物語の起承転結 ”承” の始まりです。


 まずは疫病対策ということで、物語が進んでいきます。

 ここからは視点が変わり、フィデス・ガリア サイドのお話しとなります。

 

 読者の方には、何を言っているか、分からないと思いますが、ようやく……あれを見せる時となりました(笑)

 きっと、次話を見れば、ヒロインの観方が変わると思います。

 

 ヒントは、キリスト教。これは……何の宗教なのでしょうか。

 

 良ければ、コメント・感想と評価を頂けると嬉しいです。

 いつも いいね される方ありがとうございます。大変励みになっております。


 なお、この作品の更新は不定期させて頂いております。推敲の進行速度とストック状況によって途中、休載するかもしれません。

 楽しみにして頂いている方には大変申し訳ございませんが、御理解のほどよろしくお願いいたします。


 

 

 

 

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