第17話 くたばりやがれ!このロリコン野郎が!!!!

 

 『愛する人たち、自分で復讐せず、神の怒りに任せなさい。「復讐はわたしのすること、わたしが報復する」と主は仰っておられます』 ―― ローマの信徒への手紙  12章 19節 ――


 

 

 逢魔が時。斜日は巨大な石の構造物教団の神殿に隠れ、広大な敷地に長い影を落とす。

 その光景は、建物の影を挟み、俺達とは少し離れた場所で繰り広げられていた。

 

 「どうかお願いします!!!母を助けて下さい!!!!」

 

 そう、縋りつくように懇願する、小さな少女。

 

 (なんで……あいつがここにいるんだ!?)

 

 それは、宿屋の娘 マルタ・デュワーズ の姿だった。

 

 そして、その小さな身体を突き飛ばす、小太りの中年。


 荘厳な白い生地の祭服。豪華にあしらわれた黄金色の刺繍。禿げ散らかした頭部。

 

 「くどい!金の無い者には売らん!と言っておろう!」

 

 その両指五指には、これまた黄金色に輝く贅沢な指輪と――分かりやすい成金の 風体。


 身を覚えがある……。

 それはあの時……広場の噴水場で声を張り上げていた男だった。

 

 「このガキ!いったい、どこから忍び込んだんだ!!!」

 

 突如、建物から出てきた取り巻き達が、小さな少女の身体を強引に取り抑え、その場に伏せさせる。


 まるで、町娘を捌く、悪奉行のような構図。


 黄昏のスポットライトと、暗がりに溶けた観客席。

 

 唐突に始まった騒動の中。

 状況が把握できない俺とフィデスは、その暗幕の中で只々、立ち尽くしていた。


 地に伏せさせられた罪人のような少女の姿。


 (おい、何をする気だ……)


 偉そうに高みから見下ろす、小太りの中年は。

 祭服の裾から取り出した小瓶を見せびらかすように掲げ、「これが欲しいのか?」と挑発した。

 

 哀れにも、マルタ が、その手を伸ばそうとする。


 (やめろよ……)


 二度三度、空を掴む少女の手。それは決して届かない距離。


 「どうした!ここにあるぞ!ほら!もっと手も伸ばしてみろ!」

 

 上下左右に小瓶を動かし、媚び諂うように誘導する。

 

 それは目を背けたくなるような、胸糞悪いシーン。

 

 その様子を嘲笑い、満足な顔を覗かせるその小太りの中年は……。

 

 「この聖なる水は、貴様のような下賤な小娘が触れて良いものではない!」


 そう言って、マルタの手を無慈悲に踏みつけた。

 

 瞬間――少女の顔が苦痛に歪み、布を裂くような悲鳴が響く。


 (……あの、クソ野郎……)

 

 その状況を黙って見ていられなくなった俺は……。


 蛮行を止めようと動きだす――。


 しかし――。


 「――――!!!?」

 

 その足が寸前で止まる。

 

 フィデス と握ったままの俺の手……。

 彼女はその手を決して離そうとはしなかった。


 なぜ……?


 そんな視線を送る俺に――。

 悲痛な表情を浮かべた彼女が囁く。


 「彼は……ヴァセリオン教の神官長です。逆らえば、処刑されます……」

 

 な、処刑だと?

 そんな横暴、許されるわけがない!

 それは、到底理解できない常識である。


 だが……。


 「……可哀想ですが……我慢してください……」


 俺は彼女の必死の形相を見て、ようやく気が付く。

 

 この世界には日本みたいな法も警察もない。

 あるとすれば、権力者こそが正義になる社会なのだと……。


 何よりも彼女の表情が、それを物語っていたのである。


 「どうした!これが欲しいのだろ?」

 

 そいつが掲げ、見せびらかす小瓶。


 「なら……もっと媚びろ!叫べ!喚け!」

 

 その中身は……。


 ―― 【神眼】Lv3 発動 ――


 ――――――――――――――――

 

 ~ ステータス ~


 『薬水』……【HP】+10回復。


 ――――――――――――――――

 

 

 (……あれが”聖水”だと……そんなのは真っ赤な嘘じゃないか!?)

