第10話  あれ?この街、詰んでないか……



 「――次、いいか?」


 そう言い、豪放な感じで席へと座る――漢。

 燃えるように赤い短髪に、凛々しい顔立ち。腰に荘厳な剣を携えた屈強な長身の兵士だった。


 兵士?体育会系か?ちょっと苦手だな……。


 「俺の事も占ってくれないか……」


 そう言うと、掌をこちらへと差し出す。

 コールドリーディングするまでもない、典型的な武人。

 一見すると悩みのなさそうな漢だが……。


 「……大丈夫ですよ、それでは早速、失礼しますね! ちなみにどういうことを知りたいですか?」

 「”剣士”としての俺の未来だ……」


 ん、……?これまた……厄介そうだなぁ……。


 

 ―― 【神眼】Lv2 発動 ――

 

 

 ――――――――――――――――

 

 

 ~ ステータス ~

 

【名前】:ユーグル・ドモアン

【Lv】:46 

【種族】:人間

【職業】:騎士

【年齢】:24歳

【状態】:健康


【HP】:92/100

【MP】:40/52

【物攻】:A

【物防】:B

【魔攻】:E

【魔防】:D

【敏捷】:B

【知力】:D

【幸運】:D

 

【スキル】:【槍術】:Lv1 【体術】:Lv3

      【懐柔】:Lv1 【騎乗】:Lv4


 

 ――――――――――――――――

 

 

 

 俺は素直に、凄いステータスだと感心する。

 それはこの都市の門番の兵士よりも数段強いのである。

 

 ひょっとして……この都市では最強なんじゃないか。

 そう思えるほどの強者のステータス。

 

 (参ったなぁ、弱点らしい、弱点はないのが……)

 

 「どうだ!何か、分かったか?」


 ユーグルが真剣な眼差しでこちらを見つめてくる。

 彼の手は、素人の俺でも分かるマメだらけの剣士の手だった。

 きっと日頃から鍛錬を休まず、おこなっているのであろう。


 ん、……


 「貴方は”剣士”ですよね?」

 「ああ、そうだが……?」


 おかしい……。

 確かに……道行く、兵士の中には【剣術】のスキルを持つ人物がいた。

 しかし、この男にはそれがないのだ。

 

 こんな化物じみたステータスなのに、肝心な【剣術】がない。

 

 それどころか……【】Lv1……って。

 

 「もしかして……剣の腕が……伸び悩んでいたりしますか?」


 「――分かるのか!!!?」

 

 ユーグルは勢いよく立ち上がる。

 

 どうやら、アタリのようだった。

 

 「教えてくれ! 俺はどうしたら強くなれるのだ!」


 と、物凄い圧で尋ねてくる。

 

 きっと、これは彼にとって相当、死活問題なんだろうが……。

 

 剣……武器かぁ……たぶん、体術では駄目なんだろうな……。


 俺はその答えに、困りに困った挙句。


 「……ええっと……剣を諦めるしか……」


 そう、不用意に呟いてしまうのだった。


 「――なんだと……」

 

 空気が一瞬で凍りつく。その言葉でユーグルの態度が一変する。

 それはまるで虎の尾を踏んだ気分だった。


 「お前……今、なんと言った……」

 

 怒気を孕んだ静かな声。

 

 あっ……。

 思わず、口を抑えるが、時すでに遅し……。

 

 「今……『龍殺しの剣』と謳われた剣の名家 ドモアン 家の嫡男でもある俺に……」

 

 その猛獣が如き、殺気が――。

 

 「剣の道を捨てろ、と言ったのか……」

 

 素人の俺にもはっきりと見える。


 「お前は……その発言の意味をわかっているのか……」

 

 焦る俺の胸ぐらを物凄い力で掴み、引き寄せる――。

 

「……ぼ、ぼ、暴力は良くないですよ!!!!」

 

 足が地面から浮きあがり、身体の自由をいとも簡単に奪われていた。

 

 そんな俺に、近づく彼の顔。稲妻が奔ったような眉間の皺。

 

 「――いいから聞け! ……俺はなぁ……」


 その双眸は鋭い光を放っていた。

 

 「幼子の時から一日も欠かさず剣を鍛錬をしている……一日もだ!」


 (ん……?)


