第9話 複雑な想い
列車に乗っているときに父ウィリアムは不機嫌のような感じがする。
パーティーの終盤、従姉妹たちと話していたときからずっとこんな感じだ。
何となく会話の内容を聞いてしまったみたいで、スティーブンからそう伝えてくれた。
一人娘の想い人などがかなり気になるかもしれない。
「アンの
「え、言わないからね! お父さんには絶対に」
「マジかよ……まあ、これからは親が決めた相手ではない方が良いな」
「そうだね」
「軍人じゃないやつだったら許すけどな。年齢が離れていようが」
その言葉を聞いてアンはただ窓に映る自分を見つめてうなずいた。
(お父さんは一人にしないために言ってる)
戦争で母ハナを
夜に泣いていたり、一人で部屋にいることができないなどが起きていた。
当時は覚えていないが、とても寂しいのと悲しいことで精神的につらかったのだと思う。
そのようなことが二度と無いように、ウィリアムはそう言葉にしたのかもしれない。
「ありがとう。お父さん」
「そうだね」
窓の外はとても暗く、遠くに淡い灯りを見つめていた。
車内はほとんど寝ている人が多く、間もなくアリ=ダンドワ駅に到着しようとしている。
隣にいるウィリアムはうたた寝をしているが、車内にアナウンスが聞こえて目を覚ましたようだ。
駅で降りると無言のままお互いに家に戻り、ただ疲れているのかすぐに部屋に戻っていった。
アンはヴィクターへの想いが募らせていくことに、ウィリアムから受け取った想いが混ざって複雑な気持ちになっていった。
翌日になり、アンが卒業するまで残り一週間のカウントダウンが始まっていた。
アンは起きると、伸びをして最初に着替える。
今日の服装は流行色のワインレッドのワンピースを身に着けて、靴はシンプルな黒いものを履く。
洗面所に顔を洗って真水の冷たい感触で目が覚めて、タオルで拭くとすぐと隣に置かれてある自分用のブラシを取り出した。
そして、髪を丁寧に
早朝から営業しているベーカリーで焼き立てのパンを買い、すぐに家に戻ると新鮮なサラダにコーヒーを淹れていく。
「おはよう。アン、今日は用意してくれたのか」
「おはよう。朝だけ用意できるよ。しばらくの間は」
「そうだなぁ。夜にスミスが来るけれど、どうする? 夕飯の約束して」
それを聞いて動揺してしまったのか、持っていたパンを落としそうになった。
アンの心臓はとても高鳴っている。
「いいよ……別に、わたしは歓迎するし、返さないといけない本もあるし」
それを言っているときにウィリアムはコーヒーを飲み、新聞を読み始めている。
そして、机の上に置かれてあるラジオからは昨日起きた出来事を伝えている。
「そういえば、アリソン殿下は」
「まだ何も連絡がこないの。かなり忙しいみたい」
「そうだな。かなりご多忙だと聞いてる。アンもそうなるんだろうね」
「教員も忙しいからね。十分には連絡できないかも」
(アリソン、かなり忙しいのかもなぁ……縁談のこともあるだろうし)
去年の長期休暇のときにアリソンが伝えていたことを思い出した。
ルームメイトで親友のアリソンは第一王女であり、いつかは国内外へ嫁ぐ運命にあるという。
そのなかでロベルト皇太子がかなり危険な状態であること、その弟のルチアーノ皇子との縁談が進むことも聞いていた。
そんな彼女の決断が大きく変わることを知っているから、体調などが心配になってくるのだ。
朝食を終えると、ウィリアムは陸軍の制服に身を包んで職場へと向かっていった。
紫紺の制服を着ている彼を見ると仕事場に向かう姿だと感じて、何となく表情も真剣なまなざしをしているようだった。
「お父さんいってらっしゃい。気を付けてね」
「うん。遅くなる時には連絡するよ」
「わかった」
仕事に向かう姿を見届けてから朝食の食器を洗っている間にピアスから音が聞こえてくる。
それは聞き馴染みのないもので濡れた手で触れて応答した。
『もしもし、アンさんですか』
「あ、スミスさん、どうしたんですか」
聞こえてきたのは父の部下でよく小説の貸し借りをしている友人ヴィクターだった。
好んで読む小説のジャンルなどが似ていることもあり、ときどきカフェなどで感想や新しい本についても語り合うことをしている。
『卒業式って三日後ですよね』
「はい。その日の夜が卒業パーティーです。手直ししたドレスを取りに行くんですよ」
『そうなんですね。大佐がドレスの色でもめたって』
「はい……あまりピンクとか好みじゃないって話したんですけど、どうしてもと言われて」
そのことを思い出してアンはため息をついた。
そこで一時間弱もめて布地を素肌に当てて顔色が悪く見えない方に決めたのだった。
そのなかで決めたのはローズレッドの布地が一番顔色が自然に見えることが判明した。
その代わりにドレスのデザインはほとんどアンに任せたのでウィリアムはただそばで見ていただけだった。
「店の人にとても驚かれたな、センスが良いっていう話」
『そうなんですね。それじゃあ、始業するので』
「はい。また」
『ええ』
通話を終えるとすぐに部屋に戻って髪をハーフアップにして、緋色の髪紐で結んで紺色のコートを羽織ってマフラーも結ぶ。
自宅の鍵を閉めてから最初に仕立店の方へと向かうことにした。
西区までは路面列車が動いているのでそれに乗り、西区の入口まで向かうことにしたのだ。
子どもの頃にはウィリアムと家に帰るときに乗っていたことを思い出していた。
寒い風が吹かれていることで急ぎ足になって仕立店のある王都アリの西区へ向かい、楽しそうなかもしれないと感じているかもしれない。
「あ、ここかな?」
アリ西区はまたの名を商業区と言われ、様々な店が軒を連ねている。
特に一般向けの大衆店から貴族や王室御用達の高級店まであるが、そのなかでアンが立ち寄るのは主に貴族やその子どもたちが
ここに入るのはとても勇気がいるのだが、連絡をしたのですぐに対応してくれるかもしれない。
「あの……連絡したアンダーソンです」
「ああ、お待ちしておりました。アン様、こちらで着てみますか?」
「はい。お願いします」
アンは女性のテーラーに聞いてすぐにドレスを身に着けた。
体にフィットしているのにどこか余裕を感じるようなサイズ感で、とても動きやすいと思っている。
ローズレッドのドレスはまるでアズマ国で身に着けたキモノのように上品に見える。
「お似合いですよ。髪は上げますか?」
「まだ決めていないので」
「成人されているのであればまとめることが必要になりますわ」
「ありがとうございます」
再び服に着替えてからドレスをきれいに箱にしまわれて、代金はすでに支払いが終わっているようでドレスと共に靴も用意していた。
箱を手にしてこれから向かうのは叔母ユキのもとへ向かうことにした。
「ユキ叔母さん、いまはいるのかなぁ。来てほしいって言われたけど」
彼女の家は西区の住宅街にあって、小さな住宅に暮らしている。
王立第一学院に入学する前まで父が夜遅くまで仕事があったときは預けられていた。
そんな場所なので第二の家のような温かみを感じる場所だ。
白い
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