第30話 ”魔女”との交渉は交渉にならない

 

 『おまえたちは言った。「わたしたちは死と契約を結び、冥府と協定している。たとえ災難が押し寄せても、わたしたちには及ばない。わたしたちは虚言を避難所とし、偽りのうちに逃げこんだのだから」』 ―― イザヤ書 28章 15節 ――


 


 「私達は領主の命を受け、こちらにお邪魔しました」


 俺は、そう――自称”魔女”マリー・スクエットへと、その素性を明かした。

 

 すると、彼女は……その事に勘付いたようで――。


 「なるほど……領主様の命ですね。もしかして、それは……病魔の件ではないでしょうか?」


 と、単刀直入に返してきた。

 

 その問いに……俺達は静かに頷く。

 

 対する彼女は、その柔らかな頬に、人差し指を数回押し当て、拍子をとる。

 そして……「んー」と甘美な声を漏らし始めるのだった。


 (白々しい……)

 

 俺の眼には、何かを知っている……、そんな様子に視えていた。


 そこで、俺は……。

 

 「ズバリ、聞きます! 貴方は”聖水”の製造方法を知っていますか?」

 

 と鎌を掛けてみる事にしたのだった。


 「…………」


 その言葉に……。


 一瞬だけ、妖艶な唇が緩む。

 

 (やはり、図星か……)


 そう、俺は確信するのだった。

 

 俺が、なぜ”聖水”の製造方法を知っている、と思ったのかと、言うと――。

 それは……あのお婆さんのステータス、その状態にある。

 確かに老婆は”黒死病”を発症していた。……それはここにいる来る道中、すれ違ったスラムの住人達も同様の状態だった。

 おかしいのは、その病症の人達の【HP】が、まったく減っていない点である。

 

 ”黒死病”。この疫病は【HP】の3割をきると、体に黒い斑点が拡がり始める。それはまるで死のカウントダウンのように。

 つまり、【HP】さえ減っていなければ、発症しても生活できるのだ。

 しかし、問題は……その感染力である。これは人から人への感染する、パンデミック。

 本来、その予防対策方法は、隔離をするの一択だが……ここ、スラムの現状。ただでさえ、食うことに困る生活。そんなことをしたら、今度は餓死者が増えるだろう。

 

 つまり、彼女は、疫病の存在を知っていて、隔離という選択をあえてしていないのだ。

 それに……この落ち着きよう……。確実に”黒死病”という症状を熟知している。そして、その対処方法もだった。

 

 ということは……【HP】の回復手段を持っており、なおかつ、スラムの住人全員にそれを供給し続けられる程の余裕がある、ということ。

 

 そんな人間……俺の知るところでは。

 

 ”聖水”を大量に持っているヴァセリオン教の者か――。


 その製造方法を知っている人物か――となる。


 見るからに後者な気がするが……。


 しかし……。

 

 「いいえ、あなた様は勘違いしておりますよ……」

 

 「――――な!!?」


 その答えに俺達は驚愕させられる。


 「私が作っているのは”魔薬”です」


 (やはり……そうか……)

 

 推察するに、彼女の言う”魔薬”と、ヴァセリオン教団の”聖水”と同じものであろう。

 

 予感はあった……。

 それは彼女のスキル欄の【薬草知識】。


 「”魔薬”とは”ヘアンの実”を抽出し精製した薬で、"聖水"と同じ代物です……」


 ”ヘアン”って、あの森にあった植物か……。


 「つまり……」

 「つまり……?」

 「――そうでございます! 全ては我が邪神様アンラ・マンユの全知全能なる叡智のおかげなのです!!」


 と、彼女は急に大きな声を出し、訳の分からない事を言い出したのだった。

 

 そのあまりの急展開に。


 「 「 「 ……はい……? 」 」 」


 俺達の面を喰らった声が漏れ出す。


 「――そう! これは必要な悪! この疫魔自体も邪神様アンラ・マンユがお与えになられた試練なのです!」

 

 先程の冷静さは嘘のよう……。

 

 「この世界において最早、我々は増えすぎた害悪! その中で淘汰される者と選ばれた者を区別するための最初の審判なのです!」

 

 早口、興奮気味で語り出す彼女。

 その豹変ぶりに俺達は、開いた口が塞がらなかった。


 「ああ、なんてことでしょう……これは序章にすぎないのですよ! やがては起こる審判の日、終末世界の前触れ! それはどのような地獄絵図なのか? はたまた、どのような悪逆無道なのか?」

 

 長く綺麗な黒髪を乱し、端正な顔を歪ませ恍惚な表情を浮かべ、その肉感的な体形を抱きしめ、クネクネと悶える始めていた

 

 「是非! 私はそれを見たい! そして、出来る事なら……味わってみたい!」


 最早、彼女の妖艶さ、怪しさは、もはや……雲散霧消。

 俺の頭には”変人”という二文字が浮かんでいた。

 

 ええっと……これって……あれだ!