 今にも喰い殺そうとしてくる捕食者のよう……だが。

 

 その口から吐き出る言葉は……。


 「だが……親父には『才能無し』と言われ……」


 静かな心の叫び、慟哭のようなものだった。


 「しまいには歳の離れた妹にも剣の腕で抜かされ……」

 

 いやおうなしに反応してしまう。

 

 その時、俺の脳内で、過去の記憶がフラッシュバックする。


 『なんで……天上は出来るのに……お前はこんな簡単なことも出来ないのだ』


 それは父 天仙 の言葉――。


 「勘当同然、居場所が無くなってしまった俺は……」

 

 『お前は俺の言うことだけ聞いておけばいい!』

 

 これではまるで……。


 「それでも……まだ諦めず、剣を振り続けている……」


 『もういい……お前には失望した』


 (うるせぇよ……)

 

 目の前の赤髪の長身の騎士――。

 俺とは似ても似つかぬ外見、性格なのに。


 「なぜなら……俺にはそれしかないからだ」


 『この天草家の面汚しが、二度とその面を見せるな!』


 (もう、いいから……黙れよ……)


 なぜか重なって視える……。


 昔の俺と――。


 「お前も……俺の事を馬鹿にするのか……」


 脳裏にちらつく、人を舐め腐ったあいつらの顔。


 こいつユーグルは今も……。


 それに囚われている……。

 

 そう感じてしまった、一瞬。

 

 ――この時の俺は、どうにかしていた。

 

 「……家柄? 俺にはそれしかない……? それが……どうかしたのか?」

 

 煮えたぎる炎に油を注ぐ――言葉。

 ――瞬間、二つの視線が火花が散る。


 「……おい……なにが可笑しい……」


 身を引き裂くような視線、その怒りが全身を突き刺す。


 (この先の発言によっては、俺はボコボコにされるかもしれない……)


 だが、しかし。


 押さえきれない感情がそれを完全に上回っていた。

 

 「……親がどうとか、家柄がどうとか関係ねえよ……」

 

 腹の底からゆっくりと、溜め込んでいた息が漏れ出る。

 

 俺にとって……。


 これだけは……これだけは、どうしても許せなねぇ事だった――。

 


 「……!!!」


 

 それは遥か高み、天から突き裂く稲妻――晴天の霹靂だった。


 「今! ここで! 断言してやる!」

 

 とうに吹っ切れた俺は。

 間髪入れず、全てをぶちまける。


 「お前は”剣”の神よりも”槍”の神に愛されている!!!」


 その凛々しい顔が不審な色に変わる。

 そう簡単には信じられない。そう顔に書いてある。

 

 「……なんで、お前にそんなことが分かるんだ……」


 だが、その問いに……。


 ――俺は不敵な笑みを零すのだった。


 「忘れたのか? 俺は占い師、”預言者”……聞こえるんだよ、神の声が!」


 ゆっくりと引きつける”間”。


 「…………なあ……」

 

 この”間”は”魔”である。


 

 「よ!!!!!!」



 その言葉に、分かりやすく戸惑うユーグル。


 そう、彼はここまで一度もたりとも名乗っていないのである。


 「……そういわれても……な……」

 「――いや、確かに聞こえた! 噓だと思うなら一度、試してみろ! 神はお前の努力を――たゆまぬ研鑽を――知っている!」

 

 何一つ、嘘言ってない……。


 ――そう、俺は揺るがない火をその眸に灯し。


 「……必ずや、その導きあるだろう……」

 

 ――真っ直ぐな瞳を返す。

 

