第7章 父の想い
第15話 帰宅
朝になるとユキも起きて朝食に帰ることにしたらしく、隣のベーカリーでジャムとパンのセットを買って自宅へと戻っていくのが見えた。
アンは自作しているジャムの材料の果物と砂糖を買いに行こうとメモをして、散歩がてら歩いて行こうと考える。
その前に溜まっている洗濯物を一気に片づけることにした。
自分の洗濯物は自分で行うということが学院に入学する前年から決まりが作られている。
洗濯物を洗ってから裏庭にある物干し場で乾かすことにしている。
盗まれそうな下着類に関しては屋内の風通しの良い場所で干し、すぐに玄関に置かれてある新聞や手紙などを宛名ごとに振り分けて机の上に置いておくことにした。
ラジオをつけて陽気な音楽と共に昨日から今日にかけてのニュースが流れてきている。
特に国王夫妻の末っ子であるアリソン第一王女が王立第一学院を卒業し、本格的に公務に参加することなどを流れてきている。
エリン=ジュネット王国に関してはもともとエリン王国とジュネット王国という二つの王国が一つになった国という経緯がある。
アレクサンダー四世とルイーズの婚姻は双方の国王、女王の伴侶ということになるため国王夫妻または女王夫妻となる。
アンが暮らしているのはエリンの方なので国王夫妻となっている。
アリソンは幼い頃はジュネットで育ち、学院は魔法などを学ぶために王立第一学院に在籍していた。
たまに王立テレーズ学院にも短期で在籍するなどをしてそれぞれの魔法関連の授業を受けていた。
そして、王室からおめでたいニュースが流れてきた。
三年前に結婚したエドワード王太子がレオンティーヌ妃との間に第一子となる男の子が誕生したことだ。
名前もヘンリー・ジョージ・アーリントン=ジュネットとなり、かなり早い段階で報道されている。
すでに新しい王位継承者の誕生には国民たちもお祭り状態になっているようだ。
アリソンは王位継承権第五位へ変わったものの、初めての
子どもが好きな彼女のことだから、かなり溺愛するかもしれないと考えている。
「アリソンも叔母さんか……とてもうれしいんだろうな」
兄の妻であるレオンティーヌ妃との関係はまるで姉のように慕っているようで、不仲説も出ていたそうだが全くそんなことはないと公務でアピールしていた。
そんな
もう一つ今年は次兄のジョージ第二王子がブロワ公爵令嬢リュシエンヌとの婚約が決まり、半年後の十月に挙式を行うことが発表されている。
国内はしばらくお祝いムードが続きそうだと考えるなかで、子どもの頃には笑顔で話していると話しているようだ。
そのときに父から連絡が来た。
「もしもし? お父さん!」
[おお、今日の昼にアリ=ダンドワに着くよ。いま列車に乗ったところだ]
「わかった。迎えに行くからさ、待ってるよ」
[うん。今日から明後日まで休暇をもらったから]
「わかった」
アンは朝食を食べてから昼までに家の掃除などをしてから外に出ることにした。
オフホワイトのワンピース、紺色のミニジャケットとコートを羽織っていくことにした。
髪は一つに結うことが難しいので下ろしたままで向かうことにした。
ピアスは成人祝いでもらった桜色の宝石で花の意匠が作られているもので、きれいな輝きを持っているので目を引く。
「よし。行こう」
小さなカバンを持って今日は休日でもあるので青果市場のある西区の下町へ向かうことにした。
下町と呼ばれる地区は昔から市場となっている場所でテント市場と隣接しているので市場街とも呼ばれている。
安価な青果や野菜などが買うことができるので、周りの住民たちはこぞって買いに来ている場所だ。
「すみません。旬の果物はありますか」
「ああ、ちょうど出来の良いイチゴが入っているよ。こういうのはどうかな?」
そう言って店の主人は粒の大きいイチゴを取り出して見せてくれた。
「それじゃあ、イチゴのジャムを作る量をください」
「まいどあり!」
それから砂糖も市場で手に入れて一度自宅に戻ってから、ウィリアムが帰ってくるであろう時刻になるとアリ=ダンドワ駅へ向かうことにした。
アリの中央大通りの終点、赤レンガの駅舎のなかに入ると大きな吹き抜けになる。
目の前にあるのは大きな改札で十人以上の駅員が切符を切ったりしているのが見える。
ホームに出迎えや見送りに行く際にも専用の白い切符を買い、なかに入ってコールドグラウンド地方方面の出発する五番線ホームに上がる。
ちょうど着いた蒸気機関車の後ろの客車から人々が降りてくるのが見えた。
その人波を裂けるようにベンチに座っているときに、見慣れた黒いコートの下に紫紺の陸軍の制服を着ているウィリアムがいた。
アンは立ち上がって手を振ると笑顔でこちらに歩いてきていた。
「お父さーん」
「おお、アン。ここにいたんだ」
「おかえり。大変だったね」
「すまない。卒業式と卒業パーティーに行けなくて」
「良いの。天候なんて神のみぞ知るから、こればかりは仕方ないよ」
「でも……晴れ姿を見たかったよ」
それを言うと一枚の写真をウィリアムに見せた。
「これ、卒業パーティーのときに四年生の卒業生に作ってもらったんだ」
「すごいな。まるで絵みたいだ」
金色の装飾が美しい壁を後ろにしてローズレッドのドレスを着たアンが微笑んでいる。
その隣には金髪に若草色の瞳、陸軍の漆黒の礼装を着たヴィクターがそばに寄り添っている。
二人はとても寄り添うような写真になっているが、それを見てウィリアムは無言で返した。
「どうしたの? お父さん」
「いや……まさかな」
逆にこちらを向いているときの表情が険しくなっていくのが見えた。
アンは思わず冷や汗が流れてくるなかで、ウィリアムの方を罰が悪そうに見つめていた。
「だから何? 別に自分のことなんだから、ほっといてってば」
「何が自分のことだ。スミスとつきあってるとかじゃないよな⁉」
そのことを聞いて頬を染めて言葉を失って、頬を隠すように両手を添えてしまう。
図星だが絶対に彼には知られたくないと感じていた。
そんな娘の姿を見てウィリアムは青ざめていくのを見て、改札を出てから家に帰るとコーヒーを淹れて机にカップを置くときにいら立ちが出ているのがわかった。
「ありがとう。お父さん」
「アン。さっきのことだが、まさか本当じゃないよな?」
「本当だよ」
それを聞いてウィリアムは大きなため息をつきながらため息をつく。
(覚悟をしていたが、ショックが大きいな)
ヴィクターへのまなざしが憧れなどを抱いているように見えたが、それが現実だと知るととてもショックだ。
しかもヴィクターは信頼している部下とはいえ娘をかっさらう側の人間だとわかると、とても複雑な心情を抱いてしまう。
「お父さん」
「いや、ちょっと待ってくれ……ショックが大きくて」
「うん」
ウィリアムのショックを受けている姿をしているのを見ると、アンは心配して彼の方を見ていた。
(どうしよう……、大丈夫かな)
「お父さん……」
「良いんだよ。俺は反対しているわけじゃないよ。ただ驚いているだ」
「でも」
「彼はアンが想像しているようにいいやつだ。でも、交際の申し込みに来るならば、俺は全力で妨害するぞ」
そのときのまなざしは本気でそれを実行しようとしているのを見て、アンは思わずそれを聞いて不安になってしまう。
(これは本気だ……)
それからウィリアムは疲労とショックもあるのかすぐに部屋に入ってから、翌日まで出てくることはなかった。
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