 ”厨二病”ってやつだ……たぶん……。

 

 「我々、人類は成す統べなく蹂躙し、この身を焼かれ……やがて、世界は終焉を迎える……」


 さっきから、こいつの言っていることは……。


 「そして! 地上に生きとし生ける全てのものを滅ぼしつくした邪神様アンラ・マンユは……」

 

 戯言……ぶっ飛んだ思想、妄想である。


 「一体どんな世界を再構築をするでしょう! ああ、想像するだけで滾ってきます! うっふふふふふ……」


 饒舌に喋る彼女を見て、俺は憐れな気持ちになってきた。


 (俺も学生時代こんな時期があったな……)

 

 現実、世界の中世では『異端審問』、『魔女狩り』と称し、残虐な拷問を行われていた。

 きっと、この世界でもなんだろう……。

 

 つまり、彼女の異常な思考。それはきっと、この厳しい世の中で、精神を保つための砦。唯一自分を保てるアイデンティティ。心がこじれにこじれてしまった結果の……ピーターパン症候群現実逃避だろう。


 分かる……、俺もこの世界に来た時、絶望のあまり一人……森の中、裸で踊り狂っていたからなぁ……。


 「カミヒトさん……やはり、この女性は危険です……」


 そう、警戒するアレクの肩に、俺は手を置き。

 

 「まあ……アレクさん、落ち着いて下さい……」

 

 そっと宥める。

 もはや俺は……このマリー・スクエットという一人の女性に、同情を覚えずにはいられなくなっていた。


 そんな反応に気付いたのか……。

 彼女はピタリと話を止め、その疑問を口にするのだった。

 

 「私が……怖くないのですか?」


 「なんで、ですか? ……そんなもの厨二病は、誰にでもあるし、信じるもの趣味は人それぞれ、自由でいいと思いますよ!」


 「それは……邪神教であっても、ですか?」


 「ああ、そんなの全く問題ないです! ……それにうちは、多神教なので!」


 その言葉に彼女の美しい顔が一瞬、緩み……。

 驚きへと変わる。


 それは、彼女が初めて見せる人間味のある表情だった。

 

 そう、この彼女が持つ、その”魔薬”は今、村が直面している問題。医療崩壊を打開する鍵になる。

 そんなこと厨二病は、全く問題ではないである。

 

 (これは……交渉というには……余りに興がそがれてしまったが……)

 

 「出来れば、その”魔薬”いい値で買い取らせて欲しい……」

 

 続けざまに俺はそう提案を持ち出す。

 その言葉に、彼女は……考えに更ける素振りを見せていた。

 

 俺はその間を静かに待つ。

 

 「…………」


 ……暫して、口元……そのほくろが微かに動き……。


 そして、彼女は……。


 蠱惑な微笑をみせるのだった。


 「いいでしょう……。買い取りではなく無償で提供します……」

 「――――えっ!!? ……本当にいいのですか!?」

 「ですが……一つだけ、条件があります……」

 「条件……?」


 その言葉に俺は眉を顰める。


 「ええ……私達も是非、あなた様の仲間に加えてくれませんか?」

 


 

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 あとがき

 

 お読み頂き誠にありがとうございます。

 久しぶりの長編物でお見苦しい点があるかもしれません。

 良ければ、コメント頂けると嬉しいです。


 第二章 ”レサエムル村の復興と宗教設立編” の開幕でございます。

 この物語の起承転結 ”承” の始まりです。


 という事で、この魔女 マリー・スクエット が加わり、物語は加速していきます。

 

 良ければ、コメント・感想と評価を頂けると嬉しいです。

 いつも いいね される方ありがとうございます。大変励みになっております。


 なお、この作品の更新は不定期させて頂いております。推敲の進行速度とストック状況によって途中、休載するかもしれません。

 楽しみにして頂いている方には大変申し訳ございませんが、御理解のほどよろしくお願いいたします。


 

 


 

 

 

 

 

 


 

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