第13話 嘘つきは神の人の始まり
「おめでとう、恵まれた方。主があなたと共におられる」 ―― ルカによる福音書 1章 28節 ――
「君こそが……この世界に舞い降りた”女神”だ!」
思わず、口走ってしまった俺の言葉に、フィデスは戸惑っていた。
しまった! 興奮して……失言を……。
紗のかかったように 昏くれなずむ街並み。
淡い黄昏はその幕を下ろし、俺達は薄影に溶けてゆく。
「占い師さん、私は”治療魔法師”としてダメだったからクビになってしまったんですよ。それを畏れ多くも”女神”だなんて……」
彼女の流麗な眉が影を落とし、その瞳が不信感へと変わる。
それは、占い師としては不味い状況。
信用を失ってしまう一歩前だった。
これはまずい! 自己肯定感の低い人間にあからさまな言葉は逆効果、かえって不信を招く行為。
「……やはり、占いに頼ろうとする私が馬鹿でした……」
思わずに握った彼女の手が静かに解かれ……夕暮れに輝く金色の髪が翻る。
(待ってくれ! 話を聞いてくれ!)
足元から地面が崩れる様にふらつく。
彼女の背中が実際の距離よりも遠くに感じる……。
その瞬間――俺は。
その彼女の手を必死に掴み、引き留めようとするが……。
「いや……離して!」
あきらかな拒絶の反応を示す――彼女。
その大声に周囲の関心と視線が集まる。
(くっ……この状況は……)
それは男女の修羅場のような。
(どうしたらいいんだ!)
最早、後戻りできない状況。
(ええい! ……とにかく勢い任せろ!!!)
落陽は入江の水平線へ朱の一点となって没していく。
「どうか!!……聞いてくれ!!!」
そして。
俺は腹の底から……叫ぶ――。
「フィデス・ガリア!!!!!」
その名を――。
(……頼む、立ち止まってくれ……)
その言葉に……。
「なぜ?……私の名を?」
彼女は眉を顰めた。
そう、彼女はまだ、自分の名を伝えていないのである。
それと同時に、周囲の関心が『なんだ、ただの痴話喧嘩か……』と、薄れた……。
(よし! ここから……)
そう、立て直そうとした瞬間――。
それは時が止まるかのように。
俺の眼に飛び込む、彼女の顔。
解けていく……。
彼女の顔を隠すスカーフが――。
ひらひらと地へと落ち……。
(……あっ……)
露わとなってしまっていた。
右側半分を覆う、痛々しい火傷の傷跡。
(……終わった……)
疼くまり、必死に手で隠す――彼女の瞳から。
零れ落ちる涙。
それは、彼女が見られたくないであろう――
(やってしまったぁぁあ”あ”あああああ!!!)
絶対絶命――。
(ど、ど、どうする!!?俺!)
焦った俺は、またしてもやらかすのだった。
「――隠さなくてもいい!!」
「――――!!!!!!?」
「その金色の髪も! 瞳も! その傷さえ! 何一つ恥じることないものだ!」
「……えっ……何を……?」
その言葉に彼女は。
一瞬、泣くのも忘れ、目を丸くしていた。
(俺は……一体何を言っているんだ!?)
「俺は心の底から綺麗だと思う!」
混乱する思考。
(……もう、どうにでもなれぇえええ”え”!!)
俺は只々、斜面を転がり落ちる様に言葉を紡ぐ。
「こんな……醜い顔……なのに……」
「――そんなことはない!」
それを断固否定する。
俺はその視線を決して外さず、真剣な眼差しを返していた。
「俺にだけは、ありのままの素顔を見せてほしい!」
もし、少しでも離してしまったら……そこで試合終了だからだ。
「……でも……」
確かに彼女の顔の傷痕は酷く、初対面なら驚いてしまうであろう……。
「一目見て、そう思った……」
しかし、俺にとってはそんなことは些細な事だ。
「思っていたんだ!」
そう――崩壊しつつある世界。
その水面下で、浸食する黒い足音。
地獄の門は開き……少しずつ瘴気が漏れ出している。
そして、それは……すぐそこまで迫っている――。
だから……。
「……そんなの……信じられません……」
「――嘘じゃない!何度でも言おう!君は綺麗だ!」
もう、これしかない!
「……ホント……ですか……?」
これしか……手はないんだ!!!
だから頼む!
「ああ! 神に誓う!」
話を聞いてくれ!!!
