第8話 ”家庭のユートピア”という地獄


 『見なさい。ここにわたしの母、わたしの兄弟がいる。神の御心を行う人こそ、わたしの兄弟、姉妹、また母なのだ』 ―― マタイによる福音書 3章 34ー35節 ――


 

 「なにやっているだい! 二十一番テーブルだよ!」


 朝の営業時間。冒険者達の声で賑わう店中で、宿屋の女主人 エバ・デュワーズ の叱る声が飛ぶ。

 

 「はい! すいません!」

 

 彼女のまるで見た目はお菓子のパッケージのおばさん、うどんを作らせたら天下一品のようなどっしりとした体形の女性だった。


 「えっと……二十一番……ここだ! お待たせしました!」


 焼きたてのパンの香りが漂う中、俺は言われるまま料理を運ぶ。

 もつれる足、混乱する頭。

 飲食店のバイトなんて、何年ぶりだろうか?


 東奔西走、汗だくで右往左往する俺に――。


 「うわぁ、ダッサ! おじさん、ほんとにとろいね……」

 

 横から、少女のグサッと刺さる一言。

 

 (くっ! ……ぐうの音もでない……)

 

 小気味に動く、栗色のポニーテール。丸顔、目のぱっちりした黒い瞳。

 おっさんの俺とは違い、要領よく給仕の仕事をこなす可憐な少女。

 

 「マルタちゃん! こっちもおかわりもらえるかい?」


 「はーい! ただ今ー!」

 

 ハツラツとした若さ輝く、宿屋の看板娘 マルタ・デュワーズ である。

 この子は宿屋の女主人の娘さんで、見た目は小動物のような印象の可愛いらしい娘……。


 だが……。

 

 「もうちょっと、仕事を覚えなよ! お・じ・さ・ん♪」


 くそっおお”おお!! 腹立つな!!!

 

 その人を馬鹿にした態度、悪戯な仕草がひじょーに腹立しい娘だった。

 いやでも、わからされてしまう……定年退職後のお爺さんがコンビニレジのバイトで、女子高校生に、あしらわれる気持ちが!


 俺はこんな異世界まで来て、一体何をやっているのだろうか……。

 

 

 

 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 

 それは数日前の事……。


 俺は冒険者のアレク達の勧めにより、ここ『黒猫の寝息亭』に宿泊していた。


 『野良猫の寝息亭』とは宿泊施設と飲食店の両方を営業する宿屋である。

 この宿屋の女主人 エバ・デュワーズ は、主人が戦争へと行って帰らぬ人となって以来、女手一つで働き、娘とこの宿を切り盛りしているらしい。

 

 なんとも……まあ……泣ける話。

 

 なんでも……この宿屋の仕事は、力仕事も結構多いらしく、男手が足りない……。そこで、ちょうど職に困っていた俺は……暫くの間、ここでバイトさせて貰うことなったのである。


 飲食店の給仕の仕事は早朝と夕方の二回。

 更に下宿代を無料にして貰える上に、二食の賄い付き、その上、少ないながら給金も出るという内容で。

 今の俺には大変にありがたい仕事だ。

 

 怒涛の朝営業を終え、俺はヘトヘトになりながら席にもたれかかる。


 慣れない仕事に結構な肉体労働。


 まだ、34歳なのに情けない……。


 そんな老いに打ちひしがれている俺に。

 追い打ちをかけるかのよう、 マルタ少女 の活発な声が聞こえてきた。


 「はい! お待たせ!」


 突っ伏した俺の目の前に置かれた手料理。賄いはいつも、彼女の担当である。


 「なっ――!!!?」


 彼女の作った料理を見て驚愕する。

 なぜなら、この日の賄いのメニューは、俺にとっては良く見慣れた卵料理だったからだ。


 これはオムレツ……なのか?


 「なにー? その反応……」


 そう、不信そうな顔を覗かせ、皿を下げようとする。

 そんな彼女に俺は必死で誤り、なんとかお預けを阻止した。

 

 「ちなみに今日は私の新作料理だから♪」

 

 えっ……この世界にもオムレツとかあんの?


