第23話 領主への謁見と宗教の禁忌

 

 『神の言葉がもはや予言しないようになるところでは、人々は野蛮になるだろう』 ―― マルティン・ルター ――



 

 「君達には……何とお礼を言ったらいいのやら……」


 そう、言われ……俺とフィデスは大いに謙遜していた。


 黒色で統一された上着チュニック、上等の身なりの貴族服を身に纏う<イシスール城>の主。

 茶色ブロンズ髪に黄色の瞳アンバーアイ。やはり異国の顔立ち。顔には年期の入った皺が刻まれ、顎には薄っすらと髭を生やす、威厳の漂う50代半ばの男。


 ここ辺境都市 <ボンペイ>の領主 サンジュ=ルクモレン伯 である。

 

 貴族、領主と聞くと、もっと偉そうなイメージを持っていたが、彼の服装には金や宝石の豪華な装飾品は一切なく、上品で質素なものとなっていた。それは周囲の部屋の内装、家具にも見受けられる……。

 まるで、彼の性格を表しているようであった。


 あの時、俺達はユーグルの協力で城の中へと強行突破し、領主の娘の病を治すことに成功。その後一時、拘束され……事情聴取を受けた後、釈放された俺とフィデスは領主部屋へと通され、机を挟んで領主の対面に座るよう指示されるのだった。

 俺達の後ろには、その後こってりと絞られたであろうユーグルと彼の部下数名が立ち。

 部屋内は、俺達の他に領主の側近達が立会う――ごく内密な謁見となっていたのだった。

 

 「領主様、頭をお上げください……」


 俺は重く、言葉を続ける。

 

 (……確かに、領主の娘の脅威は去った……)


 しかし……。


 「まだです……まだ、何も終わっていません……」


 そう、この都市全体に蔓延した"黒死病"は解決していないのである。

 

 そして、俺はこの都市の現状と"黒死病"について話し始める。

 生前の記憶など色々と面倒なところは、はぐらかしつつも……その恐ろしさやこれから起こるであろう未来について詳しく説明するのだった。


 

 

 

 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇





 

 「な……この国が亡ぶだと……」


 サンジュ=ルクモレン伯は話の途中で絶句していた。

 

 そう、この疫病は止まらないのである。

 これは人から人へと感染するパンデミック。現代では、ネズミなど齧歯類の小動物を宿主とし、主にノミから人へと感染していく伝染病だった。

 

 最大の原因は、この街の公衆衛生状態の劣悪さである。

 

 そして、抗生物質のないこの世界で唯一の治療方法は、たぶんフィデスの謎のスキル【聖神女の被昇天】だけ。


 つまり、彼女だけがこの状況を打開できる唯一の鍵。


 今やるべき対策は、治療と予防……その両方。


 そこで、領主専属の治療魔法師達にも協力を仰ぐこととなった。

 

 

 

 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇




 白で統一された白衣のような服装を着た人達。その中の代表者。

 領主と同じ髪色ブロンズ後ろに流した短髪オールバック黄色の瞳アンバーアイに眼鏡姿の知的な中年男性。

 その姿は、いかにも出来る医者さんという印象の……。


 治療魔法師筆頭 ミシェル・セカネス である。


 セカネス?……あれ?どこかで聞いたような……?


 「妻がお世話になっております、占い師殿……」


 (ん……?あっ、そうか!この人……常連客のご婦人アンナ・セカネスの旦那さんか!?)


 『何という偶然か……』と、驚きつつも、俺は咳払いして、話を元に戻す。

 彼は、その説明を静かに聴き……考えに更けるように、自分の顎に手を添えていた。


 「……ということは……この街の衛生状態の悪さが、この病気の原因なのですか?」


 「ええ……なので、街全体を綺麗にするのと同時に、民衆の公衆衛生に関する意識改革を徹底する必要があります。それと、重症患者から優先して、治療を進める準備をしていた頂きたいですが……」


 「それは、大丈夫ですが……」


 そう言って彼は、領主の顔色を窺う。


 (……ん、何だ?このばつが、悪そうな反応は?)


