第27話 治療施設<センブル聖堂>

 

 『あなたがたの会った試錬で、世の常でないものはない。神は真実である。あなたがたを耐えられないような試錬に会わせることはないばかりか、試錬と同時に、それに耐えられるように、のがれる道も備えて下さるのである』 ―― コリント人への第一の手紙 10章 13節 ――

 

 

 「おい、知っているか? どうやら、この都市で疫病が蔓延しているらしいぞ!」


 「ああ、その噂なら俺も知っているぞ! なんでも罹った人はこの都市から追放されているみたいだな……」

 


 そんな噂が都市<ボンペイ>で流れ始めたとは知らず……俺達は、都市から外れた廃村<レサエムル村>で”黒死病”の治療を行っていた。


 旧領主の別館<センブル聖堂>。そう、名づけられたこの治療施設には、近郊の都市<ボンペイ>から、多くの”黒死病”患者が送られてきていたのである。

 

 広大な空間の中に、高く聳え立つアーチ状の天井。

 側面には硝子窓の淡い光が漏れ、光線の柱が放射状にホールへと降り注ぐ。

 

 そんな神聖な建物内に、酷く淀んだ瘴気が満ちる。

 あちらこちらで聴こえる――悲痛の呻き声。

 等間隔に並べられた多くの病床ベット……。

 

 その真ん中を横切る靴音――。

 

 並べられた蝋燭達の火が一斉に揺らめく。


 オレンジ色に反射する純白の祭服。

 それに身を包み、その曲線美を翻す、瞬間――。


 窓から射し込む柔らかな光が、顔の右半分を覆ったスカーフと金色の髪を浮かび上がらせる。

 

 その影の下。もがき苦しみ、助けを求めるような……亡者の手が次々と挙がる。


 ”黒死病”患者達。

 体の一部が黒く変色し、その姿は、最早……見るも無残な姿へとなり果てていた。

 

 その伸ばされた手を――。


 躊躇することなく、優しく握り込み……。


 「皆様、もう安心ですよ……」


 一人一人の恐怖を拭う様に、慈愛の言葉をかけていく、。


 その様は……。

 

 「……おぉ……女神様……」


 微かに動く、乾ききった唇。


 「……あり……がとう……ござ……ます……」

 

 柔らかな微笑を返す、彼女の姿に――。

 その両目から溢れんばかりの涙が、零れ落ちる。


 そして……。

 

 膝を折り、祈る彼女は――。

 

 「私の魂は主を崇め、私の霊は救い、主である神を喜び讃えます……」

 

 天へと歌声詠唱を響かせる。


 瞬間――祈りを捧げたまま姿勢から自然発火、あっという間に炎へと包まれていく。


 さらに……紅蓮の炎がその身体を舐めるように燃え盛り――眩い閃光を放つ。

 

 次第に、その光は……。

 

 彼女を中心に円形状へと広がり……建物内の物体、その何もかもを飲み込み、透過させていく。


 【聖神女の被昇天】

 

 それは隅の隅まで白日の下へと照らし出すような……。


 穢れの残響歌を断ち切り、その一切を無情に払う――浄化の光だった。


 刹那――。

 

 周囲は静寂へと変わり……。


 光の消失――。


 辺りは……。


 澄んだ空気に包まれるのだった。


 遠目に視える、彼女の様子。

 元の姿へと戻り……。

 

 その役目を終えるかのように。

 

 ……その身体が左右に揺れ、よろめく――。


 (まずい!)


 その様子に、俺はすぐさま彼女の元へ駆け寄り、その身体を支える。


 「フィデスさん、大丈夫ですか!?」


 俺の腕に、もたれかかる彼女の顔色。

 

 「ええ……大丈夫です。まだやれます……」

 

 そこからは明らかな倦怠の色が窺えた……。


 連日連夜の魔法の行使。そのせいで彼女の身体は限界に達していたのだった。

 

 患者の受け入れ態勢が始まって以来……俺は、彼女のその傍でその限界を見極め続けていた。

 

 この世界ではどうやら”魔力”というものがあり、”魔法”を使うためにはそれが必要となる。

 俺の【神眼】に映る【MP】の表示。それが”魔力”の正体らしい……。

 さらにこの【MP】その残量は精神にも依存しているみたいで、魔法を行使すればするほど彼女の疲労と連動していた。

 

 その副作用は……。

 

