第9話 宗教勧誘はお手のもの

 

 昼休み、自由時間。俺は街の散策することにしていた。

 とにかく、今欲しいのはこの都市の情報だ。


 辺境都市<ボンペイ>の整備された主要の街道。周囲は中世のヨーロッパのような風景が広がる。

 

 そして……それは。

 

 時おり風に乗って、大通りまで立ち込める悪臭。

 裏路地には山のように積み上がったゴミ溜め。

 そんなところまでそっくりだったのである。


 表通りは綺麗なんだけどなぁ……。

 

 ひょっとして……ゴミを収集する行政機関とかないのか?


 そんなことを考えながらも俺は、ちょうどいいスペースを探していた。

 

 (うん、この辺で……いいかな……)



 ―― 【聖墳墓】Lv1 発動 ――



 俺は市場へと続く街道の路地裏で、宿屋から持って来た小さなテーブルと椅子を【聖墳墓】から取り出す。


 そして、それらを人前に見える形で設置、その準備を進めたのだった。

 

 (幸い、街道は人の賑わいがある……ここならいけそうだ!)

 

 

 「さあさあ! よってらっしゃい! 見てらっしゃい! 神からの神託によって貴方の人生を占うよ!」

 

 

 行き交う人が冷めた眼でこちらを見ていた。


 俺が今やっている事。それは路肩の占い師である。

 

 それは天草教団で働いていた時、宗教の勧誘の為、人相と手相の占いを少し勉強していたことがあった。

 

 あの時は兄貴からとんでもなく無茶な勧誘ノルマを押し付けられ……大変だった。

 連日、徹夜で教団内の勧誘マニュアルを作成し……休日返上で信者達に講座を開いてと……。


 不思議なものである。

 嫌な思い出も時間が経てば、いい思い出のように思えてくる。


 虚しい失笑が零れた。

 

 (きっと……これも脳の錯覚、洗脳の一種なんだろうな……)


 そう、俺には特筆すべき才能はなく、その上、要領も人より悪い……。

 よって自分の経験から出来ることを模索するしかないのである。

 

 ……使えるものは駆使して、即、実行に移す……それがビジネスの鉄則で――。


 今の俺が出来る唯一、最大の武器である。


 なお、この占いには利点がある。

 それは、最近、俺のスキル【神眼】が”Lv2"になったことと関係していた。

 これがゲームと同じ仕様なら、レベルアップの条件は熟練度だろう。

 つまり、他人のステータスを見れば見る程、成長するのである。


 この効果を利用し、人のステータスを見まくる。さらにその悩みを聞くことで、この都市の情勢、情報も手に入る……と、これは一石二鳥といっていいほどの都合のよい職であった。

 

 しかし……。

 ……占いを始めて小一時間。

 

 いくら待っても客が集まる気配はない。


 街行く人々の反応。この世界には占いを気軽にやるという文化が無い、そんな風に見受けられる。


(こんな時は、作戦を変えるか……)


 試食販売のテクニック。おばちゃんホイ!ホイ!作戦である。

 商売は、何よりも信用が第一になる。

 占いという怪しい商売なら、なおさら……その警戒心、最初の敷居が高くなる。

 そこで、長話しそうなおばちゃんを捕まえて店頭で話しこむ。

 ……すると、それを見た通行人は、『この店、人が入っている!なんだろう?』と錯覚させ、安心感を植え付ける手法だ。

 

 行列が出来ている店があると、なんか気になる、あれと同じ。


 疑似的なサクラ、客寄せパンダになってもらうのだ。


 おっ!さっそく、分かりやすく、悩みを抱えていそうな人が歩いているな……。


 まずは、『コールドリーディング』。外見から読み取れる性格を推察する。

 

 時をおり、立ち止まって考え事している妙齢の女性。

 歳は俺より少し、年上のお姉さんくらいかな?

 表情を見るに、気のよさそうな主婦?

 今はわかりやすく、眉間に皺寄せ暗い顔をしている。

 そして、特に目を引くのは彼女の服装だ。

 上品ながらも歳にとらわれないカジュアルなファッション。

 素人目でもかなりハイセンスな。まさしく……上流階級お金持ちの奥さんという感じを受ける。


 そして……ダメ押しの……。

 

 

 ―― 【神眼】Lv2 発動 ――

 

 

 ――――――――――――――――

 

 

 ~ ステータス ~

 

 

【名前】:アンナ・セカネス

【LV】:1 

【種族】:人間

【職業】:裁縫師

【年齢】:38歳

【状態】:健康 寝不足


【HP】:98/100

【MP】:8/20

【物攻】:G

【物防】:G

【魔攻】:G

【魔防】:G

【敏捷】:G

【知力】:D

【幸運】:C


【スキル】:【算術】Lv2 【料理】Lv3

      【農業】Lv3 【手芸】Lv9 【調合】Lv1


 

 ――――――――――――――――

 

 

 よし!これはいけそうだ!


