第28話 驚天動地のスラム街
『 イエスは町や村を残らず回って、会堂で教え、御国の福音を宣べ伝え、ありとあらゆる病気や患いを癒された』 ―― マタイによる福音書 9章 35節 ――
<センブル聖堂>の門外。
金髪の娘 フィデス を中心として、集まる人だかり。
「”聖神女”様、ありがとうございました……」
戸惑う彼女などお構いなしの様子で、多くの感謝の声に囲まれていた。
ここ最近、彼女の”聖神女”としての評判はとどまることを知らない。それは、患者達の中に拝む人まで出てくる程であった。
「皆様……ちょ、ちょっと……待って下さい……」
そんな光景を俺は、微笑ましく遠目から見守っていた。
すると……。
「本当に彼女は……変わられましたね」
一人の眼鏡姿の治療魔法師が、声をかけてくる。
「”治療魔法師”としてもそうですが……何よりも精神的に本当に強くなった」
どうやら彼は……フィデスの事を前から知っていたようで……。
「私は少し、後悔しているのですよ……彼女には悪いことをしたと――」
……何か後ろめたいことが、あったらしい。
まあ、詳しい事を聞ける雰囲気ではなかったが……彼の性格上、何か理由があった、そんな風に察することが出来た。
「でも、もう大丈夫でしょう。貴方がいれば……」
と、眼鏡越し、こちらに送られる視線。
それは期待を帯びた眼だった。
(いや、実際……俺は何もしてないんだよな)
確かに、フィデスや”治療魔法師”の活躍で、疫病患者の大半はその一命を取り留めていた。
だが……救いきれなかった者も多くいる。
聖堂の外に建てられた多くの十字架の墓標。
多くの遺族達が嘆き、冷たくなった埋墓に花を供えていた。
この世界の死者への埋葬方法は、土葬だった。
それは死後、死者の魂がその器へと戻ってくると信じられていたからである。つまりは……宗教的理由。
しかし、衛生面と二次感染のリスクから、ここは火葬すべきである。
……当然、その弔い方に遺族からの反発もおきると予測できる。
そこで、俺は、遺族へ葬儀のミサと告別式を丁重に行ったのだった。
「死は忌むべきものではなく、神の もとで永遠の祝福を得るべきものです……」
決して、その遺体に触れぬよう注意喚起をした上で、ご遺体を白い布で覆い、棺の中に白い生花を添える。
そして……俺は、遺体に油をかけ、火をつけた。
簡易的ではあるが、これは「終油の秘跡」の代わりである。
故人の魂の平安と永遠の命を願う儀式。生涯を全うしたことを神に報告し、感謝する礼拝である。
この様な手厚い葬儀することで、遺族達の不満を和らげていた。
(俺にはそれくらいしか出来ないが……)
こうして俺は……この世界の思想、慣習を変える為、神父のフリを続けるのだった。
しかし、<センブル聖堂>へと送られてくる”黒死病”の病床患者は日に日に増えている一方。
それはどうやら……辺境都市<ボンペイ>以外からも患者が来ているようで、村の外まで、長い行列ができていた。
従業員もほぼ休み無く、フル稼働。休まる暇のない状態……。
皆の疲労が心配である。
もはや、医療崩壊の一歩前……。
そこで、俺は現状の報告と問題点を話すため、改めて領主の元へ向かうのだった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
護衛の冒険者 アレク と ステイン を連れ、内密に領主の城 <イシスール城>に着いた俺は、改めて治療施設の報告と、都市の状態について話し始める。
「やはり、そちらも人員不足か……」
黒色で統一された
そう、都市内の、
「街の清掃はどうなっていますか?」
「正直、思うようになってはおらんな……」
最大の原因は人手不足。
ヴァセリオン教の息のかかっていない人材の選定。そのせいで限られた人員しか確保できない。それがボトルネックとなっていた。
「冒険者組合にも声かけして依頼も出しているが……それでも、全然人手が足りんな。……それに、このままでは施設運営の資金も底をつく……」
この疫病のせいで職を失ったものが多くいる。結果、都市内の経済状況も悪化し、ゆくゆくは都市内の税制、財源確保が難しくなるとのこと。
問題は山済み。今すぐ何かしらの手を打たねば……この都市は終わる。
まずは、直近の治療施設の人手不足問題。目の前の命を救うことが最優先だった。
考え込み、籠った低い呻り声を出す、領主 サンジュ=ルクモレン伯。
最早、この都市に手の空いている人などいないのである。
ん?……都市にはいない……?
