第10話 それぞれの報告
「ユキ叔母さん、アンだよ。来たよ~」
「はーい。ちょっと待ってね」
ドアの奥からユキの声が聞こえてからしばらくしてドアが開けられた。
「いらっしゃい。アンちゃん、今日は大荷物ね」
「卒業パーティーに着て行くドレスだよ」」
「あら~、そうなのね」
家に上がると居間の方から恋人のユーシェンがこちらへやって来た。
編集員として仕事をしていたみたいでチャコールグレーのベストにズボンを身に包んでいる。
ユキは珍しくネイビーのワンピースを身に包んでいるが、それが新鮮に感じることがとても素敵だと感じる。
「あ、こんにちは。ユーシェンさん」
「こんにちは。アンさん、でしたね」
「仕事してた? ユキ叔母さん、ごめんね」
「良いの。今日はひと段落してね。ジュネット語とエリン語の小説をアズマ語に翻訳していたのよ」
ユキの本業はアズマ語を介する翻訳でほとんどがアズマ語からエリン語とジュネット語に翻訳するが、ときどき逆にすることもあるのでそれはごくまれになっているようだった。
とても小さい頃は本を読んでいる隣で翻訳業の仕事をしているのを思い出した。
そのなかでユーシェンは原稿を封筒に入れてまとめているのが見えて、先に出版社へ行くみたいだった。
それを見送ってからユキと話すことにした。
「あ、ユーシェンさんとは」
「お父様から結婚の許しをもらったの。春に入籍するつもり」
「本当に⁉ おめでとう、いきなりでびっくりした」
「良いの。もう交際して七年くらい経つのもあるし、子どもができたの」
それを話したときにワンピースに袖を通しているのに理解できた。
「そうなの?」
「ええ、今年の九月くらいに生まれる予定なの。その間に式を挙げてね」
「おめでとうだね。ユキ叔母さんもお母さんになるんだね」
「年齢もあるしね、三十六で生むのは大変かもしれないけれどね」
アンはその報告を聞いて口元が緩んでしまうみたいで、とてもうれしい気持ちを我慢していた。
その姿を見て思わず吹き出してしまったユキはうなずいて姪の手を取る。
「それでね。挙式は春に行うから、正式な招待状を送るからね」
「それなんだけど、お父さんがコーウェル駐屯地に異動になって、そちらの住所わかったら送るね」
「ありがとう」
「それじゃあ、わたしは帰るよ。また来るね」
「うん。またね」
そう言って駆け足で自宅へと戻ることにした。
(ユキ叔母さんがお母さんになるんだなぁ、お母さんに報告しないと)
その気持ちを急いで墓地に直行して報告することにした。
墓地から帰宅すると帰宅する時間になるまで夕食の準備をすることにした。
ウィリアムが部下のヴィクターを連れて帰るのは午後五時半から六時の間と言われた。
アンが料理をそこにあるもので作ることにしていて、得意なレシピから思いついた何品かを作る。
キッチンでの動きはすっかり慣れて料理は午後六時の鐘が鳴る頃に出来上がっていた。
外からは聞き覚えのある声が聞こえてきて、ドアが開く音が聞こえてきた。
「ただいま、アン」
「お邪魔します」
「おかえりお父さん。スミスさんもいらっしゃい」
「それを言いながら子どもの頃には楽しそうなことをしている」
すぐにキッチンで料理を皿に盛りつけて、食事をしようと準備を始めることにした。
するとウィリアムは手を洗ってきて皿を運んでいるのを見えた。
「お父さんお願いね」
「ありがとう」
するとヴィクターがカバンから取り出した赤ワインを開けようという仕草を見せている。
それを見てウィリアムはグラスを取り出して、アンに机へと向かうように促した。
居間に向かうと楽しそうなヴィクターが話しかけてきたようだ。
「今日はなぜか嬉しそうですね」
「ええ、報告することがあって大佐とアンさんの家にお邪魔させていただきました」
「それじゃあ、先に食べようか。冷めないうちに」
それを言って食前の祈りをしてから食べることにした。
アンは自分の料理を食べる二人を見ながらなので、食事を楽しめていないような気がする。
「おいしいな。このスープが温かくなるな」
「え、うれしい」
「ええ、思いました」
それを聞いてとても照れてしまうが、二人がそう言うことで笑顔になってしまう。
そのなかでヴィクターが話している報告があると聞いているが、まだ話すつもりはないらしい。
しかし、隣に彼がいることでなかなか平常心を保つことも難しいかもしれない。
それを内心思いながら夕食を口にしていく。
「アンさんはワイン飲みますか?」
「いえ。あまり飲んでないので、遠慮します」
「そうですね。それじゃあ、先に」
「そうだ。スミス、報告は何かあるんだろう?」
それを聞いてグラスにワインを注いでから話を始めようかと考えていたようだ。
グラスにワインが注ぐのを終えると、彼はたたずまいを正して話すことにした。
「実は二月いっぱいで陸軍を退役することになりました」
その言葉を聞いてアンは驚きのあまり、開いた口がふさがらないまま言葉を失っていた。
陸軍を退役して新しい職業に就くのかというのが予想していたことだった。
「先月ウェストレイクある王立第三学院に合格して医術師養成課程の学生になります」
「うそでしょ!」
それを聞いてアンは思わず声を上げてしまった。
エリン州西部ウェストレイクにある王立第三学院は医術師と看護師、薬師の養成課程がある。そのため医療学院という異名を持つほどに専門性の高い教育を受けることができるのだ。
第一学院にも医術師の資格は取得できるが質の観点から見ると第三学院の方が上になる。
「え、よく受かりましたね」
「ええ。これは
それだけでも一発合格するのは驚きだ。
「でも、いきなり医術師になるのは驚いた。もともとなろうとしていたのか」
「きっかけは母の病気で、それを治療する医術師に憧れが合って……ただタイミングが無かっただけです」
「そうだったのか。優秀な医術師になることを祈るよ」
「ええ、最短四、五年だと思うので頑張って通います」
「そうなんだ。でも、がんばってください」
「ええ。アンさんも春からは新しい暮らしですね」
「そうですね」
それを言うのが精一杯で泣きそうになるのを我慢していたのだ。
遠くにある学院で勉学に励むことを決めている彼を引き留めることはできない。
(もう会えないとなると……もうあきらめた方が良いのかもしれない)
そのようなことを想い始めていた彼女は暗い表情で夕食を食べて、先に寝ると告げて部屋に戻ることにしたのだ。
部屋で靴を脱ぎ、ベッドに倒れ込むと我慢していた涙があふれだしているのに気が付いた。
あきらめた方が良いとはわかっていたが、彼への想いを断ち切ることはできないかもしれないと感じている。
そのなかでアンは声を我慢して泣きじゃくりながら眠ってしまったようだった。
朝になってから何も父は言うことはなく朝食を用意してくれた。
数日間、ウィリアムはコーウェル駐屯地へ赴き、前任者と引き継ぎをするために家を空けることになっていた。
「アン。卒業式の前夜には戻るから安心して」
「わかったよ。早く行かないと、列車に乗り遅れるって」
「ありがとう。行ってくるよ」
そう言ってウィリアムは笑顔で新しい異動先へと一度出向いた。
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