 5割低下で倦怠感。

 3割で眩暈、吐き気。

 1割で意識の混濁。

 

 患者の容体と数に合わせ、スケジュールを組んだ結果、彼女にはギリギリまで魔力の酷使させることになってしまった。

 なお、【MP】は自然回復する。適度な休養を取れば、【MP】を回復させつつも回復魔法の行使が出来るのだ。


 そこで俺は……安全の為、三割以下になったら、暫くは休息を取らせるようにしていた。


 それでも、彼女の負担が大きすぎる。


 問題は、”黒死病”を治すためには彼女の特殊な回復魔法【聖神女の被昇天】しか効果がないという点であった。


 一般の”治療魔法師”の回復魔法は【HP】の回復程度にしか作用しかないということに起因する。

 確かに【HP】を徐々に奪う”黒死病”の症状を遅らせることが出来る。しかし、その病巣を取り除くことは出来ない。


 それは教団の『聖水』と同様の効果だったのだ。


 しかし、これではあまりにも魔力の効率が悪く……これでは『焼け石に水』の状態。

 

 (やはり……その病巣を取り除くしか、抜本的な解決はしない)

 

 そこで俺は、患者の重症度に合わせて治療の優先順位をつけた。

 現代のトリアージである。これは傷病者を重症度に応じて色のタグをつける方法だった。


 黒色は重傷者。【HP】の残量が極端に少なく即時にフィデスの治療が必要なレベル。

 赤色は中等症者。数日は持つが、一般の治療魔法師によって即座に延命治療を行い、手が空き次第、フィデスが治療。

 黄色は軽症者。【HP】の残量は十分だが、感染していることが確認出来るレベル。隔離の元、経過観察を見る。

 

 俺は運ばれるてくる患者のステータスを確認し、トリアージタグを付けていく。


 そこで、改めて気付いたこと。

 俺の他には、ステータスを確認出来る人はいないかった、ということである。

 

 そんな状況に、俺はさらに方針を変える。


 「カミヒト殿、こちらは終わりました」


 「ありがとうございます、ミシェルさん。お疲れのところ大変申し訳ございませんが、フィデスさんの回復をお願いします」


 「分かりました」


 ”治療魔法師”筆頭 ミシェル・セカネスがフィデスの傍に寄り、手を翳す。

 淀みのない詠唱、光る癒しの光に彼女の顔色が正常へと戻っていく。

 

 そう、彼は他の”治療魔法師”達とは違う、特殊なスキル【中級回復魔法】が扱えたのだ。



 ――――――――――――――――


 

 【中級回復魔法】Lv2……【HP】+30【MP】+30回復。ー50の魔力消費。



 ――――――――――――――――


 

 彼の【回復魔法】には【HP】の他に【MP】を回復する効果があり、一般”治療魔法師”の上位互換と言って、いい効果であった。


 それに気が付いた俺は、その事を彼自身に伝え、協力を仰ぐ。

 

 ありがたいことに領主の計らいにより、現場全体の細かい指示は俺に一任されている。

 皆一様に俺の案に耳を傾け、受け入れてくれたのだった。


 こうして俺が行った業務改善案は以下の通りである。

 

 一般の"治療魔法師"の回復魔法で延命処置を行いつつ、フィデスには間に合いなさそうな患者を優先して治す。


 そして、ミシェルの 【中級回復魔法】で、フィデスの【MP】の回復を行う。

 

 その体制へと切り替えることで。

 なんとか治療施設<センブル聖堂>の稼働を維持していくのだった。


 

 

 

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 あとがき

 

 お読み頂き誠にありがとうございます。

 久しぶりの長編物でお見苦しい点があるかもしれません。

 良ければ、コメント頂けると嬉しいです。


 第二章 ”レサエムル村の復興と宗教設立編” の開幕でございます。

 この物語の起承転結 ”承” の始まりです。


 まずは疫病対策ということで、物語が進んでいきます。

 宗教設立の鍵を握るのは、彼女の存在。

 少しずつ、その成長を主人公のオジサンと一緒に見守って頂けると幸いでございます。


 良ければ、コメント・感想と評価を頂けると嬉しいです。

 いつも いいね される方ありがとうございます。大変励みになっております。


 なお、この作品の更新は不定期させて頂いております。推敲の進行速度とストック状況によって途中、休載するかもしれません。

 楽しみにして頂いている方には大変申し訳ございませんが、御理解のほどよろしくお願いいたします。


 

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