「…………」
その願いが通じたのか……。
スカーフを拾い、何事もなかったかのように顔を隠す――彼女。そして、咳払いを一つして席へと戻っていたのだった。
(……これは?首の皮一枚繋がっているのか?)
彼女は耳を赤く染め、静かに席に座っている。
(何にせよ、せっかく舞い降りた、このチャンスをなんとしても、ものにする!)
同じく席に着いた俺は、重大な事を告げるように重々しく口を開くのだった。
「俺には神の声が聞こえる、だから……分かる……」
これは酷い方便。台詞だと、自分でも思う。
「君には世界を救う力がある……」
だが、こんな胡散臭いことでも本気の本気で念じて伝えれば、必ずや響く。
そう、自己暗示のように強く思いこみ、信じる……しかない。
皮肉にもこの時、俺は……。
父
「それこそ……俺には、君が”女神”のように視える!」
独裁者曰く――。
大衆の心を掴むには独特なリズムがある。
「神はこう仰った……」
それはまるで重厚な鉄の塊――。
「もうすぐ、この都市に大いなる災いが降り注ぐであろう……と――」
ゆっくりと回り出す車輪――。
「――だが、しかし!」
感情の火を燃やし、煙突からその熱を一気に噴き出す――。
「たとえ、その暗黒の終末世界が訪れようと――」
重く響く汽笛音――。
「君と一緒なら、必ず乗り越えられる――」
そして、一直線に走り出す――。
「そう! 君にはこの世界を照らす光、俺の”女神”になって欲しい!」
その言葉に彼女は俯く。
もう、とっくに日は沈んだはずなのに彼女の顔は朱色に染まっていた。
「……もう……恥ずかしい……ので……」
彼女の口から漏れ出す、微かな声。
(まだだ! まだ! ……これでは足りない!)
「……これ以上は……やめて……」
「――いいや、言わせてくれ!!!!!」
籠った吐息を遮るように言い放つ。
「もう、俺には……君しかいないんだ!!!!」
そして、席を立ち上がった俺は。
「ここで誓う! 絶対に、君を幸せにする!!!」
夜空へと向け高らかに、こう宣言するのだった。
「だから、どうか! フィデス……どうか! 俺の傍にいてくれ!!!!!!」
振り絞るような叫びは、どこまでも響き渡り……街中の街灯が煌めきだす。
その様子に……。
なぜだか……。
周囲の通行人から盛大な拍手が巻き起こる。
そして……。
(どうだ……)
あわあわと口籠り、俯いたままの
群衆が固唾を呑んで見守る中。
しばらくして……。
ゆっくりと噛んで含めるような口調で、彼女は語り出すのだった。
「……貴方の気持ちはよーくわかりました……」
その熱を冷ますように胸に手を当て。
柔らかな唇から息が漏らす。
「……でも、私自身……気持ちの整理が尽きません……」
それは……そうだ。
「だから、時間を下さい……」
こんな初対面のおっさんに、こんなわけの分からないことを言われたら。
「……はい……」
誰だって不審に思うよな……。
やはり、駄目だったかぁ……。
「ちなみに来週とかご予定は空いてますか?」
終わった……。
「……はい……」
最早、ここまで。
「それでは……」
何もかもが……終わりだ。
「……はい……」
諦めよう……。
所詮、俺には無理な事だったのだ。
「来週の11時、噴水広場の前でお待ちしていますね……」
「……はい…………えっ、……ぇえええ”え”ええええええええ!!!!?」
〓:::〓:::〓:::〓:::〓:::〓:::〓:::〓:::〓:::〓:::〓:::〓:::〓:::〓:::
あとがき
お読み頂き誠にありがとうございます。
久しぶりの長編物でお見苦しい点があるかもしれません。
良ければ、コメント頂けると嬉しいです。
作品のテーマは
「読者に最高の経験をさせる」=「読者を神にする」です。
この回が、読者の皆様に見せたいと思うシーンの一つでした。
文章などまだまだ稚拙ですが、精一杯書かせていただきました。
ここで制作秘話を一つ。
途中、汽車の描写が出てきましたが、あれはアドルフ・ヒトラーの演説のテクニックを参考にさせて頂きました。
彼曰く。
演説する際は汽車が動き出すようなリズム、徐々に力強く話すと良い、と部下に教えていたそうです。
今回はそれを文章に落とし込んでみました。
いかがだったでしょうか?是非、感想を頂けると嬉しいです。
いつも いいね される方ありがとうございます。大変励みになっております。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます