第14話 これはあくまでもデートではなく、ただの宗教勧誘です


 『私は、新しい戒めをあなたがたに与える、互いに愛し合いなさい。私があなたがたを愛したように、あなたがたも互いに愛し合いなさい。互いに愛し合うならば、それによって、あなたがたが私の弟子であることを、すべての者が認めるであろう』 ―― ヨハネ福音書 13章 34―35節 ――


 

 

 「オジサン……今日、何かあるでしょ?」


 『黒猫の寝息亭』の朝の営業終わり。

 隣で皿を洗う、宿屋の娘 マルタ が、何か見透かしたそんな眼差しをこちらへと向けていた。

 

 「怪しい……」


 小気味よく、左右に揺れるポニーテール。

 

 「ズバリ、デートでしょ!」

 

 そう、幼い顔に悪戯な笑顔を浮かべながら、問い詰めてきたのだった。

 

 ――鋭い、そう、今日は フィデス との約束の日。

 俺にとっては勝負の日である。

 

 「ねぇねぇ、どうなのよ?」


 はあ?……デートだと?……何を言ってんだこの娘は?

 俺はオッサンだぞ……そんな事あるわけないじゃないか。

 

 それは夢見がちな年齢の小娘に、ありがちな妄想。

 そんな青春めいたものでは断じてないのである。



 ここ最近、俺は路肩の占い師を一時休業し、出来る限り宿の手伝いをしていた。

 それも、おかみさんの体調が芳しくなく、一人で店番をする マルタ を心配してのことである。

 

 二人でこの店を回す中、目まぐるしく過ぎ去る日々。

 その中でフィデスの事をどう仲間にするのか?

 そもそも、俺は彼女をどうしたいのか?

 上手く答えを出せなていないまま、この日を迎えてしまったのである。


 「それで……オジサンはデートプランとか考えているの?」


 (う……)

 

 並んで洗い物をする俺の身体を小さな肩でぐいぐいと押してくる――怒涛の質問攻め。


 相変わらずの、あざとさ……いや、ウザさである。


 (あと、そのオジサン呼びを止めような!地味に心に刺さるから!)

 

 「……ねぇ、聞いてるの?」


 こちらを覗き視る マルタ のあどけない顔。


 正直、彼女には感謝している。

 こんな大変な時に、束の間の休みをくれるなんて。


 「……さてはオジサン、何にも考えてないでしょ……」

 

 俺にとっては可愛い娘――いや、妹みたいなもんか?

 

 (……あと、オジサン呼びをいい加減止めよう!な!な!!)


 「ダメだよ!ちゃんと考えなきゃ♪」

 

 そういえば……彼女のステータスに【信仰度】と【SP】の表記が付いた。

 これは、一体、何のパラメータなんだろうか……。

 

 

 ―― 【神眼】Lv3 発動 ――


 

 ――――――――――――――――


 

 ~ ステータス ~

 

【名前】:マルタ・デュワーズ

【Lv】:1

【種族】:人間

【職業】:料理人

【年齢】:14歳

【状態】:健康


【HP】:92/100

【MP】:9/20

【物攻】:G

【物防】:G

【魔攻】:G

【魔防】:G

【敏捷】:F

【知力】:E

【幸運】:D

 

【スキル】【料理】:Lv4 【算術】:Lv2 【解体】:2

     【 園芸】:Lv1


【SP】:250

【信仰度】:85%


 

 ――――――――――――――――

 

 

 確か、”聖遺物”の『聖杯』と『聖十字架』の詳細【洗礼】【聖餐】と共にそんな記述があったな。

 

 少し、試してみるかぁ?


 ―― 【聖墳墓】Lv1 発動 ――

 

 俺は彼女に、ばれないよう『聖杯』と『聖十字架』を顕現させる。


 そして……。

 

 「まあまあ、いいじゃないか……」


 「あー、はぐらかそうとしているでしょ!怪しいー!」


 「それよりも、そんなに声出して……喉乾かないか?」


 そう言って俺は、金色の盃に、貴重な水を入れ勧めた。


 最初、彼女は「何?これ?」と豪華な聖杯を不思議そうに見つめていたが、「ありがと!」と言って、素直にその水に口をつけたのだった。


 さて、どんな変化があるのだろうか?

 たぶん、危険なことにはならないと思うが……。

 

 『【洗礼】が発動……』


 視界に浮かび上がる文字。


 【洗礼】……これは……キリストの儀式と同じようなものだろうか?

 

 『【職業】を追加可能……”聖職”を選択しますか?』


 「で……?相手はどんな人なの?」


 突如、マルタの声が飛んでくる。


 「え……あっ、はい!……ん……?」


 不意打ち。つい反応してしまった瞬間――。


 新たなに追加される、その【職業】欄のステータス情報。


 

 ――――――――――――――――

 

 

 【職業】:料理人 ”信徒”


 

 ――――――――――――――――

 


 な!?……””?……。


 これって……まさか?

 

 「どうしたの?オジサン?」


 不思議な顔でこちらを覗きこむ彼女マルタ

 

 俺はそれを悟られまいと表情を作り……。

 続けざまに彼女の熱を測るフリをして、金属の十字架『聖十字架』を額に当てみた。


 「冷っ!もーう、私……風邪なんか引いてないよ!」


 「まあまあ、万が一ってこともあるし……」


 「もーう、心配症だな…………ぁりが――」


 ――その時、恥ずかしそうな籠り声を遮る形で、頭のアナウンスが鳴る。


 『【聖餐】の発動を確認……ライブラリ参照……』


 

 ――――――――――――――――

 

 入手可能一覧

 

 【暗記】 【歌唱】 【舞踊】 【採取】

 【薬草知識】 【裁縫】 【初級回復魔法】……


 ――――――――――――――――

 

 おいおい、これは……一体!?

