第7話 最後の授業

「そういえば、アンは一人で暮らしたいと話していたな」

「うん。学校との往復だけならば、それでもいいと思ってて」


 実際暮らしている家から王立第一学院までは徒歩二十分、近くに走っている路面列車トラムを利用すれば十分もかからない場所にある。


 教員のなかには敷地内にある宿舎に暮らすこともあるが、だいたいはアパートから徒歩などで行くことが多い。


「俺はここにいてもいいと思うけどな」

「でも、お父さんはどうするの?」

「実はな……北のコーウェル駐屯地ちゅうとんちの方へ行くことになったんだ」


 それを聞いてアンは驚いて作業をしている手を思わず止めてしまった。

 コーウェル湖と言われる湖がある場所でロジェ公国に一番近く接している場所にある駐屯地だ。


「そうなの? それだったら、ここは」

「俺のいない時間が増えるから、勝手に使ってもらっていい」


 アンが一人暮らしをするならばアパートではなくて、父がいない実家の方が過ごしやすいのかもしれないと考えた。


「わかった。その代わりに手紙は出してね」

「生存確認だな」


 そう言いながらキッチンで夕食を作り出し、今日はアンが好きだと話している料理にすることにした。

 学院に入ってからはアンも料理を手伝うようになってからは、短い時間で料理を終えることができる。


 夕食時は母の写真のもとにある水と花を入れ替えることにしている。


「お母さん。ただいま、シオンとスミレが結婚したんだよ」


 ハナにとっては姪っ子たちの結婚を報告して、年下の彼女たちが名家に嫁いでいったことを思い出していた。


 アズマ国の成人年齢は大陸と比べても三歳から五歳ほど幼いと感じている。

 そのなかで結婚をしてから子どもを産むのは数年経ってからと言うことが多いらしい。


 幼すぎると出産に関しても危険があることがわかっているようだった。


「アンはどう思った? 結婚式を見て」

「わたしは……まだ結婚するのはなって思う」


 両親は愛し合って結婚したが、母のハナには幼い頃から決められていた許婚がいたことも知っている。

 そんなことを決められている相手よりも、戦場で出会ったウィリアムとの生涯を選んだという。


 自分が想いを寄せている相手も限りなく、ハナも相手を選んだと考えていると感じている。

 子どもの頃には楽しそうな姿を見せていると感じているようなと思っている。


「想い人がいるのか?」

「え、いや……いない、って言えば、うそになるかもしれないけど」

「そうか……今度、パーティーがある。そちらに招待状がきているのだが」

「ああ、知っている。それは出ることでいいんでしょ? 去年は成人してなかったから」

「そうだな」


 夕食の話題に上がったパーティーというのは父方の実家で行われる身内で祝うものだ。

 去年はアンが体調を崩したこともあり、パーティーを欠席していたので楽しみにしているのだ。


「それじゃあ、パーティーは普通に行こうよ。シャーリー伯父さんとアイリス伯母さんに報告できる」

「わかった。連絡をしておくよ」

「はい」


 それからアンが先に部屋で寝て、翌日には学生寮の引き払いを行うことになっている。



 八年間の青春時代を過ごした学生寮を引き払ってからアンは、ときどき登校する際は実家から通っている。


「アン、今日は登校なのかい?」

「そうなの。授業を補佐する役割も兼ねているから、魔法導師試験も近いし」

「行ってらっしゃい」


 卒業試験に合格している場合、あまり来ることはないのだが教員として学院に残る場合は違う。


 主に事務的な手続きがほとんどであるので、最上級生が顔を出すときは下級生も驚かれている。

 そのなかにも大人びた同級生がこちらを見つめているのが見えた。


「アンダーソンさん。久しぶりね」

「マコーレーさん。久しぶりだね。留学行ってたんでしょ?」


 やってきたのは金茶色の髪に紫色の瞳をしている彼女はマコーレー侯爵令嬢のヴァイオレットだ。


 会うのは長期休暇の列車のなかだったので会うのは久しぶりだったのだ。

 ヴァイオレットに関しては親戚のいるローマン帝国へ留学に行ってたこともあり、卒業前に会えるかどうかという状態だったらしい。


 久しぶりに再会した同級生と握手をしてすぐに笑顔で話し始めた。


「会えてとてもうれしいわ」

「そうね。卒業したら外交官だって聞いたけど」

「そう。王宮で働くことができるのはとてもうれしいわ。お父様の時代よりは外交官も増えているし」


 社会は女性が働きに出ることが増えてきているのを学院に進んでからわかるようになっている。


 平民に関しては女性良特有の仕事などを生業にしている者がいたが、身分が高くなるとそれは難しくなっていく。


 ヴァイオレットは卒業してからは外交などを業務にしている王宮の部門に勤務するらしい。

 彼女の母親も王宮にある図書館で働く女性と言うことを聞いているので影響されたのかもしれない。


「すごいね。国を支えるの」

「ありがとう。アンダーソンさんもね、近代・現代史を選ぶのすごいね」

「自分が経験した話も教えていきたいからね」


 それから二人で学院の休憩室でお互いの進路についてを語り始めたのだ。

 ヴァイオレットには年の離れた兄と姉がいるが、二人とも帝国との通訳として活躍しているという話をしている。


「それでわたしの兄と姉がいるんだけど……本当は再従兄姉はとこに当たると言われたときはびっくりしてしまったの。それとお父様にはもう一人愛していた人がいたこともね」

「そうなんだ。知らないことがあると余計辛くなるよね」


「それをこの前言われて、どう接したらいいのかわからないの。兄上はもう完璧に良い跡取りだし、姉上はいまアリソン様の留学に同行しているから素晴らしい女性になっている」

「そうなの⁉ アリソンの通訳ってあの」

「そうなの、とてもうれしかったわ」


 ヴァイオレットと別れてからは上位魔法導師試験を受ける会場へやってきた。


 そこには同じ茶色の制服を着た学生たちがこちらを向いているのが見え、みな緊張したような表情で魔法を復習したりしている。


 この試験を受けるには中位魔法導師の資格を取得していないといけないため、上級生がほとんどになっている。

 一番多い学年は四年生から六年生、八年生は意外と少数派だ。


 最上級生である八年生は未成年が多く、成人年齢の十八歳を待ってから卒業する学生なので学年が上がるにつれて同級生が減っていくのが特徴だ。


 ルームメイトだったアリソンは入学して四年で上位魔法導師資格を取得してしまったのだ。

 アンの場合は魔力の大きさは平均より少し大きく、魔法の扱いについてもかなり上手いこともあって大きな魔力を使わなくても難しい魔法を発動できる。


「それではアンダーソンさん。お願いします」

「はい」


 それを聞いてアンは一度大きく息を吸ってから指定された魔法のうちから一つ選ぶ形になる。

 そのなかで自分が得意だった魔法を発動させて、詠唱も正しく行うことができたのだ。


「それではお疲れ様です」

「ありがとうございました」


 それから試験の結果が発表されてアンは無事に合格することができたのだ。


 結果を聞いたときにホッとして彼女は晴れて白魔法の上位魔法導師の資格を持つことが決まったのだ。


 卒業式まで必要な登校はほぼなくなった。

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