第2話 祖父母の家へ

 卒業旅行期間がスタートし、テイラー港を出てアズマ国のキョウハラ港へ向けて出発した。

 アズマ国へ行くのは十年ぶりで、祖父母の家に向かうのもそれと同じくらいだと考える。


 第二次大陸戦争が終わってから五歳になるまでを桜ノ宮サクラノミヤ家に預けられた。父と暮らすようになった五歳になってから王立第一学院へ入学するまでは家を空けるときは叔母のユキに預けられることが多かった。


 それでも教育をしてくれたのはとてもありがたいと思っているところだった。


 高速船でキョウハラ港に到着したのはその日の夕暮れになってからで、少し長い時間帯だったのにも関わらずアリソンはデッキに上がって港の方を向く。


「あ、あれがアズマ国の首都?」

「首都というか、都だね。キョウハラにはミカドがいらっしゃるの。一応、親戚」

「そうなのね。今日から一週間よろしくね」


 アンは隣にいるアリソンを見つめている彼女は赤のワンピースに同じ色のジャケットを羽織り、波打つ金髪はつばの大きな帽子によって隠されているので貴族令嬢だと思われているようだ。


 自分自身は淡いピンクのシャツにネイビーのスカートを履いて、滅多に着ることのない色を重ねているのが少しだけ照れてしまいそうになる。靴は歩きやすいブーツにしてホッとしているところだった。


「アリソン、そろそろ準備しないと」

「うん。荷物を持って港の方だよね」

「そう……旅券パスポートは持っててね」


 それから船のなかで入国審査などが行われてからはキョウハラ港に着いたのだ。


 エリン=ジュネット王国よりは温暖だが、かなり乾燥しているようだった。

 荷物を片手に持って地図を頼りに歩いて行くことにした。


「これからは徒歩で行くよ。ここから十五分くらいでキョウハラの中心地だから」

「歩きで大丈夫なの? 怖いよ」

「大丈夫、迎えの人が来るから」


 アンが先導するようにアリソンと共に母方の祖父母のもとへ歩いて行くことにしたのだ。


 アリソンはやや不安げに自分を見つめているが、しだいに周りを見ながら歩きだすようになっている。

 塀はアンの頭くらいまであってその上に屋根瓦がついているようで、それが碁盤の目のような道になっているのでわかりにくいかもしれない。


 それから三つ目の角を曲がったときに紺色の着流しに羽織を着た男性がこちらを走ってくるのが見えた。

 それは桜ノ宮家でよくかわいがってくれていた男性だったことを思い出した。


 アズマ語ですぐに彼を呼んだ。


「あ、清三せいぞうさん!」

あんお嬢様! おかえりなさいませ、長旅疲れたでしょう」

「あ、そういう事じゃなくて。友人も、アリソンです」


 アリソンは習ったばかりのアズマ語で自己紹介をした。


「初めまして、アリソン、です」

「はい。お話は聞いてます。お嬢様、アリソン様」


 彼は二人の荷物を持って歩き出したのだ。かなりの重量があるはずなのに彼は軽々と持っている。


「セイゾウというのがお名前?」

「そう。アズマでは名字がないことが多いの。最近、姓を一般の人でも名乗れるように」


 それから大きな門の前に着いたときにアンは懐かしい気持ちになった。


 黒い大きな門の右上には「桜ノ宮」というのが書かれてあり、セイゾウは先に小さな扉を開けてくれた。その後にアンとアリソンが共に歩き始めてからすぐに大きなお屋敷の入口へと向かう。


「アリソン、ここでは靴を脱いでね」

「えっ」


(最初はそうなるよなぁ~)


 最初に大陸からやってきてからの文化的な違いがある。


「ここで脱ぐの?」

「そうよ。畳が汚れてしまうから」

「そうか……わかった」


 アリソンもアンの隣に靴を置いてすぐに玄関を上がり、次に主のいる部屋へと通されることになる。


「ここでお待ちください。大旦那様と大奥様、旦那様と奥様をお呼びいたしますので」

「ありがとう」


 アズマ語はほとんど叔母と話していることが多かったので安心して部屋へと入る。

 部屋には座椅子の他に畳の上に敷物があり、腰かけられるような家具が置かれてある。


「アン、ここのどこに座れば」

「そうね。あ、これを敷いて寮で座るみたいにすればいいの」


 そう言うとアリソンはリラックスしたように座ると、クッションのおかけで楽な位置になるようだ。


 アンはそれを見て座布団を使い、正座をすると落ち着いて茶葉の箱を取り出してお茶を飲もうとしていたときだった。

 そのときに中庭に面した部屋から二人の少女がこちらへかけてくるのが見えた。


「杏お姉様、いらっしゃいませ」


 その少女たちは双子のように似ており、一人は赤系統のグラデーションの着物、もう一人も同じ色の上着を着ているが下に着ている着物が異なる。

 赤い着物を着ているのは明るい性格のようで、もう一人は控えめな感じの性格のようだ。


紫苑しおんすみれじゃない! 結婚おめでとう」

「ありがとう。姉様」


 十六歳になる姉のシオンと十五歳の妹のスミレの姉妹は数日後には嫁ぐことが決まっているのだった。


 シオンはウメノミヤ家へ、スミレはサイオンジ家への輿こし入れが進んでいるのだ。


 お互いに年齢は十代という共通の年代だったが、やはり従妹たちが幼い顔立ちに見えるのはアンが大陸の血を引いていることも強いようだ。

 全体的には母親のハナに似ているが父親のウィリアムにも面影が重なるところがある。


「あ、こちらはアリソン様よ。わたしの友人で」

「そうなんですね。お初にお目にかかります。わたくしはスミレと申します。こちらは姉のシオンです」


 流ちょうなエリン語に驚いているがもともと桜ノ宮家は外交官ということもあって、外国語を覚えやすい環境のようだ。


(アンの従妹いとこか、似てる)


 癖のない長い黒髪、色の濃淡は異なる茶色の瞳をしている三人は姉妹のように見える。

 アリソンはそう感じていたが、家族のように温かい家は安心してしまっていたとき。


 廊下を歩く人数が多くなって、二人の従妹たちは部屋の端に座って礼をしている。


「あ、おじいちゃんとおばあちゃん。龍一りょういち叔父さんと春子はるこ叔母さんも」


 そこには叔父のリョウイチとその妻のハルコであり、その奥には祖父母が微笑みながらこちらへやってきたのだ。


「お久しぶりね。杏ちゃん、それとアリソン様もよくお越しになりましたわ」


 アンの祖父母は六十代ほど、叔父夫妻は三十代に見えることで少しだけ驚いてしまう。


「心配しないで。アズマ国は成人の年齢が早いから、結婚と出産も同じようになるの」

「はい。わかりました」

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