第3話 友人と異文化
アンとアリソンは泊まる部屋へと通されることになって、女中の女性と共に歩いて行くことにしたのだ。
黒髪なのは変わらないのだが、瞳の色を隠すように前髪が長くなっている。
その女性は流ちょうなエリン語を話しているのが見えたりしているようだ。
「あら。あなたってご両親がエリン=ジュネット王国の人なのかしら?」
「いえ、そこはわからないのです。母は幼い頃に亡くなり、父は知らないのです」
「そうでしかたか。ごめんなさい」
「そんなことはございません。この瞳はなかなか
前髪を上げると瞳の縁取りは青であるが、中心に向かって緑色になるという特徴的な瞳をしていたのだ。こちらでも珍しいものなので好奇の目で見られることがあることは多いと感じる。
「素敵な色なのに」
「そう言われるとうれしいですが……あまりこのような色を持つ者がいないです」
「そうですね。だいたい明るくても、茶色が多いですし」
「あ、お名前。聞いていなかったわ」
「私はえみり、です。父が名づけられたそうですが、あまりわかりませんの」
「エミリーかも、わたしはアリソンです」
そう言われて部屋へと通されると、すぐにアンは荷解きをして過ごしやすいように片づけた。
アリソンはそれを見て少しだけホッとして座ることにしたのだ。
「アンは叔父様がいたのね」
「うん。リョウイチ叔父さんでしょ? 成人したのが十六ぐらいで、結婚したのがほぼ同時でね。ハルコ叔母さんが三つ上なんだけどね」
そう言いながらアンは楽しそうな笑顔で見ているようだった。
「結婚式って座るときって……」
「基本的には正座だけど、きつかったらアリソンが座っているのでもいいよ」
「ありがとう」
アンはそれから着物を入れている箪笥の引き出しを引いて、なかにしまわれているものを取り出した。
固めの紙のなかにさらに薄紙に包まれていたのは鮮やかな色のキモノが現れたのだ。
「これは?」
「アズマのキモノだよ。これは袖が長くて、未婚の女性の着るやつなの」
「そうなんだ。きれいね、この色……」
「うん。これはね、お母さんのキモノを着させてもらうの。あと、アリソンはドレスね」
「そうだけど、大丈夫?」
アリソンの心配はおそらく結婚式での座るときだったはずだ。
「心配いらないよ。結婚式はお社でやるから」
「お、オヤシロ?」
「
アリソンにアンはアズマに伝わる神話を教えてくれたのだった。
まず最高神の夫婦神である生命の女神ヴィターナは
その子どもたちは自然を司る神々だ。
太陽の神ソールは
四季の神々のことは
春の女神フローレンティアは
夏の神アエスターシウスは
秋の神アウトゥムヌスは
冬の女神ニクシアは
水と海の神アクアリウスは
さらに神々と人間との間に生まれた半神にも名前がついている。
フローレンティアの娘ヴァイオレットは
アクアリウスの息子ロスのことを
それを全て話すとキラキラと輝かせた青い瞳でこちらを見ている。
とても興味深そうだったので知ることが好きなようだった。
「すごいね。字が意味と重なっているんだね」
「そう。大陸の古語がこんな感じで使われているんだよね」
「面白いね。他国の言語を知るのは」
「アリソンはそう言うところが好きなんだね」
アリソンはそれを聞いて笑みを浮かべている。
彼女の好きな分野はおそらく他国の文化や歴史などであるかもしれない。
アンはキモノをしまってアリソンは部屋にある書棚を見つめた。
「これって?」
「あ、それはエリン=ジュネット王国の書籍だよ」
「三十年くらい前のだと思うけど」
「うん。お母さんが子どものときに読んでいた本なの」
「そっか。お母さん、ここで暮らしていたんだね」
それをうなずいてから思い出したようにアンは部屋を出て、中庭にある小さな祠のもとへ向かった。
空は灰色の雲がしだいに晴れてきたが、まだ凍てつく寒さと雪が少し残っているようだ。
中庭には草履が置かれてあり、それを少し借りて祠のもとへと歩いていく。
「忘れてた……お母さん。ただいま」
彼女は手を組み祈りを捧げる。
目の前にあるのは大きなサクラの木で、ここの根元に母の遺髪が埋められているのだ。
子どもの頃に遺髪をここに埋めたことを覚えているので、水とアズマの弔いの花束を供えた。
そのときにちょうど外廊下を歩いてきた祖母に声を掛けられたのだ。
「杏ちゃん。ここにいたのね」
「おばあちゃん。お母さんに挨拶してなかったから」
「そうね。ありがとう、来てくれて……うれしいのよ。孫が勢ぞろいしたんだもの」
「うん。うれしいけれど、紫苑と菫が嫁ぐのが寂しいな」
「そんなことはないわ。将人と隼人も数年もすれば伴侶を持つわ、まだ限りな遠くはないわ」
それを聞いてアズマの結婚する年齢が早いと感じてしまう。
これでも祖母の時代よりも遅くなった方だと聞いてはいるが、大陸でも十八を越えなければ結婚することができないのだから余計に幼いと感じるかもしれない。
「そうだ。おじい様が話していたわよ、そろそろ支度が整いそうだと」
「わかった。ありがとう、アリソンと一緒に出掛ける」
「遅くならないうちにね。逢魔が時までに戻るのよ」
「はい」
それからアンはアリソンと共にキョウハラの街を歩くことにしたのだ。
そのときに魔法でアリソンの髪を金色から黒にしてみると、何となく違和感が残るが街に溶け込みやすいと考えたのだ。
アズマのお菓子や、書籍などにも触れてアリソンは新たな刺激をもらうことができたようだ。
それで一日目は終わってしまった。
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