第32話 揺れる闇の狭間に集まる漆黒の集団

 

 

 ヴァセリオン教団の神殿の最上階。

 荘厳な部屋内に、大勢が座れるほどの一枚板、長いテーブル。その上には所狭しと並ばれた料理皿が並ぶ。

 世界中の美味、珍味を集め尽くしたような豪華絢爛な食事。

 

 そんな中、祭服の中年男の咀嚼音だけが鳴り響く。

 

 一人では食べきれない量を、貪りつくように齧り付いては、「不味い」と、一言。すぐさま吐き出し、その料理皿ごと床に廃棄しては……また、次の皿に手を伸ばす――小太りの神官。

 ヴァセリオン教団 <ボンペイ>支部 神官長 ゲイション・ローリンコである。

 

 その彼に……一人の執事が、かけるのだった。

 

 「お食事中、失礼します……お呼びでしょうか? ゲイション様……」


 その怯えた声に、横柄な返事とげっぷの音……。

 

 そして……。


 「おぉおお"い!! いつになったらあの不届き者どもを捕まえてくるんだ!!? 貴様はぁぁあああ”あ”あ!!!」


 ――突如、激昂の声と破砕音。

 投げた皿が執事のすぐ横を通過……壁に直撃し、執事の低い悲鳴が部屋に響き渡る。

 

 「……申し訳ありません……」

 「――この馬鹿者が!! ワシはいつ、だと聞いておるのだ!!!」

 「その……恐れながら……サンジュ=ルクモレン伯の話によりますと……どうやら……既に死亡されている……とのことでして……」

 「なにぃぃいい!!? 死んでるだ!!?――なら、何故!? その遺体を聴衆の元に晒さない!!」


 それでも収まることを知らない様子の神官長 ゲイションは、目じりを吊り上げ激怒する。


 「それが……例の……疫病の件で……燃やしてしまったと……」

 「な、何だ……それは!!? 我が教団の教義に反する、死者の冒涜ではないか!! あの領主はワシを舐めとるのか!?」

 「……誠に……左様で……」

 「もうよいわ!!」


 その言葉を吐き捨て、神官長は静まる。

 何かを察したように、そのこめかみを人差し指で押さえ頬杖をついていた。


 「……ふん、何か臭うな……」

 「…………?」

 「領主の娘の病気が治った事といい、我が教団の”聖水”を買わなくなった事といい、それに何だ……風の噂では都市の外に治療施設なるものが出来たと言うではないか?」

 「……誠にそのようで……」

 「その上、死者を燃やしてしまった、だ? ……貴様は、何かおかしいと思わんのか?」


 分かりやすく、返答に困る執事。その使えない様子に舌打ちを鳴らしつつも、神官長は考えを巡らせていた。

 

 この疫病は、教団にとって、金の成る病気である。みすみす、この大金を逃すのは非常に惜しい。

 故にこの事は王都の教会にはあえて報告せず、ギリギリまで伏せている事のしているのだ。

 もしも……彼らが既に、疫病の治療法を手に入れていたら、ここ<ボンペイ>の神官長としての立場が揺らぐ、可能性がある。

 

 「お前、不届き者の捜索はもうよい! それよりも、問題はその施設だ! 必ず、あの領主が絡んでいるはずだ! そこを徹底的に調べよ!」

 「……かしこまりました……」

 「ああ……あと、商人組合の組合長にも協力するようにと伝えておけ!」


 そう言い放ち、神官長は……いつもの食事へと戻るのだった。


 

 

 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 

 

 ”魔女” マリー・スクエットがここ、<レサエムル村>について数日後。

 彼女には、正式に”治療魔法師”として働いてもらっていた。

 

 最初に驚いたのは、彼女のコミニケーション能力だった。

 

 この治療施設の内容をすぐに把握し、早くも他の”治療魔法師”とも打ち解ける。

 更に”魔薬”の処方や疫病の知識、薬草の扱いなどで仲間から頼られる事も多く、その上、誰に対しても気さくに気兼ねなく付き合える関係を構築していたのである。それは、あの治療魔法師筆頭 ミシェルさんも唸る程だった。


 俺は当初、あの怪しい風体と美貌……同性から鼻につくのではないかと心配していたが……。

 それは全くの杞憂だったらしい。

 

 どうやら周囲からは……たまに出る”邪神教”とか”終末世界”とかの厨二病めいた口癖と、彼女の”魔女”という属性が相まって……、たまに変な言動もある不思議ちゃんキャラと、そんな風に認知されたらしい。

 それは、まるで……男子はもちろん、女子からもモテる……俺の学生時代だったら視界にも入れないくらいのスクールカーストのトップの才色兼備……そんな印象だった。


 さらに驚いたのは、その彼女の人材を見る目だった。


 それは、スラムの住人も続々と合流した際……。

 統治者でもあった彼女と相談の元、仕事の役割分担をおこなっていた時のことである。


 本来だったら……俺の【神眼】を使って、スラムの住人達を、適した生産の部署へと送る……という予定だったが……。


 驚くことに、彼女はそれを俺と同じ目線で、先んじて人事をおこなえるのだった。

 生産系スキルは、それに見合った部署への配属。まさしく適材適所の人選である。

 したがって、俺はただ、それを確認して承認するだけでいい。


 その彼女の仕事ぶりには……目の見張るものがあったのだ。


 それどころか、村の組織内の体勢を改め、各部署の連携や情報共有、細かい指示出しなど……もはや、村全体の動きを統括していた。

 結果、今まで俺へと直接来ていた各部署の問題も彼女の元で一度、整理され必要性の高いものだけを抽出され、俺の元には事後報告だけが残る。それを後から聞くだけでいい、という状況が何度も続いたのである。

