第6話 次死ぬなら……格好良く死にたい

 


 漂う意識の中、ガタン、と地面が振動する。

 頭部に当たる柔らかな感触と甘美な花の香りが、安らかな起床を促す。

 

 「あれ……俺は……?」


 徐々に鮮明にとなる視界……ぼやけた輪郭……若い女性の顔が浮かび上がり、碧い綺麗な髪が揺れていた。

 

 「……お気付きになられましたか?」


 癒されるようなおっとりとした声色、日本語……。

 

 ふと、気が付くと――俺の頭部はその女性の膝の上だった。


 「なぁあぁぁあ”あ”ああああ!!?」

 

 驚き、起き上がる俺に、ニッコリと微笑む彼女。

 それは……まるで天使のよう笑顔だった。


 「……ここは!?」


 辺りを見渡すと、どうやら荷台――帆馬車のテント内。

 周囲には彼女の他にも男女二人の冒険者達が座っていて、こちらの様子をジッと窺っていた。


 (どうやら……俺はずっと眠っていたのか?……)


 そんな飲み込めない状況の中……唐突に若い剣士の口が開くのだった。

 

 「良かった! ……回復魔法が効いたみたいですね!」

 

 明るめの茶色短髪ブロンズショートヘア紫色アメジストの瞳に柔和な笑顔を見せる様は異国の顔立ち。

 歳は20代前半のくらい、清潔感の漂う大学生のようだが、彼の身に着ける軽装備の甲冑がいかにも冒険者っぽい。

 そして、何よりも目を引くのがこの美形……。まるで少女漫画の主人公のようであった。

 

 この男に身を覚えがある。

 確か、あの獣に襲われていた時、最前で剣を振るっていた冒険者の一人だ。


 「俺の名は アレク・ネノス です。<ボンペイ>の冒険者で、この<白鷲の鉤爪グリフォンクロー>のチームリーダーをやっています」


 と、アレクはハキハキとした口調で語りだす。


 (良かった……一通り、言葉は通じるようだな……)

 

 ひとまず、コミュニケーションを取れることに安堵しつつも。


 <ボンペイ>? <白鷲の鉤爪グリフォンクロー>?

 

 と、訳の分からない言葉の連続に、頭の中は酷く混乱していた。

 

 「そして、こちらが……仲間の……」

 

 彼はそんな俺を置き去りにして、次々と冒険者の仲間を紹介するのだった。


 いかにもスポーツ女子のような褐色の肌に軽装備の服装。

 足には包帯が巻かれ、物静かに座っている若い美女。

 彼女の名前は ジュリー・エネル 。どうやら冒険者パーティーの援護・支援攻撃、弓使いの役らしい……。


 「……どうも……」

 

 彼女は一言発した後、一度、会釈しただけで無言になる。

 アレクの話では彼女は人見知り、とのことだった。


 そして、もう一人……。

 

 帆馬車の幌の隙間から見える御者台。そこに座るぽっちゃりした体躯。

 温和そうな顔立ちの重装備の若い男 冒険者パーティーの盾役 ステイン・クルス 。


 「よろしくだべぇよ!」

 

 そう田舎訛りの抑揚、おおらかな声色で挨拶する。

 彼の手には手綱が握られていて、その視界の先には、帆馬車を引く白い毛並みのダチョウのような生き物。

 ステータスの名前には駆鳥コンドバートとある。


 (……やはり、見たことのない生物だなぁ……)

 

 俺はこの物珍しい状況に、思わず喉を鳴らす。

 ここは最早、俺の知っている世界ではないのだと、改めて実感していた。

 

 「……で、彼女が”治療魔法師”の リア・アルネーゼ です」


 最後に挨拶してくれたのは献身的に介抱してくれた女性である。


 綺麗な蒼いサファイヤ髪。アレクと同じ紫色アメジストの瞳に整った顔立ち。

 ちょこんと座った彼女の脚。ふわりとしたプリーツのミニスカートの絶対領域から見える健康的な白い肌。

 その上品で魅力的な微笑みに……俺はすっかりその姿に目を奪われていた。


 「俺……いや私は……カミヒトです。どうぞ、よろしく!」

 「カミヒトさんですね……この度は危ないところを助けて頂き、本当にありがとうございました……」


 そう言って、リアが俺の手を握る。


 (うわぁ……近っ!!)

 

 柔らかな手の温もり。

 ――戸惑う俺に、あでやかな微笑みを見せる。


 「貴方は私の恩人です……」

 

 その深謝に……つい、顔が綻びそうになる。


 「……いや、……その……お礼を言われることは……何も……」

 

 俺は照れを必死に隠し、謙遜していると――。

 

 「そんなことはありません!」


 そう、彼女は顔を近づけ、真っ直ぐな瞳で語りかけてきた。

 

 (ああ……そうか、そうだったのか……)


 「……ホントに……」


 (神は……見捨ててなどいなかった……)


 「感謝してもしきれないです……」

 

 (彼女こそが……ヒロインなのか……)


 そんな肥大した妄想に胸を膨らませていると……。

 俺のもう片方の手をアレクが同じように握ってくるのだった。

 

 「俺からもお礼させて下さい!貴方が身を挺して頂いたおかげで……リアは助かりました……本当にありがとうございます!」


 ん……。


 真剣な眼差しの青年アレク


 ……。


 二人共、同じポーズで感謝を述べてくる光景。


 俺は二人の顔を行ったり来たり見返し、固まる。

 

 ええ……っと……。


 大人の直感がピーンと冴え渡る。


 あっ……あー……なるほど。


 美女とイケメン……お似合いな二人。

 

 そして、さらば!俺の青春。

 

 ――って……。


 恥ずっっいい!!!! ……いい年こいて勘違いも甚だしいぞ!!俺!!

