第26話 集結する反旗の唄
『わたし自身、あなたがたのために立てている計画をよく知っている。主の言葉、それはわざわいではなく平安を与える計画であり、あなたがたに将来と希望を与えるためのものだ』 ―― エレミヤ書 29章 11節 ――
その後、九死に一生を得た俺は……缶詰状態から逃げ出すように、日の当たる外回りへと出る。
気晴らし程度の散歩だったが、後ろには厳重な護衛の兵士がつき、顔をフードで隠すよう指示される、物々しい厳戒体勢で……。
気分はまるで護送犯である。
俺が今着ているお手製のフード付きの祭服。それはアンネさんが、『聖骸布』を改良してくれたもので、前回のユーグルとの一見以来、これをいつも身に着けていないと、マジでヤバい……という教訓を得た。
今はお尋ね者の身、これは何かあった時の一応の保険でもあった。
相変わらず、ここ<レサエムル村>では人が世話しなく、働いていた。
早くも、鬱蒼と生えていた木々は切り倒され、各所に木製の掘っ立て小屋が出来ている。
(ちょっと見ないうちに、ここまで発展するとは……)
素直に関心していると。
一人の筋肉隆々の髭達磨のような漢がこちらへと歩いてきたのだった。
「おっ、ゲオルグのおやっさん! 首尾はどうですか?」
「おう、上々じゃわい!」
そう、豪快な挨拶をする彼の名は ゲオルグ・ツンフト。
領主の紹介で今回、<レサエムル村>の復興に協力してくれる大工の棟梁である。
「幸い、思った以上に柱の腐食が進んでなかったわい。まあ、安心せい!このわしがこの村を元通り、いや、それ以上の立派な村にしてやるわい!ガハハハッ!」
そう、言うと彼は、豪快に笑いながら俺の背中を強く叩いて、次の作業に戻っていく。
(いてて……相変わらずの……親分気質だな……)
俺はジーと痛む背中をさすりながら苦笑いをしていた。
彼は頑固な性格だが、確かな腕を持った職人で、その上今回、彼が経営する<ゲオルグ手工業ギルド>の面々が村の復興に全面協力してくれているのだった。
「馬鹿もーん! そこはちげえだろうが……貸してみろ!!」
盛大な檄を飛ばす彼は、部下から金槌を奪うと、お手本を見せるように木枠を叩く。
「スイマセン……オヤカタ……」
人間の部下の中に混じって働く……小さな体躯、筋肉隆々の亜人。
(おやっさんが入ると、どちらが亜人か、わからなくなるな……)
しかし、俺の【神眼】に映る【種族】欄――そこには”亜人”、”ドワーフ”とあった。
執事 ティルさん の話では、彼らは生産組合の中でも異色なギルドだという。
この国では亜人を奴隷として扱う。その差別意識は国の教義でも容認され、一生不遇の扱い受けるのだという。
しかし、このゲオルグのおやっさんは……。
『そんなの知らん!腕のある奴にはきちんと金を出す!』と亜人を職人として平等に扱っていた。
そのせいで生産組合から白い目で見られ、疎まれているというらしい。
(なんか、見た目まんまの性格だな……)
その話を聞き、苦笑交じりに、そう思う。
でも、そんな剛直な感じが、何だか気持ちのいい人だった。
そして、この村の復興に多くの人が協力してくれるもう一人……。
「カミヒト殿。最低限の体勢が整いましたので、明日から徐々に患者受け入れを行いたいと思います」
そう、声をかけたのは、
医療現場の全体指揮担当 ”治療魔法師” ミシェル・セカネス だった。
そして……口元に布をあてがい、白衣のような外套に身を包む集団。彼の部下、総勢68名の”治療魔法師”が手伝ってくれていた。
ミシェル は俺の想像よりも、ずっと優秀な人物で……。
俺の話を即座に理解し、感染者患者接するときの二次感染対策や仲間の”治療魔法師”内の情報共有、街の感染者患者の選定など、医療に関する全ての段取りを滞りなく、進めてくれていたのである。
その、あまりの手際に、『もはや、俺いらないんじゃないか……』と思ってしまうほどであった。
なお、今回、彼は妻の アンネ・セカネス と一緒にこの村へと移住してくれていた。
彼の妻 アンナさんの職業は”裁縫師”。
現在、医療従事者の制服や、マスク、患者のシーツなど洋服関係の一切を担当してくれたのである。
なんと、心強い協力者の面々である。
「皆さんー!ご飯ですよー!」
蒼穹の空の下、マルタの元気のよい声が場内に木霊する。
それは、昼休憩の時間……その合図である。
その時は俺の周囲の護衛も任から外れ、労働の後の暫しの食事時間を一斉にとるのであった。
村の屋外にずらりと並べられた木製の椅子やテーブル。自然と男女に分れ、各所で 歓談の声が漏れて出す。
あっという間の長蛇の列。次々と配給される食事。
全て……おかみさん達が用意してくれたものであった。
彼女達はあの後、アレク達の家に匿われ保護されていた。
そして、俺達同様、今も教団に狙われている。最早、都市での生活は不可能となってしまっているのだ。
そこで俺は、領主に相談し、彼女達の保護と村へ移住の許可を貰っていたのだった。
