第11話 俺には、この都市を救うことは出来ない


 『この病気は死ぬほどのものではない。それは神の栄光のため、また、神の子がそれによって栄光を受けるためのものである』 ―― ヨハネによる福音書 11章 ――


 

 

 黒死病。ユーラシア大陸でパンデミックを起こしたペストの俗称。

 症状が進行すると敗血症による皮膚の出血斑で体が黒ずんで見え、発病二、三日死亡する恐怖の疫病である。


 それは昔、中世のヨーロッパ中の総人口の約四分の一、約二億人以上が死亡したと言われる人類史上最悪のパンデミック。

 

 (確か……原因はノミや鼠が原因だったか……)


 そもそも、この世界に医者っているのか?

 抗生物質とか存在しているのだろうか?


 それに、この街の不衛生な状態、状況。

 中世のヨーロッパと同じようなことになるのが容易に想像できる。


 しかもそれは、目には見えない形で、静かにこの都市を蝕んでいくのだ。


 (このままではヤバい。早く、この都市から脱出しなければ……)

 

 しかし、この世界の外界には獰猛な魔獣がおり、また襲われる可能性もおおいにある。

 今の俺には命がいくつあってもたりない。

 

 もし、この都市を脱出するのであれば、外界で生き抜くための知識や戦闘技術、サバイバル術が必要不可欠。


 現状、今の俺には、どれも不可能な事である。


 (とにかく、まとまった大金を用意しなければ)


 そう、頭で分かっていても、俺は何も出来ず……。


 そのまま、この都市に着いて、はや三週間が経とうとしていたのだった。

 

 

 

 

 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 

 

 

 

 相変わらず、俺は宿屋の仕事と路肩の占い師をする変化のない日々を送っていた。


 唯一変わったことと言えば……宿屋の仕事に慣れた事である。


 それには、流石の マルタ も「オジサンも少しはやるじゃん……」と舌を巻いていた。

 

 あの日以来、彼女の姉は度々、店に来ては……金をせびる。その度に、気丈に追い返す マルタ。その彼女の相談を聞くことが多くなっていた。


 まあ……話を聞くくらいしか、してやれることはないのだが……。

 

 その事も相まってか……最近は……。


 「これ、十八番テーブルだからよろしくね♪」

 

 俺へのあたりも優しくなっていたように思える。


 出来上がった料理を受け取り、マルタの指示されたテーブルへと向かう。

 

 ここ『野良猫の寝息亭』はお客の大半が都市の冒険者で、いつも夜の営業は漢達の活気に満ちていた。

 

 まるで週末、仕事終わりのサラリーマンが居酒屋でどんちゃん騒ぎするのと、なんら変わらない風景。

 

 そこで、俺は……。


 思いがけない再会を果たしていた。


 「精が出ますね、カミヒトさん!」


 客席に見覚えのある四人組の冒険者パーティー。


 茶髪の爽やかなイケメン冒険者 アレク・ネノス である。


 「ええ、お陰様で……」

 

 たわいないもない話をする冒険者チーム <白鷲の鉤爪グリフォンクロー>の面々は。


 ぽっちゃりした体躯。田舎訛りのおおらかな口調 盾役 ステイン・クルス。

 褐色の肌に無口なスポーツ女子 弓使い ジュリー・エネル。

 綺麗な碧い髪に上品な微笑み。はっと目を引く美人 治療魔法師 リア・アルネーゼ。


 と、相変わらず、仲の良いパーティーメンバーだった。


 彼らは週に一回、仕事を終わりに顔出す、宿屋の食堂の常連客である。

 

 そこで俺は……。

 どうにかして……彼らにこの都市から脱出するための協力をお願いできないか?

 

 ――と、何度も考えた。

 

 しかし……肝心の彼ら、冒険者達に依頼を出す、お金がない。

 そもそも、貰ったお金すら返せていない状況で、とても無償でお願いできる立場ではなかったである。


 「……どうかされましたか?」


 そう、何かに気が付いたように声をかける、アレク。


 (しまった!顔に出てたか)

 

 と焦り……。

 

 「……いえ、なんでもないです」と、作り笑顔で誤魔化すのだった。

 

 

 

 

 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 

 

 


 昼下がりの街道、俺はいつものように路肩で占い師の仕事をし、路銀を稼ぐ。

 

