第31話 ”魔薬”の製造方法と女同士の確執


 スラム街、マリー家の裏庭。外界から隠された……その敷地の広がる風景。

 

 「凄いな……これは……」


 その一面には、様々な種類の植物が生い茂っており、食べられる作物はもちろん、異世界のハーブ類、そして……件の”魔薬”の原料、”ヘアンの実”も栽培されていた。

 

 マリーは、その採取方法を目の前で実践してくれていた。たわわに実る”ヘアンの実”に刃物で傷つける。……すると、白い乳液が流れ出し、彼女はそれを綺麗に採取していた。あとは湯通して、その上澄みを取り、煮詰めては……荒めの布で濾し、再び灰を混ぜては……煮詰めるという作業を飴状のなるまで繰り返すだけ……。意外にもその製法は簡単で一度、覚えれば子供でも出来そうなくらいだった。


 「そして……こちらが”ヘアンの実”を抽出、精製した物が”魔薬”でございます」

 

 そう言い、彼女が見せてくれた小瓶、そこに入った液体”魔薬”。

 俺の【神眼】を通し確認してみると……前に領主が見せてくれたヴァセリオン教団の”聖水”と同様の物だということが改めて分かる。

 さらに詳しい話を聞くと……その製造過程で、さらに濃度を増すと――【HP】と【MP】の両方に回復効果のある”魔薬(改)”が製造可能とのこと。

 

 それだけでも充分すぎる収穫だったが……この菜園には、もう一つ、思わぬ副産物があった。

 それはこの異世界のハーブである。

 彼女の話では、現世のハーブと同じ抗菌作用があり、香水やお香として利用すれば、疫病の予防となると云う。

 

 その話を聞き、ずっと胸にあった疑問……その合点がいく。

 それは、マリー宅を訪ねる前……スラム街の、感染状況である。その人数が思ったよりも少ないと感じたのだった。

 たぶん、感染者の接触を極力避ける様に――という、マリーの注意喚起も効果があっただろうが、それにしても……これは明らかに少なすぎる。

 

 そういえば、中世ヨーロッパでも”黒死病”の予防に、ハーブが使用されていたという話があった。

 そこの民族だけ、異常にペストの被害が少なくて……そのせいで、魔女の迫害に繋がっていたんだが……。

 

 たぶん……この世界の魔女に対する脅威も、同様の事が起きているのだろう。

 

 ますます俺には……このマリー・スクエットという女性が、悪人とは思えなかったのである。


 彼女から全ての説明を聞き終えた俺らは……。

 これらは、疫病対策の絶大な効果がある、と――そう、確信めいた期待を寄せる。

 

 そして、このことを報告するため……一度、領主の元へと戻るのだった。


 

 

 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 

 「……なるほど、それは朗報だな。しかし、そのマリーという女。大丈夫なのか?」

 「ええ、スラム街の状況から見ても危険性はないかと思います。それに彼女に協力してもらえば百人力かと……」


 俺は領主へと根気よく、説得を続けていた。

 彼はこの非常事態の状況、彼女の持つ”魔薬”の重要性を十二分に理解してくれていたようで――結果、許可を出してくれたのだった。


 こうして、マリーを始め、スラムの住人達の村への移住計画がここに相成る。


 <レサエムル村>では。

 彼女の説得により、スラム街の住人達、全員の了承がとれ……早速、移住の準備が進行する。

 まずは段階的に受け入れを開始し、感染者は患者として……その他は村の新規住人として仕事をして貰う予定となっていた。

 

 一方、都市<ボンペイ>の方は。

 領主の命で、疫病に関する御触れを大々的に発表し、感染予防法を広める事に注力。

 更にマリー発案の民間療法、手洗い、うがいなどの除菌法と、ハーブ類の活用方法を衆知するという話で決着したのだった。

 

 改めて、マリーと合流した俺は、彼女を連れ治療施設へと向かう。


 そして……この村の各代表者の面々に彼女を紹介するのであった。


 しかし……。


 フィデス・ガリアの第一声。

 

 「誰ですか……その女……」

 

 ……それは意外なものだった。


 「ち、ちょっと……フィデスさん!? その言い方は失礼ですよ……こちら今回協力頂く、マリー・スクエットさんですよ……」


 微笑み絶やさないマリーに対して、フィデスは今まで見せた事のない嫌悪感を出していた。

 すっかり板挟みとなってしまった俺は、どうすることもできず――只々、困惑していた。


 フィデスさんは”魔女”にたいして個人的な恨みでもあるのだろうか?