 

 しかも、それは……この村に来て、短期間の出来事である。

 そう、今や仕事の大半を彼女が請負ってくれているのだ。

 流石は……一人でスラムの住人達を見てただけの事はある。

 

 その手腕たるや……。

 もはや、彼女がこの村の責任者になった方がいいのではというレベルだった。

 

 そしてをさらに……。


 「何だ!?」

 

 受け入れたスラムの住人達の中に混じる……マリーと同じ服装の集団。

 漆黒の外套に身を包み、顔を隠す女性達が俺の目前に集結していた。


 「マリーさん? ……この方達は?」


 ざっと50人以上はいるだろうか……。

 全員、女性で……その風体は見るからに怪しい……。


 「安心してください、この子達は私の仲間です」


 その返答に俺はピーンときた。

 世俗から斬り離れされた、カルト宗教のような雰囲気を醸し出す集団。


 つまり、あれだ……。

 マリーと同じ趣味の仲間。

 黒魔術とか呪術とかが大好きな連中。

 厨二病患者達である。


 「よろしければ……この子達もカミヒト様の下で、御奉仕させて頂けませんか?」


 (マリーさん!? 言い方!! 女性達の前で、その言い方は誤解を生みますよ!!!)


 その発言に困惑しつつも……。


 顔を隠すフードの下、覗き視える彼女達の不安そうな仕草や表情……。


 俺は内心……彼女達の境遇に同情するのだった。

 

 そうだよな、オタクとかは周囲から奇異の目で見られてなかなか理解してもらえないよな。

 俺も昔は引きこもった時、アニメとか漫画にハマっていたから、その気持ちが分かるわ。


 なんか、ちょっと可愛いそうに思えてきたな。

 『来る者は拒まず』というしな……。

 よし! 決めた! 快く向かい入れてあげよう。


 「問題ないです、大丈夫ですよ! 皆さんを村に歓迎します!」


 その言葉に彼女達の口元が一瞬、緩み……あちらこちで安堵の声が漏れ出す。


 「ありがとうございます、カミヒト様」


 そう、言ってマリーは俺に感謝の一礼をし、女性達に向かって、こう宣言するのだった。

 

 「皆様! 改めてご紹介いたします。こちらが私達の新たなる導き手、邪神様の受肉体でございます」

 「……貴方様が……」


 そう、口々に感嘆を漏らし、黒い装束を纏う女性達が一斉に跪く。

 その光景に戸惑ってしまったが……それが彼女達なりの挨拶なんだろう。

 

 相変わらず、マリーの言う事は意味が分からなかったが……こうして沢山の女性達に囲まれ感謝されるのは悪い気がしない。


 「皆さん、よろしくお願いいたします! 村の方々と仲良くして頂けると助かります!」

 

 こうして……村へと加入した彼女達は。

 

 マリーの的確な指示の元、驚異的な働きぶりをみせていた。

 そのおかげで……治療施設の稼働率は劇的に向上し、フィデスの負担も大幅に軽減され……ようやく、俺達は以前の追われるような業務、ブラックな職場から脱出することに成功する。


 優秀なマリー・スクエットと、その仲間魔女の面々。


 そんな感じで、彼女達は……。


 最早、この村ではいなくてはならない存在となっていったのだった。

 


 

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 あとがき

 

 お読み頂き誠にありがとうございます。

 久しぶりの長編物でお見苦しい点があるかもしれません。

 良ければ、コメント頂けると嬉しいです。


 第二章 ”レサエムル村の復興と宗教設立編” の開幕でございます。

 この物語の起承転結 ”承” の始まりです。


 まずは疫病対策ということで、物語が進んでいきました。

 <レサエムル村>の復興。それがそのまま宗教設立へとなっていきます。


 新興宗教の発足。それは。

 『ひとつの典型的な形態としては、ある人物の天啓や神がかりにより運動が創始され、既存の伝統的な宗教から影響を受けつつ、新たな宗教としての体裁をなし、組織的教団となっていく例があげられる。または、宗教的修行者のもとに病気治療や人生相談を要求する人々が集結し、組織が拡大して教祖的な位置に至る場合もある。』ウィキペディア(Wikipedia):引用


 と、一章をお読みいただき方はもうお分かりのとおり

 この物語は、その事実に即した一つのフィクション、ファンタジー作品でございます。 


 良ければ、コメント・感想と評価を頂けると嬉しいです。

 いつも いいね される方ありがとうございます。大変励みになっております。


 なお、この作品の更新は不定期させて頂いております。推敲の進行速度とストック状況によって途中、休載するかもしれません。

 楽しみにして頂いている方には大変申し訳ございませんが、御理解のほどよろしくお願いいたします。


 

 

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