 

 「……しかし、驚きました……もの凄い怪我でしたが……」


 もう、嫌だぁぁあ”あ”あああああ!!!


 誰か俺をもう一度、殺してくれぇぇええぇえ”え”えええ!!!


 「……傷口がたちまち塞がってしまうなんて……」

 

 糞がぁぁあ”あ”あああああ!! 俺はもう、二度と勘違いしねぇぞ!!神に誓う!!

 

 心の中で発狂する俺――。


 それとは対照的に帆馬車の外は牧歌的で、のどかな草原風景がどこまでも広がっていたのだった。

 

 「……もしかして、カミヒトさんもリアと同じ”治療魔法師”なんですか?」

 

 そう、アレクが突然、質問してきた。

 

 ……治療魔法師? 魔法?

 そんなものが無いんだが……?

 

 そこで俺は初めて気が付く。

 

 自分が今、着ているボロボロの布切れ――『聖骸布』。

 そのステータス欄には、『聖骸布』……装備すると72時間に一度だけ復活――と記載され、その後ろには使用可能まで残り69:39:38、37秒……の文字が追加されていた。

 

 そういえば、俺が無事だったのって……この『聖骸布』の能力か?


 (……なるほど、これは状況を一度、整理しなければならないな……)


 そこでようやく、俺は落ち着きを取り戻すのだった。

 

 今、やるべきは……この世界の情報を手に入れることだ。

 その為にはアレク達から話を聞き出さなければならない。

 とりあえず、俺は……彼らの話に耳を傾け、口裏を合わせることに専念した。


 「そ、そ、そうなんですよー、全くの奇遇ですね……ハハハ」


 それから……俺は、彼らの会話の端々からこの世界の情報を聞き出すことに成功したのだった。


 今、俺がいるこの国は<コステリヤ神聖王国>という大国で、この帆馬車の行先は北東の辺境都市<ボンペイ>と云うところらしい……。

 更にこの世界には魔獣や魔法のある、ファンタジーっぽい世界だということも分かった。


 しかし……先程襲ってきた、デカい猪みたいな獣……。

 あんな獣がウロウロしていたら、今の俺では命がいくつあっても足りない。

 

 やはり、今の俺には冒険者は無理だな……。

 悟るようにそんな事を考えていると、アレクが続けざまに質問してきた。


 「ここ、辺境の<ボンペイ>まで来られた理由って……もしかして、アレですか?」

 「アレ……?」

 「ご存知ありませんか? <ボンペイ>の領主 ルクモレン伯 の御触れの件ですよ。なんでも、国の各地から”治療魔法師”を募集していて、高待遇で雇ってもらえるそうですよ。カミヒトさんもその噂を聞いてこちらまで来られた、その一人では?」

 

 ”治療魔法師”を募集している?なんで、だろう?

 まあ、いいや……ここも、上手く口裏を合わせておくか。

 

 「そうそう、そんな噂を耳にしてきたんですよ! いやーほんと偶然ですね……」

 「やはり、そうでしたか!」

 「しかし、私も途中であの獣に襲われまして、所持品を全て失ってしまったんですよ……いやーお恥ずかしい……」

 「それは、災難ですね……そうだ! 良かったら、これ受け取って下さい!」

 

 そう言って、アレクはおもむろに子袋を手渡す。

 

 「なんだろう、これは?」と疑問に思いつつ、袋の中を確認すると――。

 中には沢山の銀貨や銅貨がぎっしりと詰まっていた。

 

 「――な!!? ……これは受け取られないですよ……」


 焦り、遠慮する俺に、彼は爽やかなイケメンのスマイルを見せるのだった。


 「これは、ほんのお礼です。それに今回は予想外の魔獣討伐で思わぬ収入ができたので、それぐらいは全然、大丈夫ですよ!遠慮せず受け取ってください!」


 俺は彼らの表情を見渡し、確かめる……。

 皆、了承済み、快諾している様子である――。


 (くっ! 確かに今、一文無しで、このお金は喉から手が出るほど欲しい……が……)


 和気藹々とした彼ら、冒険者チームの雰囲気。


 (……違い過ぎる……)

 

 このアレクという青年は、爽やかイケメンで、なおかつ仲間からも信用される上、優しい――と。


 (……同じ人としての器、格が……)


 こうして俺は……。おそらく年下であろう彼に完全敗北をしつつも……。


 「そうですか……それなら……ありがたく使わせてもらいますね……」

 

 と、俺は素直に受け取った。

 

 そして、密かに決心する。


(この借りは絶対に返すぞ! 俺の自尊心の為にも……何が何でも……)


 そう、心に固く誓うのだった。

 

 ……その後も彼らとのたわいない会話は続く。

 

 そうこうしている内に帆馬車は……。


 「お、そろそろ見えてきましたよ!」


 その目的地へとたどり着くのであった。





 


 〓:::〓:::〓:::〓:::〓:::〓:::〓:::〓:::〓:::〓:::〓:::〓:::〓:::〓:::


 

 あとがき

 

 お読み頂き誠にありがとうございます。


 久しぶりの長編物でお見苦しい点があるかもしれません。

 良ければ、コメント頂けると嬉しいです。


 今回の作品のテーマは。


 「読者に最高の経験をさせる」=「読者を神にする」です。


 ここまで、全く運のない主人公ですが安心してください。

 大きな波の前の引き潮です。


 この作品には、主要キャラ、モブ含め、多く作成しました。

 どのキャラも今後、活躍しますので楽しみにして頂けると幸いです。

 

 『面白そう!』と思った方や誤字脱字報告等。

 コメント・感想と評価を頂けると嬉しいです。

 

 いつも いいね される方ありがとうございます。大変励みになっております。

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