第19話  神はサイコロ振らないが、神人はサイコロを振る


 

 『患難は忍耐を生み出し、忍耐は錬達を生み出し、錬達は希望を生み出す』 ―― ローマ人への手紙 5章3ー4節 ――

 

 


 「良かった……」


 と、 フィデス が胸に手を当て安堵の声を漏らす。


 俺の【神眼】に映るおかみさんのステータス。その欄から”黒死病”のバットステータスの文字は、綺麗さっぱり消えていたのだった。


 一同はおかみさんの無事に歓喜していた。


 その光景を遠目で見ていた俺は、視線をフィデスへと移していた。


 先程の光輝く、神々しい姿……。


 まさしく、俺の眼には女神のように視えた。


 あれは一体、何だったのか?

 

 少し頼りない真っ白なレースのワンピース姿。金色に輝く長い髪。

 今はどこにでもいる普通の女の子へと戻っていたのだった。

 

 最初、出会った時。彼女は陰気な雰囲気を纏っていた。

 それこそ、今すぐにでも高い所から飛び込みそうな。

 

 彼女の身体中の傷、そして顔を半分を覆う火傷の痕。そのどれもが、年頃の女の子には酷な痛々しい傷である。

 

 しかし、今は……。

 見た目もそうだが、精神的にも前向きな表情を見せる。


 彼女には、この成功がどう作用したのか、分からないが。


 何にせよ……この一歩はでかい。


 きっと、彼女はこれから色んな経験を積み、自信をつけていくのだろう。


 (若いって……いいな……)


 つい、ポロっと出る心の本音。

 

 ――いや、これはオジサン特有のお世話焼きだ……。


 今すぐ、その頭を切り替えろ。


 なぜなら……。

 

 今はそんな感傷に浸っている場合ではないのである。


 

 

 

 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇




 

 それから俺達は、おかみさんに事の経緯を話し、すぐにここから出るように促す。

 おかみさんは当初、困惑していたが、娘のマルタの必死の訴えに納得してくれた様子だった。


 最低限の物だけを持ち、宿屋を後にしようとした時。


 下の階から響く、ノック音――。


 (やはり……追手が来たのか!!)

 

 俺はマルタ達三人を裏手口からすぐに逃げられるよう指示し、襲る襲る下の階まで降りると――。


 食堂の窓硝子に映り込む四人組の人影。


 「あれ?おかしいな……今日はやっているって聞いたのに……」


 それは聞き馴染みのある声だった。


 この声は?……アレク達か?


 「しょうがない……別の店、探すか……」


 そう、踵すを返そうする影。

 それを追うように俺は、勢いよくドアを開けたのだった。


 「おお!カミヒトさん。晩飯食べに来たんだけど、今日は臨時休業ですか?」


 「えっと……ちょっと問題が発生してて、どう説明すればいいのか……まあ……良かったら……中で話さないですか?」


 しどろもどろな俺の対応に、アレク達は不思議そうな顔を浮かべる。


 こうして……俺は、彼らに事の経緯を手短に話すのだった。


 

 

 

 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇





 「そいつは……厄介ですね……」

 

 冒険者パーティー<白鷲の鉤爪グリフォンクロー>のリーダー アレク・ネノス が、そう声を挙げた。

 やはり、彼らも教団のやっている悪質性は知っているようで、しかめっ面を見せていた。

 

 「今頃、奴ら……街中を血眼になって探しいるだべぇよ……」


 ぷっくりした体系の盾役 ステイン・クルス が、そう忠告する。


 「お尋ね者の”御布令”が出るのも時間の問題ですね……」


 そう、懸念を示すのは”治療魔法師”の女性 リア・ネノス だった。


 俺は、あの宗教団体はそこまでするのか、と驚愕した。


 あのクソ野郎は、それだけの権力者なのか。

 

 改めて、とんでもない事したんだなぁ……と、事の重大さに気づかされる反面……。


 まあ、後悔はこれっぽっちもしてないのだが……。


 そして、俺達は今後どうするかについて話し合う。

 時間がないのは、皆重々承知しているが、問題はその避難先であった。

 

 その時――。

 

 弓使いの女性 ジュリー・エネル が、申し訳なさそうに声をあげる。


 「……だったら……その……私達の……」

 

 「「「それだ!!」」」


 他の<白鷲の鉤爪グリフォンクロー>の面々が、口を揃えて叫んだ。


 「…………!?」

 

 「そうだな!俺達の家なら安心だな!……カミヒトさん、どうでしょうか?一時、俺達の家に非難するというのは?」


 「えっ、それは大変ありがたいのですが、いいですか……なんか、厄介事に巻き込んだみたいで……気が引けるのですが……」


 「いえ、困った時はお互い様ですよ!それに……俺達もここのおかみさんにはお世話になっていますし、カミヒトさんが謝る必要もないですよ!」


 そう、アレクがいつもの爽やかな微笑みを向ける。


 何という……、相変わらずの……。


 もし、この人があのクソ神官長を殴っていたなら、壮大な物語の主人公だっただろう。


 そんな馬鹿な事を考えてしまうほど、彼は若いながらも頼りになる人物で。


 否応なしに比べてしまう、おっさんの自分と――。


 (いや――それは一旦、忘れよう……)

 

 「そうと決まれば、善は急げですね。早く非難しましょう!」

 

 確かに、やることは決まった……。


 これで、一時的に身を隠すことが出来る。


 だが……。

 

 それでは根本的な解決はしないのである。


 そう、あのクソ神官長がお尋ね者の”御布令”を出せば、俺達はこの都市に入られなくなる。

 

 いっその事、彼らと一緒に街を出るか?


