第4章 新しい道

第8話 卒業祝いの食事会

 一月下旬、エリン=ジュネット王国には大雪が降った。積雪量は十年前とほぼ同じくらいだろうということを言われている。


 学院の卒業を前に父方の親戚がお祝いをするために父方の実家であるアンダーソン子爵家へとやってきていた。


 アリ=ダンドワ駅から列車で一時間の場所にアンダーソン子爵の領地ユーティスへと向かった。

 ここは王都から西にあるキングズガーデンにある小さな領地だ。

 もともとここは王宮の離宮の庭園が有名であったことで、そのような地名が付いているのだ。

 ユーティス駅に着くと、そこから迎えに来ていた馬車に乗って動き出していた。


「父さん、今日は泊まり?」

「ああ。俺もつかの間の休息にしたいしな」

「ええ~、忙しいの?」

「本部での引継ぎが多いからね。コーウェル駐屯地に行く前に終えないと」


 その言葉を聞いて最近忙しいようで帰るのが夜遅いことがよくあるのを思い出していた。


 そんな多忙を極めているが、今日は休みを取って実家で姉弟きょうだい全員でゆっくりするらしい。

 子爵邸に入るとアンダーソン子爵である伯父チャールズとの父ウィリアムは抱き合うのが見えた。


「ウィル、久しぶりだな。少し老けたんじゃないか?」

「兄様、久しぶりだね。相変わらずだよ」


 そんな父を横目に居間にいる従兄弟姉妹いとこたちと久しぶりに会ったのだった。

 なかなか全員で会うことは少なく、ほとんどが話していることが見ていたりしていたのだ。

 ドアを開けるとこちらに笑顔でこちらへ駆け寄ってきたのだった。


「アン、久しぶり」

「久しぶり。サンドラ、コーディ」


 従姉いとこのアレクサンドラとコーデリアは伯母おばアイリスの娘で、活発で明るい女性という印象が強い。

 アイリスは遠縁の親戚である旧家であるジェファーソン家に嫁いで、女性にも教育を受けるべきという方針だ。


 赤毛に明るい琥珀こはく色の瞳をしているアレクサンドラは医術師として女性の体に関わる分野に携わって六年目で二十四歳になる。


 その妹のコーデリアは茶色の髪に明るい茶色の瞳をしており、私立服飾専門学院を卒業してデザイナーとして働きだして四年目の二十一歳になる。


「聞いたわよ。春から先生なんだってね」

「そう。母校でね」

「すごいじゃない。やればできるんじゃないの」


 アレクサンドラとコーデリアは誇らしげに社会に出る従妹いとこを見つめていたのだった。

 そのなかで隣に座る従妹たちがこちらを見つめているのに気が付き、彼女たちの方を向いて話し始めた。


「ミア、リア。久しぶりね」


 その隣には伯父チャールズの子どもである姉妹がこちらを見つめている。


「アン姉様って教員になったの?」

「そうよ。まだ授業を受け持つかはわからないわ」


 その言葉を聞いて従妹のミアとリアがうらやましそうに見つめている。


 十六歳になるミアと十五歳になるリアは二人ともエリシオン高原にある寄宿女子学院であるディアナ女学院の学生だ。


 上流階級の男性のもとに嫁ぐために通う令嬢が多く、卒業と同時に結婚することが多い。


 ミアは赤銅しゃくどう色の髪に琥珀色の瞳、リアは赤茶色の髪と瞳をしているが似た顔立ちをしている二人は双子ではないかと間違われるという。


 でも、彼女たちが身に包む衣服を見てやはり貴族令嬢だという気持ちにアンはなった。


 身に包むのは深紅のジャンパースカートに丈の短いジャケットにリボンだ。彼女たちが通うディアナ女学院の制服で、上流階級の子女が憧れる服を身にまとっていた。


 その仕草や言葉遣いもおしとやかな小さな淑女のように見えて、すでにしみついているのかもしれない。


(昔は結構はしゃいでいたのに……別人みたい)