 「……もし、そこの綺麗なご婦人……」

 「はい? ……わたしですか?」

 「そうです! そこの貴方です! 何か悩みを抱えていそうですね。良かったら、貴方の未来を視させて頂けませんか?」

 「……ええっと……」


 断りづらそうな性格も織り込み積み……更にここで!


 「なーに、初回は無料! お代はいりません! 良ければ一度、試してみて下さい!」


 敷居を大きく下げる。

 よくある初回無料。だが……タダより怖いのがこの無料である。

 

 「そうね……ちょっと、だけなら……」


 ――勝った。まずは第一関門、クリア。


 「ありがとうございます!それでは早速、手相を拝見させて頂きます。失礼!ふむふむ、なるほど……」

 

 手荒れの無い綺麗な手。薬指には結婚指輪。間違いなく、裕福な家庭の主婦だ。

 しかし、この服装。着飾ってもいない様子を見るに、貴族ではなさそうだが……。

 

 なるほど! 【職業】の欄 ”裁縫師” か……。


 「貴方は今、大きな闇を抱えていますね……」

 「ええっ!? 分かるんですか……?」

 「はい、手相にくっきりと!」


 当たり前である。占いを受ける=悩みがある、ということ。

 

 これは誰にでも当てはまる質問を行うことで、相手の信頼を得る方法『バーナム効果』である。

 それにしても、このお客さんは……ちょろ……いや……反応が良い、イケるぞ!

 

 次の質問は、どうするかな……。主婦の悩みの種と言ったら……。

 

 「そうですね、家庭……」

 

 手相占いの基本、抽象的な言葉選び『ストックスピール』である。

 瞬間、ご、人の眉が僅かに動く。

 

 ……ビンゴだ。


 「失礼ですが……ご主人とは……」

 「……凄いですね。……そこまで分かるのですか!?」

 「ええ、もちろんですよ……」


 俺はここまで明確な断言をしていない。

 正解は全て、このご婦人の口から導いているのである。


 「そうなんです……なんだか最近、夫の仕事が上手くいっていないみたいで……」

 「なるほど、それで夫婦仲が悪くなってしまったと……」


 主婦の悩みはたいてい家庭間にある。


 「はい、そうなんです。王都で”治療魔法師”として働いていた頃はまだ良かったですが……この都市に来てからというもの、その……お仕事が大変らしくて……」


 ん……? また、”治療魔法師”か?

 何処かで聞いた話だな?

 

 「占い師さん、私は夫に何をしてあげれば良いのでしょう?」


 つまり、夫の仕事が上手くいかず、それが原因で家庭環境がギスギスしているということか――。


 ここまでの彼女の性格から推察するに、少し流されやすい性格のように感じる。

 

 「そうですね、確かに旦那様は今、運気の悪い所に入ってます」

 「やはり、そうですか」

 「しかし、止まない雨はないのと同じで時期、運気も上がると思いますよ」

 

 その言葉を聞いて、彼女の顔が少し明るくなった。


 「まあ、それは! 良かったです!」

 「大事なのは、旦那様が大変な時期にいらっしゃることを理解してあげることです」

 「なるほど……」

 「それから夫婦でよく話し合うこと。貴方自身があまり気負わずに、まずは何気ない会話から始めてみるといいですよ」

 「なるほど……何だか気持ちが軽くなってきた気がします……」

 「それは良かった! もし、また心が重くなってしまったらいつでもお越しください……私はこの時間帯、この場所にいますので」

 「それは良い事をききましたわ。その時は是非、利用させて頂きますね……」


 そう言うと、ご婦人は以前とは少し違う、晴れた顔を覗かせ席を立つ。

 

 俺は最後まで丁寧、かつ紳士的に見送る。

 これは占いというよりはカウンセリングだが……。

 

 手ごたえはあった。

 

 あの婦人はまた来てくれるだろう……。

 

 ――そう期待して、俺は席へと戻るのであった。


 

 「――次、いいか?」



 

 

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 あとがき

 

 お読み頂き誠にありがとうございます。


 久しぶりの長編物でお見苦しい点があるかもしれません。

 良ければ、コメント頂けると嬉しいです。


 今回の作品のテーマは。


 「読者に最高の経験をさせる」=「読者を神にする」です。


 ある、宗教の勧誘にはマニュアルがあり、その中では手相や、人相学の勉強もする。


 そんな噂があるそうです。

 

 『面白そう!』と思った方や誤字脱字報告等。

 コメント・感想と評価を頂けると嬉しいです。


 いつも いいね される方ありがとうございます。大変励みになっております。

 

 


 

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