 

 確かに”黒死病”は、徐々に【HP】を奪う病気だ。

 人は【HP】が無くなると死亡するのだ。

 そう、あの”聖水”といった、たいそうな代物ではない。

 これがゲームだったら……あの小瓶の中身はただのポーションと同じで、【HP】は回復すれども、病を治す効果はないのである。

 

 「ふん!……そんなに金が無いというなら……」


 その瞬間、神官長の少女を見る眼つきが変わり、身体を舐めますような厭らしい視線を送り始める。


 そして。


 「その身体でも売って稼いだら、どうだ!?」

 

 その口元から零れだす、醜悪な言葉。


 (……腐ってやがる……)

 

 「……まだ、貧相な身体だが……」


 品定めし、値踏みするような仕草で。


 「売春宿なら高く買ってくれる……もの好きもいるだろう」


 そんな下卑た笑み、金歯を覗かせた。


 その醜悪な姿に――。


 既視感――。

 

 よく似た、面が重なる。

 

 どうすることもできない少女の涙が地面へと零れ落ちていく。

 

 屈辱と敗北感。


 それを意に介さない高笑いが響き渡る。

 

 (まるで一緒じゃねぇか……)


 纏わりつき蝕む、嫌悪感。


 俺の眼には神官長の顔が父 天仙に視えていた。


 その刹那――。


 煮えたぎる憤怒が、俺の感情の蓋を吹き飛ばした。


 (おい……)


 「……まあ、お前も一人や二人、男というものを知れば……」


 (お前は知ってるの……か?)


 「少しはマシになるのではないか?」

 

 (文句も言わず、一人元気に店番をする親孝行な少女マルタの姿を――)


 「ちんけな宿屋よりよっぽど稼げるぞ!」

 

 (今、てめえが踏んでいる手でどれだけの美味しい料理を作れると思ってんだ――)


 「そう……お前の姉のようにな!」

 

 (それに俺はどれだけ救われたと思っているんだ……)

 

 「何なら……」


 その下衆な口角が再び、吊り上がる。


 (おい……いい加減にしろ……)


 「このわし、自らが……」


 (今すぐ、その汚い口を……)

 

 「……可愛がってやろうか?」

 

 (閉じろよ……)


 斜日が水平線に触れ、最後の眩い光を放つ。


 既に視界は警告灯のように、真っ赤に染まっていた。


 「カミヒトさん……堪えて下さい……」


 フィデスの必死の説得も耳に入らないくらい、我慢が出来なくなった俺は……。

 

 「……カミヒトさん!?」

 

 もはや彼女の手を。


 振り解こう……とは、せず――。

 

 「――――――!!!?」


 ――力強く抱き寄せた。


 「……ふえ……」

 

 一瞬の感じる、柔らかな感触と高鳴る鼓動。

 漏れ出す驚きの息――その彼女フィデスの耳元で、俺は囁く。


 「合図してたら……走れ!いいな!」


 そして……次の瞬間、俺は全力で駆け出す。

 

 奥歯を強く噛みしめ、強く握った拳を振りかぶりながら。


 

 「くたばりやがれぇえええ”え”ええ!!!このロリコン糞野郎がぁぁぁあ”あ”ああ!!!!!!!」


 

 その言葉と同時に、力いっぱいそいつをぶん殴るのだった――。



 


 〓:::〓:::〓:::〓:::〓:::〓:::〓:::〓:::〓:::〓:::〓:::〓:::〓:::〓:::



 

 あとがき

 

 お読み頂き誠にありがとうございます。


 久しぶりの長編物でお見苦しい点があるかもしれません。

 良ければ、コメント頂けると嬉しいです。

 

 作品のテーマは

 

 「読者に最高の経験をさせる」=「読者を神にする」です。


 ということで今回は。

 ”ドロップキック”ではなく、ぶん殴ってます(笑)

 

 SAN値、高めのお話でした。

 上手に胸くそ悪い話を書けていたでしょうか?

 

 良ければ、コメント・感想と評価を頂けると嬉しいです。


 ”ドロップキック”は今後のお楽しみか、もしかしたら暗喩になるかも……です(笑)


 いつも いいね される方ありがとうございます。大変励みになっております。


 なお、この作品の更新は不定期させて頂いております。

 推敲の進行速度とストック状況によって途中、休載するかもしれません。

 

 楽しみにして頂いている方には大変申し訳ございませんが、御理解のほどよろしくお願いいたします。

 

 


 

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