 と、不思議な顔をしていると――。


 「まあ、食べみなよ!」とスプーンを渡し、得意げな顔で勧めてくる。


 突くと中からとろ~り半熟卵が溢れだす。


 それは間違いなく、ふわっふわ、とろっとろのオムレツ。

 

 「毎日、料理作って貰って幸せ者だね! お・じ・さ・ん♪」


 あざと……可愛……いや、うぜぇ……!!

 

 お前は俺のオカンか!?

 ちょっと、若くて可愛いから調子に乗りやがって!


 なんか、餌付けされるペットの気分……。


 「お味はどう?」


 屈辱を味わいながらも一口……。


 「……美味っ!」


 その驚きがついに顔に出る。


 それを見ていた彼女は「そっ! ……それは良かった……」と、満足した表情を見せ、台所へと片付けをし、戻っていったのだった。


 いやー、まさか……またオムレツが食べるとは……。

 

 その味に舌鼓しつつも、『野良猫の寝息亭』自慢のパンと一緒に愉しむ。

 この世界では黒パン、ライ麦パンが主流だが、『野良猫の寝息亭』パンは白パン。料理の付け合わせとして絶品だった。


 さすが、アレク達おすすめの食事処だな。

 

 それに、この卵料理オムレツ

 

 これ……赤いソースで♡でも描いて『お帰りなさい、ご主人様』言っておけば、この異世界でボロ儲られんじゃね?


 まあ、その時は、日ごろの恨みを込めて マルタ には絶対にメイド服着させよう!


 と、安直な思考を巡らしながら、夢中で完食したのであった。

 


 (ふっー、食べた、食べた! おかみさんも買い物に行っているし、昼の自由時間どうすっかな……)

 

 そんな事を考えていると――。

 

「そんなものいらない!」


 突如、 マルタ の怒鳴り声が店内に響き渡る。

 

 ――何だ……?

 

 その声は宿屋の裏手口から聴こえてきていた。


 「そんな高額なもの買うお金なんて……うちにあるわけないでしょ!」

 「いいえ、 マルタ ……よく聞いて! うちには悪魔が憑りついているの、だから、うちは不幸なことが続くのよ……」


 どこかで聞き覚えのある常套句。

 まるで誰かから刷り込まれたかのような言葉である。

 これは……なにやら、きな臭い……。


 今、店内には俺しか大人はいない。

 これは出ていった方がいいのかな……。


 そう、思いつつ、そっと様子を見に行くと――。

 

 ん……。


 そこには マルタ が、一回り成長したような綺麗な女性。

 

 栗色のロングウェーブヘア。大人っぽく落ち着いた印象に濃いめのメイク。

 アクセサリー等の装飾品で着飾る様は、SNSにリア充アピールする女子大生みたいな感じを受ける。


 いかにも父 天仙 が好きそうな見た目の女性だった。


 「お姉ちゃん、いい加減、目を覚ましてよ!」


 涙目になり、訴える マルタ 。

 珍しく自暴自棄になっているようにも視える。

 

 「もう、帰って!」


 そう言って、実の姉を無理やり、追い出して扉を閉めたのだった。


 (……えらいものを見てしまった……)

 

 そう壁越しに一部始終を覗く、俺と――。


 「 「あっ、…………!!?」 」


 マルタ の泣き顔が――。


 瞬間、目が合ってしまった。


 頬を真っ赤に染め、涙を拭う彼女を、大人として放っておく出来ない俺は……。


 そのまま店内で事情を聴くこととなったのだった。


 

 

 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇




 それは、彼女がまだ、幼い頃。

 父が戦争で亡くなって以来、姉 ラウニ は家の手伝いをよくする、家族思いのお姉ちゃんだったらしい。

 

