第16話 絵画詐欺から始まる恋と騒動の兆し


 『わたしはあなたがたを遣わす。それは、狼の群れに羊を送り込むようなものだ。だから、蛇のように賢く、鳩のように素直になりなさい』 ―― マタイによる福音書 10章16節 ――

 

 

 「あれ?……こっちじゃないのか?」


 俺は マルタ の書いたメモを何度も見返していた。


 どうやら、目的地の歌劇場とは全然違う方角だったらしい。

 

 不味いな……この後の予定では夕焼けの見える丘でキャー!らしいが、今からだと大幅にずれ込んでしまう。

 

 それに、もう……とっくに開演の時間過ぎているだろうし。


 「すいません、フィデスさん。どうやら道に迷ってしまったみたいで……」


 ここにきて大失態だ。

 すっかり意気消沈する俺。

 

 そんな情けない表情を察したのか……。

 

 「ほら……カミヒトさん!良ければ、あちらの建物で休憩しませんか?」


 そう、指さす先。看板には『美術館への入り口はこちら』と書いてあった。

 

 すかさず、フォロー。

 

 結構な時間、連れ回してしまったのに嫌な顔一つせず、微笑む彼女フィデス

 

 フィデスさん……あなたはマジ天使か……。

 

 と俺は、彼女の優しさに甘える事としたのだった。


 

 

 

 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇




 

 都市の町はずれに佇む、巨大な石造りの建造物――美術館。

 広大な敷地には様々な彫刻が並び、入り口には、これまた、大きな石柱がいくつも立ち並んでいた。

 

 俺達は真っ白い衣服に包まれた受付の女性に、二人分の拝観料を払い、その内部へと入っていくのだった。

 

 美術館の館内の様子は、広々とした内装。

 空間のいたる所に大理石っぽいマーブル模様が目に付く。

 そして、そんな空間をゆっくりと見られるような演出。その展示方法。等間隔の並んだ絵画が数多く展示されていた。


 「おお、すげぇな……」


 まさしく圧巻の一言。

 

 俺は思わず感嘆の声を挙げる。

 それは俺の知っている世界の国立美術館と見劣りしない規模だったからである。

 しかも、お客さんは俺達以外には見当たらず、広々とした館内をほぼ貸切状態だった。


 「フィデスさんはこの美術館に来たことがあるのですか?」


 「いえ、私もここの区域に来ること自体……初めてで……驚いてます」

 

 「そうだったんですね……」

 

 (こんなに人いないのに……ずいぶん豪勢な美術館だな)

 

 そんなことを考えながらも俺達は、この美術館の展示を見て回ることにしたのだった。

 

 (んー……正直、どれもイマイチだな)


 展示されている絵画の題材は、どれも宗教絵画。

 平面的な2次元の画風ばかりであった。

 

 まるでルネサンス前、宗教的抑制期の絵画。

 あの時代は、リアルに描く=人間となってしまうので、神を描くときは、わざと平面的に描く。

 

 だから、のっぺりした子供の落書きのような、こんな面白みのない絵になるんだよな。

 

 そう、俺は作品を流し見していく。


 そんな、その中でも。

 

 おっ、……これは……良いな。

 

 ひと際目に引く、他と明らかに違う絵画。

 

 岩窟の中に一人の美しい女性と子供3人が戯れている様子が描かれている宗教絵画。

 まるで聖書の一説が飛び出てきたようなリアルさがある。

 この子は天使かなぁ……。

 子供の裸が写実的にリアルに描かれている、陰影法。

 モチーフには輪郭をぼかす手法スフマートが使われ、背景は薄っすら青みがかった空気遠近法がある。

 さらにモチーフの奥に描かれた洞窟の風景は、あたかも奥の奥まで続いているように遠近法が使われているのだ。


 なになに、この作者名は オルレド・ナチヴェン 作か……。

 

 「この絵、素敵ですよね……」


 俺の隣で彼女フィデスは只々、感心するようにその絵を眺めていた。

 