村に到着した際、二人は戸惑っていたが……そこは元宿屋の経営者。すぐに自分たちのやるべき事を理解し、混乱する場内を上手くまとめ、見事にこの村の従業員の料理と病床の管理に勤めてくれていた。
あの事件以来、遠目に視えるマルタの様子。
「どうですか? フィデスさん……その後の進展はありましたか?」
隣の座るフィデスに向かい、小気味よい踊るポニーテールといつもの悪戯な表情を浮かべている。
彼女は本当に人懐っこいというか……人と仲良くなるのが上手い。
「ねえねえ、どうなんですか?」
おおいに戸惑い、もじもじとした反応をみせるフィデスに対して、ぐいぐいと身体を寄せ、詰め寄る少女の姿。
なんというか、その光景はいつも通りで……。
(俺の心配は杞憂だったな)
おかみさんから食事を受け取った俺は。
なんだか微笑ましいような……そんな不思議な気持ちに襲われていた。
無邪気に笑う少女の顔。それに重なる記憶――。
俺の学生時代はいつも、一人きりだった。
モノクロの食卓。沈黙しながら食べる、味のしないスープ……無音。
それが当たり前だった……。
しかし、今は……。
あの頃とは様変わりした光景。
陽光が照らす談笑。食器類の擦れる音。木が囁くような葉音。
その食卓は大勢の音に囲まれて、賑やかなものへと変わっていた。
直、患者の受け入れがスタートしたら彼女達は、旧領主邸のメイド兼厨房、裏方として表には出られなくなる。
それが少し、気がかりだ。
(できれば……また、みんなで堂々と食事を出来る機会を作りたい……)
柄でもなくそう――思う。
それも解決したい問題の一つであった。
(……まあ、俺には到底、無理難題のことか……)
と、俺はすぐに諦めた。
(……だって……今の俺は……)
――食膳を持ったまま立ち尽くす。
(……人が多くて、輪に入れないのだから……)
そう、絶賛――コミュ障を発症していたのだった。
……気まずっっっっ!!
こういう時は何て声をかければいいんだ!?
「ご一緒しても宜しいでしょうか?」か?……これは変によそよそしく感じないだろうか?
それとも……ユーグルみたいに、もっとフレンドリーに「よっ、調子どう!」とか……いや――キャラじゃないしなぁ……。
……わからないぞ……声をかける、丁度良いタイミングと言葉がぁ!
(誰かぁあああ”あ”あああ!!)
そんな
(教えてくれぇえええ”え”ええ!!!!)
神は救いの手を差し伸べるのだった。
「カミヒトさん、お疲れ様です!ここ空いてますよ!」
そう言って、手招きする若き剣士。明るめの
冒険者チーム<
(ア”レク”さぁあああ”あ”あん……マジで助かった!! ……渡りに船……いや、イケメンだよぉおおおお! )
その言葉に甘える様に、俺は彼の隣に座る。
そして……。
「オラもご一緒してもいいだべぇか?」
と独特な訛り口調。大柄の体系の ステイン・クルス が特盛の配膳を持って隣に座る。
なお、女性陣が囲むテーブル側には、弓使い役 ジュリー・エネル と 治療魔法師 リア・アルネーゼ が一緒に食事を取っていた。
彼ら<
この村の近辺には、たまに凶暴な魔獣が出没する。そこで彼らには、その撃退、討伐をお願いしていたのだった。
それはユーグル達が村の中の警備なら、彼らの担当は外――魔獣の排除が主な仕事ということだった。
また、この世界の食肉は全て魔獣の肉である。今ここで振る舞られている料理も全て、彼ら仕留め、捌いたものだった。
そう、彼らも最早、この村にはなくてはならない存在であった。
「まあ、一時はどうなるかと思いましたが……何とかここまで来ましたね、カミヒトさん」
アレクの言う通り……今のところ教団からの嫌がせもなく、順調に事は進んでいる。
「いよいよですね……」
「はい、……そうですね」
<レサエムル村>の受け入り体勢、準備はあらかた整った……。
後は……都市<ボンペイ>から送られてくる”黒死病”の患者を待つだけとなっていた。
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あとがき
お読み頂き誠にありがとうございます。
久しぶりの長編物でお見苦しい点があるかもしれません。
良ければ、コメント頂けると嬉しいです。
第二章 ”レサエムル村の復興と宗教設立編” の開幕でございます。
この物語の起承転結 ”承” の始まりです。
まずは疫病対策ということで、物語が進んでいきます。
村に続々と仲間が集まり、宗教設立までのカウントダウンは既に始まっております。
良ければ、コメント・感想と評価を頂けると嬉しいです。
いつも いいね される方ありがとうございます。大変励みになっております。
なお、この作品の更新は不定期させて頂いております。推敲の進行速度とストック状況によって途中、休載するかもしれません。
楽しみにして頂いている方には大変申し訳ございませんが、御理解のほどよろしくお願いいたします。
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