第22話 求めよさらば与えられん


 

 『与えなさい。そうすれば、あなたがたにも与えられる。押し入れ、揺すり入れ、あふれるほどに量りをよくして、ふところに入れてもらえる。あなたがたは自分の量る秤で量り返されるからである』 ―― ルカの福音書 6章 38節 ――

 

 

 そして……世界は明朗となる。

 

 仄暗い石の四角形の空間に、揺れる明かり。

 焼ける様に熱くなった顔面。耳元では不快な羽音が絶えず鳴り響く。

 

 まるで時が遡ったかのように……俺はそこに立ち尽くしていた。


 骨まで染み付くような痛みが全身を支配し、勝手に痙攣する両膝。

 最早、地面に立っている感覚が無く、ファイティングポーズを取ろうと何度も力を込めるが、一向にその腕が言うことを聞いてはくれなかった。


 それでも必死に堪え、顔を上げる先。


 映り込む――長身の影。相対する燃えるような真紅の髪。

 ジッとその様子を窺うかのような眼差しをこちらに向けている。


 その一歩前へ……。


 (さあ……)


 周囲の兵士達の驚く顔がありありと見える……。


 (やろうか……)


 もう一歩……。


 フィデスの叫び……はもう聞こえない……。


 (その続きを……)


 そう、覚悟を示すようにゆっくりと近づく。


 刹那――。


 彼の瞳が微かに揺れた。

 

 「……お前は……なんで……?」


 痺れを切らしたような表情を浮かべ、ついには……その重い口元を開く。


 「……そこまで頑張れるんだ!?」


 それは俺の耳には入って来ない音。

 しかし、この時、俺は……その口の動きだけで、彼が何を言っているのか、が分かった。

 

 そして……。

 

 その問いの答え、、ということも……。


 これは、言葉や文字という、うわべではなお……遠い。


 ぶつかり合いでこそ、分かり合える――心の至近距離。


 


 理由は三つ――。

 

 一つは、彼が明らかに手を抜いていたこと。

 武器を使っていないどころか、分かりやすく痛めつける様に殴ってきたことである。

 彼がもし本気になれば、今頃俺は……即失神ノックアウト。こんな風に何度も立ちあがることが出来なかっただろう……。


 もう一つは――。


 先程のユーグルの言葉。

 

 『無理だな……これは


 これは、彼だけでは無理だ、という意味も含まれている。俺の頼みにはそれだけのリスクがあるのだ。

 本当にそこまでするだけの漢か否か。

 簡単に言えば……その覚悟を見せつけてみろ、という彼なりの挑戦状だった。


 そして……。


 何より一番驚いているのは……。


 そこに気づけてしまう自分のと、だった。


 交わされる瞳に――。

 

 (俺はこいつを信じている……)

 

 その思いの弾丸を込める。


 (確かに肉体には限界がある……。しかし精神には限界はない……)


 それは肉体――、心――、意思信仰――の一体化。三位一体トリニティ


 そう、この勝負すでに……。


 

 

 だが……。


 

 

 もはや俺に、迷いや怒りなどの邪念はない――と。


 俺は……決してその眼を逸らさなかった。

 

 瞬間――彼はその様子を確かめたように……。


 天を仰ぐ。


 「…………!?」


 深く長い息を吐き……そして、その口元を緩ませるのだった――。


 「……やめだ、止め……だ!」


 その素っ頓狂な声色に。


 「「「はい……?」」」


 部屋中の緊張の糸が切れ……一同は目を丸くする。


 「……だって、これ以上は無理だろ……見て見ろこいつの眼。きっと死んでも立ち上がるぜ……」


 そう、部下達へと言い聞かせるように言葉を紡ぐ。


 「……でだ、……?」


 投げかける言葉。

 それはあきらかな共犯の誘いだった。


 「……隊長、本気ですか?」


 「……ああ、決めた……強制はしねぇよ……」


 その時――。


 「だが……」


 一気に部屋の空気が凍り付く。


 「まあ………………」


 そう、狂気を張り付ける彼の表情に――。

 部下達は……さぞ、戦慄を覚えただろ……。皆一様……その喉を鳴らしていた。

 

 そして……。


 崩れそうになる俺の身体を支え……。

 

 「ふっ……い男気だったぜ!!」


 彼は親指を立て不敵な笑みを浮かべるのだった。


 (まったく……こいつは……)

 

 俺の視界に浮かび上がる……。


 おお”ぉぉぉお”おお”おい!!こらぁぁぁあ”あ”あああ!!!