 「フィデスさんは絵画とかお好きなんですか?」


 「いえ、私はこういうのに詳しくないので……その珍しいというか……」


 「そうですか。一緒ですね」


 そう、俺は話を合わせるように同意する。

 

 正直……俺は、こういう宗教絵画には苦いトラウマがある。

 

 それは昔、教団内で働いていた頃。兄 天上 の指示で絵画商法を売ってた時期があった。

 あの時は……無茶なノロマを課され、大変だった。

 絵自体もそこらへんの美術大学の学生に描かせた絵をとんでもない高額な価格で販売していたっけ。

 買うまでしつこく勧誘しなければならないんだよな……いや、あれは本当に地獄だった。

 最終的には、教団内の女性信者を無理やりバイトに雇って、無茶な労働をさせたせいで……その後、教団内で総スカン喰らったんだよな。


 「お客様、その絵がお気に召しましたか?」


 そうそう、こんな風に声をかけてな……。


 「こちらの絵画は、我が教祖 ”聖女” アグリピナ様 と若かりし頃の ヘルデ王 の元に、民達を救い出すべく、赤ん坊の姿で現れた我が ホッアー様 が降臨しその神託を授けた場面を描いたものでして……」


 そうそう、尋ねてもいないのに、べらべらと絵の説明するんだよな……で……。


 「お客様だけ特別です。こちらの絵画、今ならたったの白金貨3枚で買えますよ」


 そう!とんでもない高額な値段で売りつけて……って、おい!


 振り向くと、フィデスが、真っ白な衣服に身を包んだ女性従業員に捕まっていたのだった。


 「あの……私、そんなお金持ってないです……」


 「あら、そうですか。なら、こちらの商品はいかがでしょうか。ちなみ挿絵の販売もございますよ……」


 な、な、なんてことしてくれんだ。


 「結構です!フィデスさん、行きましょう!」

 

 俺は彼女の手を握り、急いで美術館を後にした。

 

 「――な!!?」


 そして……屋外に出て、初めて気が付く。


 なんで気がつかなかったんだ!?

 

 建物の玄関の上部。そこに燃えるような太陽の中に女神のシルエット。

 黄金色に輝く枠と豪華な宝石を惜しげもなく散りばめたシンボルマーク。


 まるで宗教の……経営する建物。


 その時、合点がいった……。

 

 なんと、この美術館は……あの悪徳宗教の神殿だったのである。


 まったく、なんちゅうことしてくれんだ!!!

 

 ただでさえ、俺のこの前の『「君こそが、この世界に舞い降りた”女神”だ!』発言で、神仏の発言は極力触れないように注意しているのに。


 これで【信仰度】が下がったらどうしてくれんだ!!



 ……全く、もう……!!?



 握った手から伝わる温もり。



 思わず、手を繋いでいた――俺とフィデス。


 

 顔を真っ赤にして俯く彼女……の。



 そのステータス情報……。


 

 ――【信仰度】95% ――



 その表示に眼を丸くした瞬間――。



 視界の奥に飛び込む、光景――。



 それは……。


 

 奥の神殿の勝手口から白い祭服の男達に両脇を掴まれ……。



 建物から強引に追い出される――。



 見慣れた姿だった。





 


 〓:::〓:::〓:::〓:::〓:::〓:::〓:::〓:::〓:::〓:::〓:::〓:::〓:::〓:::


 

 

 あとがき

 

 お読み頂き誠にありがとうございます。


 久しぶりの長編物でお見苦しい点があるかもしれません。

 良ければ、コメント頂けると嬉しいです。

 

 作品のテーマは

 

 「読者に最高の経験をさせる」=「読者を神にする」です。


 ということで、次話から物語は加速していきます。

 ここからは、あそこまでノンストップです。

 

 『面白そう!』と思った方や誤字脱字報告等。

 コメント・感想と評価を頂けると嬉しいです。


 いつも いいね される方ありがとうございます。大変励みになっております。


 なお、この作品の更新は不定期させて頂いております。

 推敲の進行速度とストック状況によって途中、休載するかもしれません。

 

 楽しみにして頂いている方には大変申し訳ございませんが、御理解のほどよろしくお願いいたします。

 

 


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