第6章 想いが重なる

第13話 陸軍中佐と想い人

 パーティーが始まってからは夕食を食べつつ、在校生や恩師と歓談をしたりする時間になっている。

 なかには陸軍の礼装が気になる男子学生がこちらをチラチラと見つめているのを見ている。


 この服を着ている男性が目の前にいたら、釘付けにしてしまうと自分でも思っている。

 なので会釈をすると、向こうは嬉しそうに会釈を返している。


 ヴィクターは料理を食べながら同伴者たちの輪の中でアンを見つめていた。


 片想いをしている年下の女性は同級生や制服を着ている後輩たちとときどき笑みを浮かべながら語り合っているのが見えた。


 ときどき自分を見ながら話し込んでいるのを見ると、アンがエスコートされてきた謎の軍人について問い詰められているようだ。


 楽しそうに話しているのを見つけるが、少しだけ遠くから見守ることにした。


(アンさん、楽しそうだな……)


 この光景を見ると平和な時代だと感じる。

 幼い頃から戦争を経験していたヴィクターにとって、平和が訪れるまでに大きな犠牲を払ってきている。


 それはアンも同じであるが、大きな影響があったのかもしれないと考えている。


 母から亡くなる前に父のことを聞き、弔うことができたのは偶然だったかもしれないと感じている。


 すると室内管弦楽団オーケストラが演奏を始め、円舞曲ワルツのメロディーが聞こえ、在校生と卒業生問わずに踊り始めようとフロアの中央へと歩いている。


「誘ってみるか」


 そうしてヴィクターは彼女を誘うために探し始めることにしたのだ。


 卒業生は盛装をしているので見分けるのがとても大変な状態になっている。

 ワルツを踊っている間にも女性たちがヴィクターの方へと進もうとしているのがわかる。


「まずいな……これでは少し身動きがとりにくいな」


 そのときだった。

 腰に少し細いリボンがついているローズレッドのドレスを着た女性だ。


 黒髪には同じ色のバラの髪飾りに緋色の髪紐が揺れているのが見え、それがアンと言うことがわかった。


「あの、わたしは良いので」

「アンダーソンさん。ぜひ俺と踊ってください」

「ごめんなさい」


 同級生にしつこく誘われているため、彼女を救うべく肩を優しく抱き寄せるように引きはがす。


「申し訳ございません。彼女は私と踊ることになっているのです」

「そうですか……すみません」


 そう言いながら男子学生は次の女性に声をかけようと反対方向へと向かっている。

 そんななかで肩を抱いていたアンは顔を真っ赤にしてこちらを向いていた。


「あのスミスさん……」

「あ、すみません」


 自分もドレスアップしたアンを見てから心臓の鼓動が落ち着かせてはいるが、一向に収まる気配がないことに不安を抱きながら待っている。


 何度か経験しているはずの感覚なのに今回は一層強い。


「アンさん」


 白手袋の上から感じるぬくもりを確かめながらアンから離れる。

 そして、彼女の前にまるで騎士のように手を差し出して笑顔で語りかけたのだ。


「俺と踊ってくれますか?」


 その言葉を聞いて彼女は頬を赤く染めながらうなずいて手を取った。


 それから二曲目の円舞曲が流れ始め、共にフロアの端で踊り始めることにしたのだ。

 相手の背を右手で添え、左手は相手の右手を軽く握る姿勢になる。


 自分の右腕にはアンの左手が添えられているが、それも緊張してしまうのを抑えて踊り始めるとその気持ちは消えていく。


「スミスさん。踊るの上手ですね」

「ええ。母が元気なころによく踊っていましたから、それは覚えているんですよ」

「そうなんですね。わたしは……従妹いとこに教わりました。でも、いざというときはあまりなくて」

「こういった場でないとだめですよね。俺のリード、大丈夫ですか?」

「はい。とても安心して踊れます」


 円舞曲を踊るときはターンやステップをするときにドレスのスカートが優雅に膨らむ。

 そして、彼女の髪飾りに使っている髪紐も円を描くように浮いている。


「その髪紐、良く着けていますね」

「お母さんの形見なんです。ずっとつけていた組紐と言うんです」


 そのようなことを聞くのは初めてだったが、とても嬉しそうに話している。


 アンの話を聞くと亡きサクラノミヤ大尉がつけていたものだと気が付いた。

 ヴィクターはそれを懐かしむように彼女を見つめた。


 目の前にいるのは頬を染めながらも、慣れてきたようにいつもの表情になっている。


「そうだったんですね」

「はい。スミスさんが聞いてくれて、うれしくなるんです。お母さんのことをいままで話しにくくて」

「そうですよね」

「でも、いまの職にくことになったのもお母さんがいなければ、決めてなかったかもしれないと思って」


 第二次大陸戦争のことは現在教育関係でも近代・現代史の重要な単元として教えられる。


 アンはその科目の教員となった理由も、戦争や過去のことを未来の世代へ繋げるためだという。

 それを聞いているうちに円舞曲の一曲が終わっていた。


 それぞれ距離を置いて礼をして壁際に歩こうかとしたときだ。


「スミスさん。外に行きませんか? 火照ほてってきてしまって」

「そうですね。熱を冷ましに行きますか」


 そのことを考えながら広間から中庭に通じる回廊へと出ていく。

 冷気がしだいに火照った顔を撫でるような感触があった。


 広間は講堂などと同じ建物にあり、大きな中庭には女神像が象られた噴水やベンチがある。

 ぱっと見はまるで広場みたいな感じなのだが、アンは噴水の前で立ち止まった。


「あの、スミスさん。今日はありがとうございました」

「大丈夫ですよ。大佐はとても悔しがっていましたよ。娘の晴れ舞台に行けないこと」


 連絡を受けたときにまるで苦渋の決断をしたような声色で話していたのを思い出した。


 まだ卒業式まで二日のときに言われたので卒業パーティーに参加するのは絶望的だと判断したらしい。


「それにしても会場には戻らないのですか?」

「いえ、スミスさんと話したかったんです。ここでなら大丈夫ですし」

「それなら俺も話したいです。いま」


 自分たち以外誰もいない。

 なら想いを伝えることはできるのかと考えた。

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