 「……よい。これはこの都市の緊急事態だ。この都市を統治する者として、最大限の協力はする。だから話を進めてくれ……」

 

 治療魔法師 ミシェル は「かしこまりました」と言い、早々に部屋を出るのであった。


 「さて……大変なことになった……」


 と、領主 サンジュ=ルクモレン伯 は自分の髭を摩る。


 「どうかされたんですか?」


 「先程、君は神官長を殴ったと言ったね……」


 「やはり、問題でしたか……」


 「ああ……それも、だが……問題はもっと根深い……」


 そう、領主は淡々とこの都市の情勢を話始めるのだった。


 <コステリヤ神聖王国>の国教。『ヴァセリオン教』。

 唯一絶対の神 ホッア― を信仰し、<コステリヤ神聖王国>の初代ヘルデ王に啓示したとされる聖典の教えに従う、一神教である。

 

 つまり、<コステリヤ神聖王国>とは、『ヴァセリオン教』に支持された王が治める国なのだ。

 その実態は国教内で定められ、なおかつその教義を統治の根本原則とし、国家行事として儀礼を執行する国――いわゆる宗教国家である。

 その証拠に現国王のヘルデ2世の皇太后はヴァセリオン教団の現教祖だという。

 

 そして、その影響力は、ここ辺境都市 <ボンペイ>も例外ではなかった。

 聞くところによると、<ボンペイ>の神官長 ゲイション・ローリンコ は、領主 サンジュ=ルクモレン伯 以上の権力と影響力が持つという話だった。


 あのクソロリコン野郎はそこまで人物とは……。


 その上、”黒死病”のパンデミック。

 それは、彼らにとってうってつけのビジネスチャンスだった。

 ただでさえ、貴重な存在の”治療魔法師”。その彼らでも手に負えない未知の疫病の蔓延で、人々の救いは教団へと向かっていた。

 元々、ヴァセリオン教は、飲料水を独占的に販売している。それだけでも莫大な利益だが、更に『聖水』なる物を販売しているらしい。

 

 俺個人の見立てでは、この"黒死病"は、ゲームで言うところのバットステータス、毒状態である。

 それは日に日に【HP】を削り、それが”0”になると人間は死ぬのである。

 

 彼らが売っている『聖水』という代物の正体は『薬水』。ただの回復薬で、飲むことで気休め程度の【HP】の回復効果を持つ。

 確かに"黒死病"の延命措置の効果はあるのだ。


 ……だがしかし、問題はその価格だった。

 

 彼らは、どこまで知っていたか、はわからないが……。

 その『聖水』なる物を大金で売り捌いているのだという。


 当然、貴族や富裕層からは、湯水の如く半永久的に搾り取れる……。


 (ん……?待てよ……なぜ、貴族や富裕層達へのヘイト、暴動が起きないのだ?)


 「……それにしても、なぜ?ヴァセリオン教団は、?」


 思わず、出てしまった疑問の言葉。


 その俺の問いに……領主のその重い口をゆっくりと開く。


 「それは……あいつらが”免罪符”を売っているからだ!」


 「な――!!?」


 その言葉に俺は絶句する。

 

 (……なんということを……やりやがった……)

 

 この国は、俺の想像以上に腐っていたのである。

 

 『免罪符』。贖宥状とも呼ばれる……それはキリスト教の史上最大の汚点。

 カトリック教会が,罪の償いが免除されるとして発行した証書の事である。

 

 キリスト教は”罪を赦す”宗教である。

 しかし、殺しや強姦などをしても一切お咎めはしないとは、どこの聖書、教義にも書いていない。

 

 この免罪符は……。

 『どんな罪を犯しても金さえを払えれば、神に許しを得られ天国へ逝ける』という、いわば天国への入場券。

 

 つまり、あらゆる悪逆非道の行いを正当化する犯罪許可証。それを教団側が勝手に販売する、史上最悪の制度であった。


 (……この世界でも同じことが……)


 頬を伝う一筋の汗。

 そう、チェックメイトは、既にかけられていた。

 そして、この辺境都市<ボンペイ>は、あのクソ神官長の傀儡政権となりつつあるのだった。

 

 「幸い、まだ……領主である私についてきてくれる者は少なからず、いる……だが……」


 「だが……? 」

 

 「……それも時間の問題だ」

 

 「……もし、彼女フィデスの存在が教団にバレれば……」


 「……間違いなく排除してくるだろうな……」


 そう、言い放ち、領主は深い溜息をついた。


 大変なことに、彼女を巻き込んでしまった。


 焦る俺は、ちらりと横目に彼女フィデスの様子を確認した。


 しかし……。


 「……領主様、私は大丈夫です。是非、協力させてください!」

 

 彼女は、以外にも……気丈な様子だった。

 

