第18話 回り出す歯車と覚醒する”聖神女”


 

 『恐れるな。私はあなたと共にいる。たじろくな。私の神。あなたを強くし、あなたを助け、私の義の右の手であなたを支える』 ―― イザヤ書  41章―10節  ――


 

 「くたばりやがれぇえええ”え”ええ!!!このロリコン糞野郎がぁぁぁあ”あ”ああ!!!!!!!」

 

 

 固く握られた右拳が見事に顔面にクリーンヒットし、綺麗に吹っ飛ぶ――小太りの中年男。


 「ゲイション神官長様!!!!!」

 

 教団の取り巻き達が、倒れこんだ神官長に駆け寄ろうとする――瞬間、俺は少女マルタの手を引いた。


 「……おじさん!!?」


 「走れ!!」


 その声に フィデス も呼応し、俺達はすぐさま、広大な神殿の敷地を出る。

 

 辺りはすっかり闇夜の帳が落ちて、陰がさらに陰を作り出していた。


 「ええい!わしにかまうな!!!奴らを捕まえろ!!」


 後ろから聞こえてくる叫び声。


 「こっちだ!」

 

 俺達は人通りのある大通りへと向かう。

 街明かりがぽつり、ぽつりと流れていく。


 「待て!!貴様ら!!!!」


 その声を振り切り、次第に聞こえなくなる……。

 

 そして、群衆と闇の中に紛れた俺達は、ひとまず宿屋 『黒猫の寝息亭』へと逃げこむことに成功したのだった。


 

 

 

 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇




 

 俺達は宿屋 『黒猫の寝息亭』の表口を塞ぎ、荒くなった息を整える。

 

 「どうしよう……私……私……」


 幼い マルタ の表情には、動揺と不安……。それが滲んでいた。


 その姿、様子に俺は 後悔の念を抱かずにはいられなかった。

 

 宿屋のおかみさんが倒れて以来、彼女は薄々、気が付いていたのだろう。


 都市に蔓延する謎の疫病の存在。それを母が患ってしまった事。

 そして、宗教信者の姉から聞いたのだ。”聖水”なるものがあるということを――。

 

 だから、一人、あの神殿へと向かい、その”聖水”を分けて貰えないかと直談判をおこなった。

 

 その結果が、さっき見た現場である。


 泣きじゃくる マルタ を フィデス が宥めるように抱きしめる。


 (ずっと今まで、一人で抱え込んでいたのか……)

 

 俺は大馬鹿者か。


 こんな少女の気持ちすら、気づいてやれず、一人逃げ出すことばかり考えて。


 畜生が!そんな自分に許せなねぇ!


 だが、今やるべきことはそんな後悔することじゃねぇ。


 俺が今すべきことは……。

 

 溢れる涙をしきりに拭う、マルタ。

 俺はそっと、彼女の頭を撫で……。


 「心配するな!」――そう、声をかけた。


 ……腹は決まった。


 俺はもう迷わない。


 薄暗く閑散とした店内に。


 確固たる意志だけが残っていた……。

 

 「カミヒトさん……これから、どうしましょう……」


 そう、フィデスが不安そうな顔で俺に問いかけてきた。


 すぐにここにも追手が来るだろう。


 最早、一刻の猶予もない。

 

 強行突破の一択だった。


 全てのピースは既に揃っている……だが……。

 

 それには、一つ。

 どうしても確かめておかなければならない事がある。


 そのためには。

 

 「よく聞いてくれ、マルタ!俺がこれから言うことを信じて協力してくれるか?」


 しわくちやになった少女の顔。

 彼女は動揺こそあれど、俺の事を信じてくれたみたいで……こくりと頷いた。


 (よし!……)

 

 そして、俺達は……。

 

 宿屋の3階、おかみさんが眠るその部屋へと向かうのだった。

 

 

 

 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 

 

 部屋の広さは一人の部屋には充分なスペースだった。

 扉を開けてすぐ手前に机と棚、奥にはベランダ窓があり、その横にはベット……その目の前には木製の椅子が一つ。

 机の上では蝋燭の火が揺れており、水差しと洗面器とタオルを照らし出す。

 

 (知らなかった……)


 そこは、手入れされ綺麗な状態を保ったままの隔離部屋。


 ベランダ窓は既に半開き。

 充分な換気もされており、部屋内の衛生状態もそこまで悪くない。


 (これを全て マルタ が一人で管理していたのか……)


 だが、そこには……。

 纏わりつくような死の瘴気が確かにあった。


 俺達は口と鼻を布で覆い、そのベッドに近づく。


 もがき苦しむ……おかみさんの姿。

 その息苦しさのあまり、か細い呼吸音が絶えず、部屋中に響いていた。


 そして……。

 敗血症による皮膚の出血斑……黒い痣こそ、まだ見られなかったが……。


 そのステータスには、”黒死病”のバットステータスがしっかりと付いていたのだった。


 その光景を目の当たりにして。

 