 「そうそう、聞いてくださいまし、占い師さん! お陰様で夫と仲直り、出来ましたのよ♪」


 そう、嬉しそうに話す 裁縫師 アンナ・セカネス に、俺は「良かったですね」と、作り笑顔で返した。

 このご婦人は毎日のように足を運んでくれるお客さんで……ここ最近は世間話ばかり、花を咲かしていた。

 

 そして、他にも……。


 「よっ!あんちゃん! この前は世話になったな!」


 燃えるような赤髪の兵士 ユーグル・ドモアン が、お礼を言いに来ていた。

 どうやら彼は、この都市の領主 城の衛兵で、この前の占い助言を受けて以来、得物を剣から槍に変えたところ、城内の武闘大会で優勝できたらしい。

 

 その功績で、今は城の警備隊長へと出世したらしい――。


 「今まで俺は剣を極めることしか、その存在価値がないと思っていた……しかし、あんちゃんが別の道を示したことで前へと進むことができたんだ。改めてお礼を言わせてくれ!」


 そう、高身長な体躯、その頭を下げ、真っ直ぐな眼でお礼を述べる。

 出会った当初、彼には武人特有の威圧感があったが……。

 どうやら、だいぶフレンドリーな奴だったらしい。


 「俺は普段、領主の城の警護兵隊長として働いているからよ! 何か困ったことがあったらいつでも言ってくれ! 力になるからよ!」


 そう言って、熱い握手をして、彼は去っていったのだった。

 

 ――胸に残る微かな痛み。

 

 意気揚々と去る彼の背中を見て……ふと、思う。

 この占いの仕事は……人々の役にたっているのだろうか?と――。

 

 俺の周りは少しずつ、良い方向へと向かっているように思える。


 だが、その一方で。


 街の状況は最悪。バットステータスの”黒死病”の患者は日に日に増えていた。

 そして……その危機的状況を俺だけが知っているという罪。

 

 その罪悪感が俺の心を締め付ける。

 

 俺は聖人でもヒーローじゃない……。

 何もできない、ただのオッサンだ。

 そう、自分に言い訳をし、その身可愛さに一人逃げ出そうとしていた。

 卑怯者。本当に自分の駄目さに嫌気がさす。

 

 だが、俺自身、この都市の置かれている状況に結局のところ、どうすることも出来ない。

 それどころか都市から抜け出すためのまとまったお金は依然、貯まっていない。

 焦る気持ちとは裏腹に時間は無情に過ぎていた。

 大金を稼ぐためには何かしらの儲け話が必要なのだが、それも手詰まり状態で。

 唯一希望があるとすれば。

 

 俺だけが持っている、他人のステータスを覗き視えるスキル【神眼】だった。


 そこで何か武器とかの掘り出し物を安く買って、高く売る。『せどり』みたいなことは出来ないかと試してみるが……。

 武器屋や道具屋で売られている商品はどれも適正価格でそのような差異は見つけられなかった。


 ――ならば、人はどうか?


 路肩の占い師の仕事で他人のステータスを見続けた俺は、ある傾向に気が付く。

 それは、スキルには、大きく言うと戦闘系と生産系の二種類に分類できるということである。

 職業相談なんかはどうだろうか?


 ユーグルの【槍術】スキルの件みたいな場合もあるし、これはひょっとしていけるのでは思っていたが……しかし……。


 この世界の住人は戦闘系のスキルを持つ人は、兵士や冒険者が多いのである。

 聴けば、冒険者組合か、神殿に行けば、適性の職業を知ることが出来るとのこと――。

 

 その線も潰れ、意気消沈。


 最早、万策尽きた――と、半ば諦めてしまった。

 


 そう、俺には……。

 この都市を救うことは出来ないのである。


 

 

 


 〓:::〓:::〓:::〓:::〓:::〓:::〓:::〓:::〓:::〓:::〓:::〓:::〓:::〓:::


 

 

 あとがき

 

 お読み頂き誠にありがとうございます。


 久しぶりの長編物でお見苦しい点があるかもしれません。

 良ければ、コメント頂けると嬉しいです。


 作品のテーマは。


 「読者に最高の経験をさせる」=「読者を神にする」です。


 以上で、1章の前半戦の終了です。


 次話からは後半戦。


 起承転結の “転”、”結” です。


 まだ、一番重要なあのキャラが出ていませんね。


 ここから怒涛の展開です。

 

 『面白そう!』と思った方や誤字脱字報告等。

 コメント・感想と評価を頂けると嬉しいです。


 いつも いいね される方ありがとうございます。大変励みになっております。

 

 

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