 

 自分のステータス――。

 

 てめえぇええ”え”ええ!!ふざけんなぁぁあ”あ”あああああぁぁあ”あ”あああああ!!!!

 

 【HP】:1/100

 

 マジで殺す、一歩手前じゃねえかぁぁあ”あ”あああああ!!?


 何がぁぁ!!『ふっ……い男気だったぜ!兄弟!』だよ!!!!!!


 お前、そこまで計算してたのか!!?なぁ!!?してるわけねぇよな!脳筋のお前がぁぁあ”あ”あああ!!?


 このサイコパス野郎がぁぁあ”あ”あああああ!!!


 賞賛してくる彼とは対照的に……。


 こいつマジで、頭おかしいじゃないかぁぁあ”あ”あああああ!!!!


 俺は心の中で、盛大に――。

 恨み辛みの罵詈雑言をまき散らすのだった。

 

 

 

 

 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇





 それから……。


 「……無茶し過ぎです……カミヒトさん……」


 皺くちゃの泣き顔を覗かせるフィデス。その彼女が放つ――癒しの光が俺を包む。


 見る見る塞がる傷跡。

 

 その様子は、一同の疑念をも払拭する――奇跡の御業であった。


 そして……。

 

 俺はユーグルに身体を支えられながら、城の中を突き進む――。


 同行する彼の部下共犯者達が、その周りを囲い、厳重な護衛をしていた。


 城内の道行く人達が、俺達の姿を見つけては呼び止めてくるが……その度に「ここは俺達に任せて!隊長達は先に行ってください!」と、彼の部下達が足止めをしてくれるのだった。


 そして……俺達はある部屋の前で到着し、その扉を叩く――。


 「誰だ!ここは関係者以外立ち入り――」


 その言葉を待たずして。


 「――失礼!」


 ユーグルが扉を蹴り壊す――。


 「何だ、お前達は!!!?」

 

 その声を無視し、強引に部屋の中に入っていく。


 そこには……。


 綺麗なドレープ、ピンクを基調とした可愛いらしい天蓋付きベット。

 その周りには貴族服と、白衣のような服の男達が、集結していた。


 「おい!曲者だ!誰かそいつらを捉えろ!」


 「フィデスさん!頼みます!」


 「はい!」


 取っ組み合いの乱闘騒ぎになる部屋の中。


 ユーグルと俺で、男達を制し……。


 その混乱の隙にフィデスが、そのベットへと駆け寄る。


 「そこの女!娘に何をするつもりだ!!!」


 「――説明は後でしますので、私に任せて下さい!」


 ベット上に横たわる少女の首筋。既に黒い痣で染まりきっていた。

 

 これは明らかに”黒死病”の末期の症状だった。


 「私の魂は主を崇め、私の霊は救い、主である神を喜び讃えます……」

 

 彼女が詠唱し、発動する――【聖神女の被昇天】。

 

 眩い”浄化の光”が部屋全体を覆う。


 もがき苦しむ少女の顔から正気が戻り……黒ずんだ肌の痣が、剝がれる様に消えていく。


 「お前達は一体……」


 困惑する男を尻目に、その少女の眼がゆっくりと開き……。


 「お、父様……?」


 何事もなかったように、か細い声を挙げた――瞬間。


 男は涙を流し、その少女を抱きしめたのだった。



 


 〓:::〓:::〓:::〓:::〓:::〓:::〓:::〓:::〓:::〓::: :::〓:::〓:::〓:::


 

 あとがき

 

 お読み頂き誠にありがとうございます。


 久しぶりの長編物でお見苦しい点があるかもしれません。

 良ければ、コメント頂けると嬉しいです。


 今回もダークファンタジーな表現と宗教哲学をミックスした難解な話でした。


 以上、その意思を示す、第一章 ”辺境都市での立志編” そのクライマックスでした。


 第一章はラスト1話。


 これをもって、この物語の起承転結 ”起” の完結です。

 

 良ければ、コメント・感想と評価を頂けると嬉しいです。

 いつも いいね される方ありがとうございます。大変励みになっております。


 なお、この作品の更新は不定期させて頂いております。

 推敲の進行速度とストック状況によって途中、休載するかもしれません。

 

 楽しみにして頂いている方には大変申し訳ございませんが、御理解のほどよろしくお願いいたします。

 

 


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