 それとも……ここ最近の働き詰めでのストレスが原因?


 「すいません……マリーさん。彼女は相当、疲れのようで……」

 「カミヒト様、私は大丈夫です。……どうかお気になさらないでください」

 「……!!? カミヒトさん!! これは……どういうことですか……!!?」

 「いや、……これは……マリーさんが勝手に言っていることで……」

 「よろしくお願いしますね……”聖神女”様……」


 火花が散るような視線、それが痛い。

 

 (なんなんだ!!? ……この修羅場みたいな雰囲気は……)


 いや――確かに、冷静に考えたら……。

 いくら仕事だとは言え、ここ治療施設ブラック労働をほっぽり出して外回りしていた上……。いきなりこんな美女を連れて来たら、遊んでいたと見られてもおかしくないか……。


 これは、完全に俺の落ち度……配慮が足りなかった。

 

 「すいません……フィデスさん、大分お疲れでしょう……。今日はゆっくり休んで下さい」

 「いやです! 私は私のやるべきことをやります! それに疲れてなんかいませんから!」


 そう、言って分かりやすく、そっぽむく彼女。

 

 (困ったな……)

 

 そんな彼女が見せる子供のようなわがまま……。俺は彼女の強情さに驚きつつ、その内心は、ほっとしていた。

 彼女は、ここに移ってからというもの……本当に献身的に働いていた。

 それは出会った当初の陰気な姿からは……想像もつかないほどの逞しい彼女の姿。

 その働きぶりは患者や治療魔法師達からも頼られ、果ては”聖神女”と崇めらる存在となっている。

 

 周りからの信頼も厚い、それ故……その重圧も人一倍だろうとも思う。

 

 仕事を頑張るのは、悪いことではないが……しかし、休まないというは考えものだ。

 神様だって休むわけだし……。


 「フィデスさん、よく聞いてください……今回マリーさんに来て頂いたのは、もちろん村の事もありますが……第一はフィデスさんの身体を考えての事です」


 そう、彼女に来て貰った最大の理由は、彼女の負担を減らすためなのである。


 「ふーん、それは……私が心配ということですか?」

 「そうです!」

 

 俺はそう、強く断言した瞬間――。

 彼女の頑な表情その眉がピクリと反応する……。


 「つまり……私が一番という事ですか?」

 「……? もちろん、一番大事ではありますが……?」


 徐々に緩んでいく……彼女の顰めた表情。

 俯き、仕切りに金色の毛先を人差し指でくるくると巻いている。


 (もう一押しか……)

 

 そう、思った俺は――更なる提案を出すのだった。

 

 「そうだ、フィデスさん! これが落ち着いたら……フィデスさんの願い事を一つだけ叶えるというのはどうでしょうか?」

 「――――!? それは……本当ですか?」

 「ええ、俺に出来る事なら何でもいいですよ!」

 「……本当に……何でもいいですか?」

 「ええ、本当です!」


 その言葉を聞き、彼女の機嫌が一瞬直った。そんな風に見えたが、その瞬間、彼女は身体を翻し、その表情を隠すように背を向けてしまった。

 

 そして、彼女は火照った身体を冷ますように咳払いをし……。

 

 「ああ、もう……分かりました! その代わり、今の約束! 絶対に、忘れないで下さいね!」と、渋々了承してくれたのだった。


 

 

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 あとがき

 

 お読み頂き誠にありがとうございます。

 久しぶりの長編物でお見苦しい点があるかもしれません。

 良ければ、コメント頂けると嬉しいです。


 第二章 ”レサエムル村の復興と宗教設立編” の開幕でございます。

 この物語の起承転結 ”承” の始まりです。


 まずは疫病対策ということで、物語が進んでおります。

 

 宗教において触れなければいけない、ヤバいもの……。

 この話でチラッと紹介させて頂きました。

 

 何を言っているのか、分からないとは思いますが……。

 これ以上、掘り下げるのは良くないので、オブラートに包ませて頂きます。

 もうすでに、アウトの気がしますが……ゼッタイに掘り下げないようお願いいたします。

 ダメ、ゼッタイ!!

 

 良ければ、コメント・感想と評価を頂けると嬉しいです。

 いつも いいね される方ありがとうございます。大変励みになっております。


 なお、この作品の更新は不定期させて頂いております。推敲の進行速度とストック状況によって途中、休載するかもしれません。

 楽しみにして頂いている方には大変申し訳ございませんが、御理解のほどよろしくお願いいたします。


 

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