 「カミヒトさん、私……」


 不安そうな表情の フィデス がこちらを視る。


 「大丈夫だ!やってみてくれ……」


 ―― 【神眼】Lv3 発動 ――


 

 ――――――――――――――――

 

 

 【スキル】:【大天使の加護】LvMAX……自身の状態異常の無効化。


 

 ――――――――――――――――

 

 彼女の特殊なスキル。

 俺の推測が正しければ、このスキルが鍵となるはずである。


 フィデスが恐る恐る、その重病人おかみさんへと近づき、回復魔法の詠唱を始める。

 ベット上、彼女の翳した手が光り、やがて部屋中を照らし出す。

 

 一瞬の光。

 

 ……。


 「お母さんは、どうなったの?おじさん?……」


 ……。

 

 (やはり……か……)


 おかみさんのステータス。その【状態】欄……。

 

 ”黒死病”のバットステータスは消えていなかったのである。

 

 「やっぱり……私には……」


 分かっていたように フィデス が落胆し、「そんな……」と マルタ が涙を浮かべる。


 おかみさんの容体、その表情は以前、未だ険しいままであった。


 蝋燭の灯りが揺らめき、煙と共にゆっくりと消えてゆく。

 辺りには微かな焼け付いた匂いが立ち込め、次第に夜の闇に呑まれていく。


 漂い始める――絶望感。

 

 (いや――まだ、だ!!)


 俺はその空気、不浄を払うかの如く、心の中で叫んだ。

 

 (まだ、希望は残っている!)


 ―― 【聖墳墓】Lv1 発動 ――


 俺は右手に『聖杯』を出現させ――。


 「神人さん!!!!?」


 机の上の『水差し』を手に取る。

 

 そして、その黄金の器へと水を注ぎ――。


 「えっ……私に、ですか!?」


 フィデス に向け、飲むように勧めた。

 

 「ですが……もう……」


 彼女はそう言い、自分の顔に巻かれたスカーフ、その火傷の跡に触れる。

 それは無意識な癖。自信の喪失感、その抑えきれない気持ちを表すかのような。

 

 そして、とうとう……。

 その盃に口をつけるのを躊躇ってしまった。


 無理もない……。

 元々の自己肯定感の欠如。

 再三の回復魔法の失敗。

 

 しまいには、それが原因で仕事をクビになっているのだから……。


 ――だからこそ。


 その背中を押すのは、俺の役目だ。


 「フィデスさん!前に言った言葉を覚えてますか?」


 「……はい……ですが……」


 俺は彼女の両肩を掴み、彼女の左目を直視する。

 

 一瞬、逸らされる視線。

 俺はその眼を無理やりこちらに向かせるのではなく……。

 

 「フィデスさん……ゆっくりと目を瞑って下さい……」

 

 むしろ、視ないように誘導させる。


 「……はい」

 

 ありがたいことに彼女は、素直に俺の指示を受け入れてくれた。

 

 「フィデスさんなら……出来ます……」


 「ですが……」

 

 意識を俺の声だけ、こちらへと向かせた。

 そして、より深く念じる様られるような状況を作り、信じ込ませる。


 『君こそが……この世界に舞い降りた”女神”だ!』


 そう、あの日言った俺の嘘……。


 その落とし前を、今ここでつける。


 「もし、君が自分を信じられないというなら……」

 

 虚勢を張る――。張り通す――。噓を嘘で塗り固め、真実にしてやる。


 それこそが……信仰の本質だ。

 

 「俺を信じろ!」


 (……だから、俺だけをてくれ!)


 なぜなら、俺が……俺こそが”預言者”だ。


 彼女にわからぬよう、そんな覚悟の眼差しを送ったのだった。

 

 その言葉に――。

 眼を瞑ったままの彼女は、静かに頷く。


 「そして……一緒に祈って欲しい!」

 

 ゆっくりと開けられた彼女の綺麗な片目。

 

 その瞳に俺の顔が映る。

 

 (よし……もう、大丈夫だな……)


 その艶やか唇に、光輝く黄金の水が流れていく瞬間――。


 彼女の身体が発光し始めたのだった。


 (――――!!!?)


 『【洗礼】の条件を満たしたことを確認……』


 (……明らかにマルタの時とは違う、この反応は!!!?)