 なぜなら……バレない嘘とは、時として真実を混ぜるものだからである。

 

 「そんなもん……なのか……」

 「ああ、そうだ! そして! この出会いも”神の導き”だ!」


 俺はそう断言した。

 この言葉が、彼にとって救い……。


 ”天啓”に見える様に……。

 

 それは、我ながらよくもこんな嘘をつけるものだと関心してしまうほどの演技できだった。


 そして……。


 彼の中で何かが腑に落ちたのか、わからないが……。


 硬く握られた手を緩められ……やがて、ゆっくりと離すユーグル。


 その顔、表情からは、すっかり怒気が消えていた。


 小さな頷きを数回、繰り返し。

 

 「……そうだな……駄目で元々だし、一丁……やってみるか!」


 と、憑き物がとれた表情をみせる彼は、清々しい背伸びを見せた。

 そして、思い立ったように席を立ち。

 

 「なんか、やる気出てきたぞ! ありがとよ、あんちゃん!」


 そう言い残し、去っていったのだった。

 

 その背中を見送った後、俺は膝から崩れ落ちるように席に座る。


 (ふうー、一時はどうなるかと思ったが、なんとかなったぞ……)


 最後の最後まで、あの風格に圧倒されてしまった。

 あの殺気に、あの切り替えの早さ……といい。

 

 しかも……俺のこと、『あんちゃん』って。どう見ても俺の方が年上、何だが……まあ、いいか……。

 

 まるで嵐のような……そんな人物だった。

 

 ……にしても、今の失言ミスは、ダメだ。

 感情的になってしまうのは占い師として0点以下、俺の悪いところだ。

 これは……反省だな。もう二度と、あんな失言しないよう戒めなければ。

 

 二度あることは三度あると云うし、な……。


 

 

 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 

 

 ふと、気が付くと辺りが急に暗くなっていた。


 今にも振り出しそうな曇天色。


 宿屋の夜の仕事もあるし、今日はお開きにするか……。


 俺は早々と片付けを済まし、宿屋への帰路に着く。

 帰り道の街道は相変わらず、鼻が曲がるような、悪臭が立ち込めていた。


 ん……?

 

 路地裏で倒れている人がいる……。


 ホームレスか?


 「――おい! あんた大丈夫か?」


 声をかけるが、返事がない。

 駆け寄り、再度その身体を揺さぶる。

 

 息は……微かにしている……だが、明らかに体調が悪そうな様子。

 

 なんだ……?

 

 この顔から首に広がった黒い痣のようなものは?


(――な!!? ……これって、まさか……)

 

 俺の【神眼】に映り込む――。

 

 バットステータスの三文字。


 (……これ、ヤバくないか……)

 

 ―― ”黒死病” ――。


 遠雷が轟き、やがて空から降り出す雨。


 その中で立ち尽くす俺は。


 天を仰ぎ、ポツリと呟く――。

 

 「あれ? ……この街……詰んでないか……」



 

  〓:::〓:::〓:::〓:::〓:::〓:::〓:::〓:::〓:::〓:::〓:::〓:::〓:::〓:::


 

 

 あとがき

 

 お読み頂き誠にありがとうございます。


 久しぶりの長編物でお見苦しい点があるかもしれません。

 良ければ、コメント頂けると嬉しいです。


 今回の作品のテーマは。


 「読者に最高の経験をさせる」=「読者を神にする」です。


 今回の話は、これから起きること、その前哨戦でした。


 話の内容的に一番、ブラバされやすいセンシティブなところなので

 正直、予想外の難産でした(笑)

 

 この章では、少しづつ

 この駄目な主人公、オッサンが神へ至る様を

 その片鱗を描けたらと思います。

 

 『面白そう!』と思った方や誤字脱字報告等。

 コメント・感想と評価を頂けると嬉しいです。


 いつも いいね される方ありがとうございます。大変励みになっております。

 

 


 

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