 ユーグルとの決闘を見守った以来……。

 その雰囲気が、より一層、逞しくなった気がする。


 「それは、有り難い。こちらからも是非よろしく頼む。それと彼女の護衛だが……」


 領主は視線をユーグル達に向ける。無言の相槌。それは紛れもない快諾であった。

 たぶん、この城の中でも指よりの猛者であろう、ユーグル・ドモアン。


 (これは心強い……)


 「……さて、護衛の決まったな。後は、今後の方針と疫病を治療する場所だが……」


 そう言うと、領主は側近から周辺の地図を受け取り、机の上に広げた。


 「この件は出来るだけ、内密にしたい。そこで……<ボンペイ>より少し離れた地……ここ。この場所に旧領主の別荘地、廃村となった<レサエムル村>がある……」

 

 そう、領主 サンジュ=ルクモレン伯 が指し示す。


 どうやら話によると、旧領主の別荘地は、今は廃墟となっていて、整備すれば治療も行える場所になるとのこと。

 

 元々、農村地にもなっていたようで、使われていない小屋もいくつかあり、ある程度の患者の収容も出来る。

 

 都市部から離れた場所を提案して来たのは、俺達が教団から目をつけられている点と、護衛の件があるからだろう。

 

 「あと、人員だが……出来るだけ私が信用のおける者を選抜してそちらへ送る。協力者への賃金はもちろん、施設の運営資金もこちらから出そう……」


 「……ありがとうございます……?」


 この時、俺は嫌な予感がしていた。


 「そこでだ、君にはこの施設の責任者になって貰いたい」


 「ええっ……私ですか……」


 思わず、出る驚きの声。


 (まさか!?この流れは……)

 

 「ああ、君はどうやらこの”黒死病”に一番、詳しいと見た。それに彼女の身辺も含め、そのほうが都合良いだろう……」


 (いやいや、無理だって!俺には荷が重いって……)

 

 まるで……会社の社長から直々に、社運のかかったビックプロジェクトを頼まれた下っ端の社員のような構図。


 ハイリスクな仕事。その責任の重さたるや……。


 (何とかして……やんわりと断れないだろうか……)


 しかし……。


 領主の願望に満ちた熱い眼差し――。


 それに対し、引き吊る俺の口角。


 もはや、断り切れないところまで話は進んでいた。


 (これは、もう腹を括るしかないのかぁ……)


 「……承知致しました……謹んで……お受けします……」


 固く握られた握手と渡される立派な書状。

 

 「よろしく、頼むぞ!」


 (やっぱり嫌だぁぁぁあ”あ”あああああ、俺にはそんな大役無理だってぇぇええ”え”えええ!!)


 

 

 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 


 暫くして、少し落ち着いた俺は……。


 (まあ……俺達の安全も確保できたし……これは、これでよしとするしかないか……)


 と、考えを切り替えようと努めていた。


 確かにこれは……ハイリスクだが、ハイリターンでもある。


 ここでチャンスをものにすれば、当初の目的通り……ここでの安定した生活が送れるはずだ。


 (俺はこの先、絶対に自由気ままなスローライフを送るぞ!)

 

 ――そう、心に固く誓うのだった。


 

 

 〓:::〓:::〓:::〓:::〓:::〓:::〓:::〓:::〓:::〓::: :::〓:::


 

 あとがき

 

 お読み頂き誠にありがとうございます。


 久しぶりの長編物でお見苦しい点があるかもしれません。

 良ければ、コメント頂けると嬉しいです。


 以上、その意思を示す、第一章 ”辺境都市での立志編” ラストでした。

 これをもって、この物語の起承転結 ”起” の完結です。


 最後の『俺はこの先、絶対に自由気ままなスローライフを送るぞ!』という考え……。


 今まで読んで頂いた方にはどう感じましたでしょうか?


 私としては死亡フラグの気がします(笑)


 二章は領地開拓系 <レサエムル村>の復興とカミヒト教団設立 編。


 この先どうなるかは、私もわかりません……。完全ノープランです。

 

 良ければ、コメント・感想と評価を頂けると嬉しいです。

 いつも いいね される方ありがとうございます。大変励みになっております。


 なお、この作品の更新は不定期させて頂いております。

 推敲の進行速度とストック状況によって途中、休載するかもしれません。

 

 楽しみにして頂いている方には大変申し訳ございませんが、御理解のほどよろしくお願いいたします。

 

 



 

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