 それでも目を輝かせて語る姿は昔と変わりはない。


「聞いてほしいことがあるの」

「え、どうしたの?」

「今度婚約式があるのよ。ミア姉様の」

「そうなの?」


 ミアは四月の休暇に婚約式を行うことが決まっているらしいが、相手の顔をまだ見たことがないという。


「どのような人なの?」

「年が離れた人でリンドバーグ伯爵だって聞いてる」

「確かリンドバーグ伯爵って最近爵位をご嫡男が継承したらしいわ。その人本人かもしれないわ」


 それを聞いて貴族社会の婚姻がとても難しいかもしれないとしているのかもしれないと考えている。

 ふとしたときに同級生との会話の中で誰かが親戚だったことを思い出した。


「確かリンドバーグ伯爵ってマコーレー侯爵家に嫁いだ女性っていたわよね」

「それは先代伯爵のご令嬢よ」

「なるほどね……同級生にご令嬢がいるの、とても良い女性よ」

「そうなの? すごいわ。社会に出られる方なの?」

「そうね。家柄が外交官だしね」

「憧れるわ。そのような生き方」


 その言葉を聞いて何となく自分やアレクサンドラとコーデリアを憧れていることを感じた。


 社会に出て自立する女性が増えているなかで、自分たちにはそれが許されていないことを知っているからかもしれない。


「ディアナ女学院はね、十八の誕生日が来たら卒業するの。わかる?」

「わかるよ。成人したら結婚するからでしょ? それも退学扱いじゃない」

「そうよ。ディアナ女学院は上流階級にふさわしい女性の育成を目標にしてるわ」

「でもね、楽しいことは楽しんだ方がよいと言われたの」

「そうなの」


 そこから女性陣だけで居間からパーティーなどに使う広間へと向かうと賑やかな声が聞こえてきた。


 広間には既に料理も並べられており、男性陣が料理に舌鼓を打とうとしている。

 そこにはミアとリアの兄弟であるスティーブンとサミュエルも混ざっている。


「スティーブ、サム。そろそろご飯ね」

「アンも久しぶりだね。卒業おめでとう」

「そっちこそ、結婚おめでとう、かな? 早いかもしれないけれど」

「ありがとう」


 アンダーソン子爵嫡男のスティーブンは領地経営や管理について父や会計士と共に行っている。


 二十三歳になったばかりだが幼い頃に結婚を約束している女性がいるので、彼女が成人する今年の夏に結婚式を挙げる予定でいるらしい。


 アン自身も会ったことはないが、話を聞いていると年齢はアンの一つ下になるという。


「サム、たくましくなった?」

「確かに、鍛えられてる」

「それは褒めてくれると、うれしい」


 次男のサミュエルは十五歳、三月には十六歳になる彼は海軍士官学校で軍人としての道を進んでいる。


 そのなかで一年前よりも背が伸び、鍛えられている体が白い制服の上からでもよくわかる。


 二人は赤茶色の髪に琥珀色の瞳をしているが、まじめな兄と活発な弟の性格が表情に出ている。


「そうだ。アンに聞きたいことがあるの」

「サンドラ、どうしたの?」

「恋人とかっているのかなって、もういてもおかしくないお年頃よね」


 それを聞いて思わず口にしていたミートパイをのどに詰まらせそうになったので、近くにあった赤ワインの入ったグラスを飲み干した。


「え、まだ片想いの状態だよ。それに年齢も離れてるし」


 それを聞いてコーデリアは目を輝かせて話している。

 まるで恋物語の小説を読んだ後の少女のような輝きをしているみたいだった。

 妹の食らいつきの良さに質問したアレクサンドラも若干引き気味だ。


「ああ、そうなんだ。禁じられた恋なの?」

「違うよ! コーディはすぐにそう言うんだから。ただ父さんの部下の人」

「そうなんだ。そりゃそうか」

「絶対に反対されない?」

「されるわね」


 そんなことを話しながらパーティーという名の食事会は滞りなく終わることができたのだ。

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