第29話 ”魔女”との邂逅


 『イエスは仰られた。「あなたがた十二人は、わたしが選んだのではないか。ところが、その中の一人は悪魔だ」』 ―― ヨハネによる福音書  6章 70節 ――

 


 俺達は住人のお婆さんの案内で、スラム街の奥の奥。”魔女”がいるというボロ小屋を尋ねていた。

 

 「マリーさん!あんたにお客さんだよ!」

 

 そう、お婆さんが戸を叩くと、中から落ち着いた声色、女性の返事が聞こえる。

 待たされ、話し込むこと数分……どうやら、話はついたようで。

 「それじゃあ……」と、お婆さんは洗濯場へと戻っていくのだった。

 

 「こちらへどうぞ……」

 

 そう言って部屋の中へと招き入れる怪しい女性。

 長い濡羽色の黒髪。全身まで漆黒の外套を纏い、フードで顔を隠す。そこからちらりと覗く、白い肌と豊満で厚艶な凹凸。

 朱色の口元に、チャームポイントのほくろ。甘い蜜のような微笑みを浮かべている。

 それは、息を呑んでしまう……ほどの妖艶な美女だった。


 玄関口から薫るハーブアロマの甘い香り。薄暗い奥から紫色の光が漏れる。

 まるで、官能的。よからぬ店に入るような気分で。

 

 (そういえば、女性の部屋に入るのはちょっとドキドキするな……)


 そんな邪念を、頭を振り――払う。

 『これは仕事だ』と何度も自分に言い聞かせ、気を引き締め……その招かれた部屋内へと足を踏み入れるのだった。


 「お邪魔します……」


 その部屋の様子は、外観のボロ小屋の雰囲気とは打って変わって……。

 薄暗い空間に、淡い光。宝石の色が乱反射した幻想的空間。四方の壁には、所狭しと飾られた多くの獣の剥製や骨、怪しい呪物類。隅で甘いお香の煙が揺らめき、天井には沢山のドライハーブサンシェが垂れ下がっていた。


 (ますます、怪しい雑貨屋みたいだな……)

 

 俺達はその物珍しい光景、内装にキョロキョロと辺りを見渡す。


 「そちらに座って、お待ち頂けますか?」

 

 と、彼女はお座敷、円形のちゃぶ台へと案内し、彼女は奥の台所へと向かうのだった。

 

 おとなしく彼女の指示に従い、座る――俺達。

 その場所から見える彼女の姿。

 ついつい、吸い込まれるように魅入ってしまう艶麗さがある。

 

 すると……隣のアレクとステインが、小声で話しかけてくるのだった。


 「これは……まずべぇ……」

 「……やはり、彼女は……本物の”魔女”なのではないでしょうか?」

 

 二人は終始、張り詰めた表情をみせる。


 その理由は、この部屋に入る前まで、さかのぼる。

 婆さんから”魔女”という言葉を聞いた俺は、前もって、アルクからこの世界での”魔女”についての情報を教えてもらっていた。


 ヴァセリオン教が”異教徒”と忌み嫌う、邪神信仰の教徒。その通称を”魔女”というらしい。

 それは元居た世界の知識と一緒で……魔術を使えるというところまで一緒だったのだ。

 しかし、ここは……実際の魔法が存在する世界。問題は、その魔術がまじないやオカルトの精神的なものではなく、現実、生身に作用するという点である。

 それこそ、呪いをかけ相手を殺す、そんなことを実際に出来てしまうという話で……どんな危険があるか……分からないという。


 そこは最早、彼女の領域テイトリー……。


 虎穴に入らずんば虎子を得ず、か――。

 

 しかし、俺には彼女が危険な者とは思えなかった。

 

 理由は三つ。

 

 一つはこのスラム街の様子である。彼女はこのスラム街では慕われるようで……このスラム街を助けているように思えたからである。

 

 そして、もう一つは……彼女のステータスである。

 

 彼女の姿を一目見た瞬間――俺は、【神眼】を発動していた。


 そのステータス内容は……。


 ――――――――――――――――

 

  ~ ステータス ~

 

 【名前】:マリー・スクエット

 【Lv】:3

 【種族】:人間

 【職業】:薬草師

 【年齢】:27歳

 【状態】:健康

 