 きっかけは商人組合の勉強会。

 姉 ラウニ 達は平民だったため、宿経営の売り上げ計算や帳簿など出来ず、本格的に学ぶため、その勉強会に通い始めた。


 そこから少しずつ、姉の様子がおかなっていったのだと彼女は云う――。


 最初は、毎日の御祈りから始まり……徐々に誕生日を祝うことが悪魔の儀式だと言い始め……『このままでは楽園にいけない……』と口ずさむようになっていた。

 その頃から、何をするにも儀式を優先するようになり、仕事をサボる日が増え始め……。

 そして……ある日、店の売り上げを勝手に教団に全額寄付してしまったのだという。

 それが原因となり、母親との喧嘩。そのまま家出してしまったらしい。


 (あー、なるほどな……これは……典型的な洗脳だ)


 この話は俺にとって耳が痛い。

 なぜなら、俺はどちらかと言えば、騙す側にいた人間だったからだ。


 さらにマルタの話では……。


 最近はちょくちょく家に帰って来ては、『これを買わない?』と、金をせびりに来るのだという――。


 「ねえ……おじさん……私は……どうすればよかったのかな?」


 いつも元気にからかってくる生意気な態度とは違う、しおらしい少女。

 その姿に俺は困惑していた。


 長年、信じていた物を否定するのは難しい。


 どんなに本気で訴えても姉は宗教から抜け出せないだろう。

 

 悪徳宗教はまず、最初に家庭を狙う。

 世俗との切り離し、教団の言いなりにさせるため、”家庭のユートピア”というわけのわからない幻想を刷り込ませるのだ。


 最初は些細な事から始まる。


 科学調味料を摂取してはいけないだとか――。

 教団外で恋愛をしてはいけないとか――。

 そうやって、個人の自由を少しずつ制限するのだ。


 そして、「教えに従わないと悪いことが起きる」という脅迫感を芽生えさせ、全ての元凶を悪魔の仕業にする。


 結果、起こるのは、正しさの押し付け合い、教団内という狭い社会からの虐め……迫害だ。


 もし、ルールを破った人は他の信者から『あいつは悪魔が憑りついている』と言われ、無視される。

 そうやって、ルールを破ったらこんな罰が起こるぞ、と晒し者にし……それは私の身にも降りかかるかもしれないと、恐怖心を煽るのだ。


 こうして、宗教の社会から切り離されることで迫害された人は、あたかも全ての社会から切り離され否定された心理に陥る。その中には自殺する信者もいる。

 『社会復帰するには真人間、正しく生きなければ駄目だ……』と、いつの間にか、そんな感情から『罪を許されるためには神様にご奉納しないといけない!』という気持ちになっていく。


 いわゆる、これが洗脳のトリックだ。


 十中八九 。その寄付金は、銭ゲバ教祖の高級スーツ、高級時計にとけているとも知らずに――。


 しかし、俺は内心、ほっとしていた。

 

 妹の マルタ がこれだけしっかりしていたら、家庭内の洗脳はまず、おきないだろう。


 いや、救われたと言っていいかもしれないな……。


 小さな少女だが、おっさんの俺よりずっと、芯が強い子だ。


 俺は彼女の頭を撫る。

 

 「な、な……何すんの!?」


 恥ずかしそうに悶える マルタ 。

 

 「いや、なんか……頑張ってんな! と思って……」

 「バカじゃない……のオジサンのくせに……」

 

 俺は、彼女の罵詈雑言を大人の余裕で躱しながら、頭を撫で続ける。


 その時――。


 ん? ……もしかして……あれ……使えるのでは?


 と――俺は、とある妙案を思いつくのだった。






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 あとがき

 

 お読み頂き誠にありがとうございます。


 久しぶりの長編物でお見苦しい点があるかもしれません。

 良ければ、コメント頂けると嬉しいです。


 この作品はフィクションであり、実在の人物・団体・事件などとは一切関係ありません。


 繰り返します。


 この作品はフィクションであり、実在の人物・団体・事件などとは一切関係ありません。

 

 『面白そう!』と思った方や誤字脱字報告等。

 コメント・感想と評価を頂けると嬉しいです。


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