 飲み干した『聖杯』を彼女から受け取り……。


 俺は儀式を承認する。

 

 『【種族】を”聖人”へと変更しますか?』

 

 「 フィデス・ガリア !!」

 

 「はい……」


 そう……これは、浸礼しんれいの略式だ……。


 書き換えられていく彼女のステータス。


 『承認を確認。 フィデス・ガリア は”聖神女”になりました』


 

 ――――――――――――――――

 

 ~ ステータス ~


 【名前】:フィデス・ガリア

 【Lv】:2

 【種族】:聖人

 【職業】:治療魔法師 聖神女

 【年齢】:22歳

 【状態】:健康

 

 【HP】:100/100

 【MP】:340/340

 【物攻】:F

 【物防】:F

 【魔攻】:E

 【魔防】:A

 【敏捷】:F

 【知力】:C

 【幸運】:S


 【スキル】:【算術】Lv1 【大天使の加護】LvMAX 【手芸】Lv1

 

 【SP】:1200

 【信仰度】:270%


 

 ――――――――――――――――

 

 

 その表記を確認し、再度、彼女を見つめ直す。

 身体は発光が収まり、元の正常な状態へと戻っていた。

 

 少し、赤く染まる頬。

 彼女は両手で祈りのポーズを取り……再びの瞑想。その身体を完全に俺へとゆだねていた。

 

 俺は優しく指で、彼女の金色の前髪をそっと払う。


 そして、その顔の半分を覆うスカーフに触れた。その下に見える、酷い火傷の痕。

 

 なぜ?彼女だけが”聖神女”なのか?

 それに【大天使の加護】とは一体?

 

 この傷は……もしかして……”聖痕”か?


 上手く答えが出ないまま、俺はその額に『聖十字架』を当てた。


 『スキル【聖餐】を発動……ライブラリ参照……』


 無機質な声に同意するかのように、俺は祝詞を述べる。

 

 「私は父と子と聖霊のみ名によって……」


 以前、俺のステータス画面に現れた文字。


 【聖餐】……【SP】に応じてスキルを獲得できる――とあった。

 

 「あなたに洗礼を授けます……」


 それは何の根拠もない憶測……だが……。


 何か見えないものに導かれるような、そんな気がしていた。


 ――――――――――――――――

 

 入手可能一覧

 

 【暗記】【体術】【拷問】【懐柔】

 【初級火魔法】【初級水魔法】【聖神女の被昇天】…………


 ――――――――――――――――

 

 あった!たぶん……これだ!


 それは、他とは明らかに異質なスキル。

 

 まるで、”聖神女”だけに与えられたユニークスキルのようだった。


 

 ――――――――――――――――

 


 【聖神女の被昇天】……半径3メートルのエリア、全体の【HP】80回復。及び、あらゆる状態異常の回復。自身の【MP】―100消費。


 

 ――――――――――――――――

 


 『【聖神女の被昇天】を獲得しますか?』


 「授けますアーメン


 瞬間――彼女の足元に幾何学模様の大きな法術陣が浮かび上がる。

 

 その身体は再び、彼女の洋服ごと発光し始め……更に強い、灼熱の太陽ような輝き放つ。


 眼が眩む、一瞬。


 それはまるで……。

 地平線の彼方から強烈な朝日。

 不浄の一切を焼き払う――眩い閃光。


 身を焦がされていくような……。

 

 まさしく、光の……の祝福。


 聖なる光が部屋中の物体の表面を透過させ、包みこんでいく。


 そして、俺達は……。

 瞬く間にその結界の内へと飲み込まれていくのだった。

 

 次の瞬間――。


 ゆっくりと目を開けた先……。


 ひらりと翻るカーテン。


 薄暗い部屋の中、淡く光る星明かりが、そのシルエットを浮かび上がらせる。

 

 「あれ……私……?あんた達は……?」

 

 先程の様子からはまるで嘘のような素っ頓狂な声。


 それは……。


 ベットから起き上がったおかみさんの姿だった。

 

 その瞬間、 マルタ が母へと抱きつき――。


 母の抱きしめる腕の中で……。


 止めどない感情が、堰を切ったように流れ出すのだった。


 

 


 〓:::〓:::〓:::〓:::〓:::〓:::〓:::〓:::〓:::〓:::〓:::〓:::〓:::〓:::



 

 あとがき

 

 お読み頂き誠にありがとうございます。


 久しぶりの長編物でお見苦しい点があるかもしれません。

 良ければ、コメント頂けると嬉しいです。

 

 作品のテーマは

 

 「読者に最高の経験をさせる」=「読者を神にする」です。


 ということで今回は


 覚醒、被昇天する”聖神女”回でした。


 私にとって。


 ここからが一話一話が真剣勝負。


 その意思を示す、第一章 ”辺境都市での立志編” そのクライマックスでございます。


 これで駄目だったら打ち切り……。


 そんな気持ちで書かせて頂きたいと思います。

 

 良ければ、コメント・感想と評価を頂けると嬉しいです。

 いつも いいね される方ありがとうございます。大変励みになっております。


 なお、この作品の更新は不定期させて頂いております。

 推敲の進行速度とストック状況によって途中、休載するかもしれません。

 

 楽しみにして頂いている方には大変申し訳ございませんが、御理解のほどよろしくお願いいたします。

 

 


 

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