 【HP】:96/100

 【MP】:109/116 

 【物功】:G

 【物防】:G

 【魔攻】:F

 【魔防】:E

 【素早】:F

 【知力】:B

 【幸運】:C

 

 【スキル】:【薬草知識】LvMax 【話術】LvMax 【策謀】Lv2

      【鉱物知識】Lv3 【計算】LvMax 【暗記】Lv4

      【舞踏】Lv3 【鍛冶】Lv3 【料理】Lv4

      【懐柔】Lv4 【農業】:LvMax【建築】:Lv1

      【騎乗】:Lv3 【調合】:LvMax 【手芸】Lv2

 

 ――――――――――――――――


 

 スキルの数は普通の人と比べると多いが、全て生産系のスキルで、戦闘的な意味でのステータスとスキルで言えば、アレク達とは比べるまでもない。

 また彼女には、人を呪い殺せるような危険なスキルは一切確認できなかったのである。


 そして……最後の根拠。

 

 それは前世での共通認識である。

 推察するに、これは中世ヨーロッパと同じで……実際は魔術なんてものは、ないのではないのだろうか?

 それどころか”魔女”という言葉すら怪しい所である。

 つまり、ヴァセリオン教が勝手に、”異教徒”と認定し、一方的に揶揄、迫害しているだけではないだろうか……。

 

 「お待たせしました」


 台所から戻ってきた彼女は温かいお茶を並べ、俺達の前に置く。


 そして、警戒感を露わにするアレク達をよそに、彼女は俺達の前に堂々と座るのだった。


 目の前に置かれた、なんてことのないティーカップの紅茶。

 すぐ隣から聞こえる、息を呑む音。

 彼らはそれに口を付けるのをためらっていた。


 その状況に……。

 彼女は、その妖美な口角を吊り上がる。


 「大丈夫ですよ。毒などは入ってませんから、安心してください」


 「 「 ――――!!? 」 」


 その言葉を聞き、アレク達の額から一筋の汗が流れる。

 彼らは、さらに警戒心を高め、沈黙を貫く。

 

 まるで試されている、通過儀礼? いや――踏み絵のようなものか……。


 妙な緊張に包まれる部屋。

 

 そんな彼らに対し、俺は……。


 「安心して下さい……ただのお茶です」


 そう言ってためらいなく、その一線を超えるのだった。

 

 「待ってください――」

 

 慌てるアレクを置き去りにして、紅茶に口をつけ……飲み干す。


 鼻に抜ける清涼感。葉の苦みとほのかな甘み……それはただのハーブ茶である。

 

 それに、俺の【神眼】にも、”魔香草茶”とあった。

 

 「――ね、大丈夫でしょう!」

 

 俺は何事もないように振るまう俺に対し、唖然とするアレク達。


 その俺達の様子を見て、彼女は再び、朱色の微笑が口角に浮かび……。

 

 そのうっとりした声色を漏らすのだった。

 

 「改めまして……私の名はマリー・スクエット。ただの旅人で……周りからは”魔女”と呼ばれております」

 

 交わされる視線。

 気を抜くと――その瞳に、吸い込まれそうになる。

 

 それは、まるで……。


 俺達を歓迎するような……そんな魔性の微笑みであった。


 

 

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 あとがき

 

 お読み頂き誠にありがとうございます。

 久しぶりの長編物でお見苦しい点があるかもしれません。

 良ければ、コメント頂けると嬉しいです。


 第二章 ”レサエムル村の復興と宗教設立編” の開幕でございます。

 この物語の起承転結 ”承” でございます。


 まずは疫病対策ということで、物語が進んでいきます。

 宗教設立の鍵を握る、もうひとリの彼女の存在。

 ガチャでいうなら、ゲームを壊す。

 一番厄介なSSRのキャラです(笑)


 良ければ、コメント・感想と評価を頂けると嬉しいです。

 いつも いいね される方ありがとうございます。大変励みになっております。


 なお、この作品の更新は不定期させて頂いております。推敲の進行速度とストック状況によって途中、休載するかもしれません。楽しみにして頂いている方には大変申し訳ございませんが、御理解のほどよろしくお願いいたします。


 

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