 いや、それには大所帯すぎる……。

 

 それに、せっかく疫病に対する唯一の手段、切り札が手札にあるのに、みすみすその機会を逃すことになる。


 そうなれば、この都市は終わり――全てが泡と化す。

 

 打開するための一手が必要だ。


 そういえば……。


 その時、俺の頭には、


 「フィデスさん、ちょっといいですか……」

 

 「……?」


 と、俺は彼女に、ある願い事をしたのだった。

 

 「……わかりました」


 「えっと……言い出した手前、こう聞くのはあれなんですが……ホントにいいのですか?もしかしたら、あなたの身にも危険が及ぶかもしれませんよ……」


 「ええ、私は大丈夫です!それに、カミヒトさんが前に言ってくれじゃありませんか……」


 ん、……?何を?

 どれの事だろうか?


 そう、頭の上に疑問符が巡る俺に、彼女の艶やかな口角が上がる。


 「『俺の傍にいてくれ!』……でしたっけ?」


 と、彼女は無邪気で悪戯な微笑みを見せた。


 これは……一本取られた。

 

 正直……あの時は、只々無我夢中で……。

 彼女を引き留めるために言った方便だった。


 それは彼女を疫病に対する切り札。まるでチェスの駒のような扱いをする発言であり、あまりに失礼な言葉だったのだ。


 ここは素直に謝ったほうがいいのでは……。


 と、思ったが……。

 

 彼女はもう腹を決めた。そんなような表情に変わっていた。

 

 こんな状況では、これ以上の話は野暮か……。

 日を改めて、きちんと謝ろう……。

 

 「わかりました!もしもの時は、全力で守りますので、俺について来てください!」


 「はい、末永くよろしくお願いしますね!」


 ……末永く?

 まあ、いいか……。

 

 こうして……。

 

 俺達は マルタ と おかみさんを連れて、裏手口からこっそり出る。


 「追手はまだいないようですね……このまま裏手沿いに俺達の家まで隠れて向かいましょう」

 

 そう、先導するアレクに、俺はすかさず声をかけるのだった。


 「アレクさん、すまないですが……ここから、俺とフィデスさんは別行動します……」


 その言葉を聞いて、アレク は驚き、少し戸惑った表情見せる。


 交わされた視線。

 彼は俺の表情を見て……。


 やがて、何かを諭したように口を開くのだった。

 

 「そうですか……わかりました。そちらもお気をつけて。必ずまた、無事でお会いしましょう」


 こうして、俺達はそれぞれ別行動となり。


 俺とフィデスは、人通りを避け裏道を行く。

 

 

 既に賽は投げられている。


 何の目が出るか?


 それは……。


 神のみぞが知る、だ――。

 



 

 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇






 「ヤムシェル様。ご指示通り、ヴァセリオン教団の者を排除しておきました」


 「おお、ご苦労様じゃったのう……」


 「……正直、困ります。我ら<砂塵の亡霊クーファザ二ール>は本来、あなたの護衛の役目なんですから、そう気軽に使われては……」


 「そうかそうか、すまんかったのう。しかし……クククッ……あの小僧……よりにもよってあの神官長 ゲイション・ローリンコ に手を出すとは……ククッ……本当に愉快な奴じゃ」


 「大老……随分、楽しそうですね。あの者が、よほどお気に召しましたか?」


 「まあのう……なんせ、あ奴は『駆鳥コンドバート』じゃからのう」


 「ほう、そこまでおっしゃられる、とは……少々驚きです」


 「ああ、ワシのと、がそう言っておる。……じゃから、引き続きよろしく頼むぞ バサン・エザーフェ よ」


 「……かしこまりました……」

 

 


 

 〓:::〓:::〓:::〓:::〓:::〓:::〓:::〓:::〓:::〓:::〓:::〓:::〓:::〓:::



 

 あとがき

 

 お読み頂き誠にありがとうございます。


 久しぶりの長編物でお見苦しい点があるかもしれません。

 良ければ、コメント頂けると嬉しいです。

 

 作品のテーマは

 

 「読者に最高の経験をさせる」=「読者を神にする」です。


 散々、言ってきました、「読者を神にする」という言葉。


 これは昨今の根拠なき”最強”、”チート”、”ハーレム”に対するアンチテーゼです。


 そう簡単に、読者を神にはしません。


 神になるためにはイエス・キリストのように、痛みを受け入れねばなりません。

 

 ここまで様々な受難ハラスメントがありました。


 そして、次話よりそれが極まります。


 私も十字架に磔となる覚悟です……良ければ、一緒に乗り越えてみませんか?(笑)

 

 私にとって。


 ここから一話一話が真剣勝負。


 その意思を示す、第一章 ”辺境都市での立志編” そのクライマックスでございます。


 これで駄目だったら打ち切り……。

 そんな気持ちで書かせて頂きたいと思います。

 

 良ければ、コメント・感想と評価を頂けると嬉しいです。

 いつも いいね される方ありがとうございます。大変励みになっております。


 なお、この作品の更新は不定期させて頂いております。

 推敲の進行速度とストック状況によって途中、休載するかもしれません。

 

 楽しみにして頂いている方には大変申し訳ございませんが、御理解のほどよろしくお願いいたします。

 

 


 


 


 

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