 

 「――はい、もう終わり!」


 そう、恥ずかしそうに俺の手を払いのける マルタ 。


 どいうことなんだ?


 その事実に俺は困惑していた。


 マルタのステータスに現れた”信徒”の文字……。

 ”信徒”って、あれだよな……。

 言葉通りの宗教を信仰する者って意味だよな。

 

 さらに、それに【聖餐】よって受けられる恩恵。新たなスキルの追加。

 もしかして、【SP】って、そういう意味か!!?


 少しずつ、見えてきたような気がする。

 このゴミ『聖遺物』の使い道と俺がやるべきことが――。

 

 「そういえば……ちゃんと服持ってなかったでしょ!お父さんのおふる、あるから良かったら貸してあげようか?」


 そう言って、彼女は有無も言わさず、宿屋の三階にある父親の部屋へと服を取りに行く。


 しばらく、一人で待っている間。

 俺は更に思考を整理することにしたのだった。

 

 先程、現れた表記……。

 これは、つまり……宗教を作れ、ということなのか?

 

 だとしたら、それはあまりにも危険な事である。

 

 俺は宗教というものを痛いほど、よく知っている。

 

 宗教とは”偶像崇拝”。

 平たく言ってしまえば、ありもしない、『まやかし』を信じるということだ。

 

 それは古来、人類は超常現象や天変地異などの理解しがたいものを異形の存在のせい、もしくは神の御業だと仮定し、恐れ敬ってきた。

 

 ギリシャ神話や北欧神話がいい例である。

 

 そして、人によって想像された神は、人の都合で改竄されていく。

 

 神を信じよ。

 もっと信じよ。

 信じた者のみが救われる。


 そうやって、信者は盲目になり、洗脳される。

 その後、産まれるのが、搾取する側と搾取される側の構造なのだ。


 それは、時にビジネスと結びつき、政治に利用され、やがて戦火の火種となる。


 もはや、そこに神の意思は無い。


 何故なら神自体が全くの”偶像崇拝”なのだから。


 これは宗教を信じること自体が間違えだという事ではない。

 神を信じれば信じるほど盲信になるから恐ろしいということである。

 

 ならば、正しい人が導き宗教を作れば良いのではないか?

 ――いいや、それが間違いの考え自体が間違えであると歴史が証明している。

 

 ”正教”。それは我こそが正しい教えだと主張した果ての内部分裂、腐敗、争いである。


 そう、俺があれこれと考えている間に。


 大量の衣服を抱え込んだ マルタ が、帰ってきた。

 そして、勝手に服を見繕い、あてがう。


 「うん!これと……これもいいじゃん♪」

 

 そして、言われるままに渡される洋服。

 更にそれに着替えるよう促されるのだった。


 普段の服よりだいぶましな、上質な服一式。

 それに着替えては、彼女に見せ……また、違う洋服を渡される。

 

 最早、着せ替え人形と化した俺。

 

 何度も繰り返される衣装替え……その果てに……。


 「おお、オジサン!やれば出来るじゃん!それにしよ!」


 そう、太鼓判を押してもらい、宿屋から追い出すように送り出された。

 

 予定時間までは、まだ、だいぶ時間があるのだが……。


(――あと、オジサン呼び止めて!オーバーキルだから……ほんと……)

 

 戸惑う俺に反し彼女は、「後で読んでね♪」というの言葉と共に洋服の裾ポケットに何かを入れ……その背中を店の玄関までグイグイと押す。

 

 そして、その最中……。


 彼女マルタは、ポツリと呟くのだった――。

 

 

 「上手く……いくといいね……」


 

 そう、後ろから聞こえる……先程とは打って変わった――悲しげな少女の声色。


 「……?」


 その表情は察することが出来なかったが……一瞬、確かにそんな感じがしたのである。


 気になった俺が振り向くと――。


 彼女はいつもと変わらない笑顔を覗かせる。


 「行ってらっしゃい!頑張ってね♪」

 

 と、元気な声で見送る。


 (……気のせいか……?)

 

 その時――俺は。

 またしても気付くことが出来なかった……。


 彼女のその些細な変化に――。


 

 




 

 〓:::〓:::〓:::〓:::〓:::〓:::〓:::〓:::〓:::〓:::〓:::〓:::〓:::〓:::


 

 

 あとがき

 

 お読み頂き誠にありがとうございます。


 久しぶりの長編物でお見苦しい点があるかもしれません。

 良ければ、コメント頂けると嬉しいです。

 

 作品のテーマは

 

 「読者に最高の経験をさせる」=「読者を神にする」です。


 この話で章の全ての伏線、カードが出揃いました。

 

 ラブコメ展開からどう、救世主へと昇華していくのか?


 その意思を示す、第一章 ”立志編” でございます。


 『面白そう!』と思った方や誤字脱字報告等。

 コメント・感想と評価を頂けると嬉しいです。


 いつも いいね される方ありがとうございます。大変励みになっております。


 なお、この作品の更新は不定期させて頂いております。

 推敲の進行速度とストック状況によって途中、休載するかもしれません。

 

 楽しみにして頂いている方には大変申し訳ございませんが

 御理解のほどよろしくお願いいたします。

 

 


 

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