なら、外はどうだろうか?
と言ってもここは辺境都市。すぐにまとまった人員は集まらない。
そこで、俺は改めて思い出す。
この都市に初めて来た時のことを――。
「領主様、この都市の外……スラム街の住人ならどうでしょうか?」
「なるほどな、あそこか……。確かに、それなら……教団の息はかかっていないと思うが……」
歯切れの悪い反応をみせる、領主。
それもそうだ。この都市の状況を考えれば、更に衛生の悪い状況など……地獄絵図になっているだろう。
「彼らには、今まで定期的に食料などの支援、援助を送ってきたが、ここ最近はこちらの事で手一杯でな……。その状況がどうなっているのかがわからぬのだ」
もしかしたら、感染の発生源の可能性もある。
そんな場所に送り込んだ人間が更に感染を広めたらと考えると、スラム街の人々には悪いが見捨てる選択肢をとるしかないという判断であった。
しかし、今は何もしないよりは、マシな状況……。
そこで俺は……一縷の望みを賭ける為。
領主の許可を貰い、早速スラム街へと向かうのだった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
辺境都市<ボンペイ>の郊外。その四方八方を囲まれた壁の外側に、ボロボロの小屋がいくつも立ち並ぶ一角。
スラム街。ここ辺境へと流れ着いた者が都市内に入れず、住み着いた場所であった。
その不法移住者の巣窟へと足を踏み入れた、俺とアレク、ステインは……。
「な、なんだ……これは……!!?」
その光景に驚愕させられていた。
それは、ここに来る前、覚悟していた状況とは……。
――真逆の光景だった。
走り回る子供達。
老人が暢気に座り込み……。
黒装束の女性達があちらこちで談笑している。
それは、多くの者が外へ出て活動する様子だった。
「これは、一体……どうなっているんだべえよ!?」
そう、ステインが驚きの声を漏らす中、一人の老婆が俺達の前を横切る。
その状況に、堪らない様子のアレクが、その老婆へと声をかける。
「すいません、これは……どういうことですか?」
「……何が、だい?」
「――いや、疫病は?」
「ああ、そんなのもあったね……」
と、洗濯かごを持って暢気に、答える老婆。
(……いや、そうではない……)
この時、こっそりと発動した俺の【神眼】には……。
はっきりと”黒死病”のバットステータスの三文字が確認できた。
そう、この婆さんは”黒死病”の感染者である。
しかし……。
「あたしゃ、この通りピンピンしているよ!」
不思議なことに、その老婆のステータス……その【HP】は、満タンに近い状態だったのだ。
(まさか、”聖水”……もう、教団が手を回していたのか? ……落ち着け……まだ、そうと決まったわけではない!)
「あんたら……ヴァセリオン教の者かい?」
「――――――!!!?」
突如、投げかけられた言葉に。
俺達は最早――驚きの顔を隠しきれなかった。
「そうかいそうかい……その雰囲気……どうやら、そうではなさそうだね……」
そう、お婆さんは軽い調子で答えた。
(これはどういうことなんだ? 教団の関係者ではないのか?)
混乱する状況に頭が追い付かない。
とにかく、今は言葉を積み重ね、探るしかなかった。
「ああ……そうだ。領主から直々に調査の勅命を受けている」
そう、俺は恐る恐る、その証、書状を見せる。
「ふむふむ。そうかい、そうかい。それなら……」
「……なら?」
「詳しい話は”魔女”様に聞きなさいな……」
「”魔女”……?」
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あとがき
お読み頂き誠にありがとうございます。
久しぶりの長編物でお見苦しい点があるかもしれません。
良ければ、コメント頂けると嬉しいです。
第二章 ”レサエムル村の復興と宗教設立編” の開幕でございます。
この物語の起承転結 ”承” の始まりです。
まずは疫病対策ということで、物語が進んでいきます。
宗教設立の鍵を握る、もうひとリの彼女の存在。
やっーーと、最後のメインキャラの登場です。
長かった……(笑)
良ければ、コメント・感想と評価を頂けると嬉しいです。
いつも いいね される方ありがとうございます。大変励みになっております。
なお、この作品の更新は不定期させて頂いております。推敲の進行速度とストック状況によって途中、休載するかもしれません。
楽しみにして頂いている方には大変申し訳ございませんが、御理解のほどよろしくお願いいたします。
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