第1章 帰省

第1話 市場への買い出し

 それから数日が経ち、卒業試験も合格することができた学生たちは卒業旅行へ向かう。


 大半はショーン大陸の大国へ行くことになるのだが、アンは親友と共に母ハナの故郷であるアズマ国へ向かうことを決めていた。


 しかし向こうは学生寮からではなく王宮から港へ直行するとのことを伝えてくれた。

 その前に祖父母にアリソンと共にアズマ国へ行くことを伝え、歓迎すると手紙で送られてきたのだ。


(楽しみだな……おじいちゃんたちに会うの。久しぶりだし)


 母方の祖父母と叔父たちに会うのは久しぶりで、さらには成人のお祝いの準備に張り切っているらしい。


「そうだ。お土産を買いに行こう。それに何かが良いかな」


 従弟妹いとこは十代半ばなので何か気に入るものがあればいいなと考えている。

 テント市場と呼ばれる港に近い市場へ行ってみることにしたのだ。


 冬空の下でも賑やかなその場所で見慣れた陸軍の外套を着た青年を見つけ、彼女は少し心臓の鼓動が跳ねた。

 金髪にエメラルドの瞳を持つ背の高い青年でこちらに気がついているのがわかった。


 そしてこちらに人波の合間を縫ってこちらへやってくるのが見えた。


「アンさん」

「スミスさん。お久しぶりです」


 彼の名前はヴィクター・スミス、エリン=ジュネット王国の陸軍中佐で父の信頼している部下でもある。

 お互いになかなか敬語が抜けきれないのはそう言った事情がある。


「そうですね。そういえば大佐から聞きましたよ。卒業したら、学校の先生になると」

「はい。あと」

「新年ですね。また今年もよろしくお願いします」

「あ、こちら、こそ、です」


 思わず上擦った声で話していると、耳が赤くなってくるような感じになる。

 それを見たヴィクターは少しだけ微笑みながら、テント市場へ行くことがわかる。


「アンさんはどこかへ買い物ですか?」

「はい。卒業旅行でアズマ国へ行くんです。従弟妹たちにお土産を」

「そうだったんですね」

「スミスさんは? ちなみにどこか」

「半休になりまして。よければ、一緒に行きませんか? 母の誕生日に何か手向けたくて」

「わかりました」


 陸軍の仕事をしてからこちらへやってきたようで、アンは慣れない姿にソワソワとしている。


 ヴィクターと一緒に歩いて何気ないテントの品物を見たりすることがあったりする。

 テント市場の中心部にはきらびやかな髪飾りや飾りが売られている店があった。


 それを見つけるとアンはそのなかで帯飾りに使えそうな小さな宝石がつけられているブローチがいくつか売られている。

 そのなかで一番従妹たちシオンとスミレに似合う色を探し、それを買うことにした。


 この市場では商業区の店舗よりも安価な値段で買うことができるので、学生や若者たちに人気な場所になっている。

 その次にガラスペンを買い、ヴィクターの買い物へ向かうことにした。


「どれがいいでしょうか。女性が好むものが、あまりイメージがつかめなくてですね」

「あ、それじゃあ……お母さんが好きだったものとか」

「それは……幼い頃から夏に咲く花が好きだったので。温室のある花屋が良いですよね」


 それを聞いたときにテントの一番船に近い場所にある店に夏に咲く花飾りが売られているのが見えた。


「これなんてどうでしょう? とてもうれしいと思います」

「良いですね」


 それを聞いてヴィクターはうなずいて微笑んでいるのを見て、照れてしまうようだったと感じている。


(少しだけ、喜んでくれたかな?)


 ヴィクターは女手一つで育ててくれた母を去年の初夏に亡くしているということを聞いたのだ。


 それからたまに週末に帰ると父がときどき連れてきて夕飯を共に食べることがある。

 それから一緒に歩いてアリ大通りを歩いていると、書店で話題の小説について話が尽きない。


「シルヴィア・グレイヴの『椿つばき薔薇バラの姫君』、もう読みました?」

「あ、それはまだ読んでないな、少しだけ気になる内容ですね」

「いま持っているので、貸します。終わったら、実家に送ってくれれば」


 そう言ってアンはカバンのなかに入れてあった本を取り出して彼に手渡した。


「そうですね。そうします。あと俺が好きなのはこの作品かな」


 それは人気作家のトマ・ルカスが書いた勇敢な騎士の物語だ。

 長年、シリーズで刊行されているがそれの最終巻が発売されて、かなりの売り上げだということが新聞やラジオで聞いたりしている。


「面白そうです。これ、父が好きな作家なので。聞いてみます」

「ああ、そうですね。最初から読んだ方が良いですけど、十冊ありますよ?」

「平気です。楽しみにしてますね、その本の感想」


 そこから王立第一学院のある方へ途中まで送ってもらったのだ。

 お互いに会釈をしてアンは急いで学生寮の部屋へ走っていく。


 部屋に帰ると、アリソンも今日は公務で王宮に戻っているのでしんとしたままだ。

 居間を挟んでベッドルームという形になっていて、そちらに入ると靴を脱いでベッドに寝転がる。


「はぁああああ……どうしよう。スミスさんと会っちゃった」


 心臓は今更鼓動が速くなって、高ぶったまま気持ちは収まる気がしない。

 すでに片想いをしていることを自覚して半年以上が経っているが、それ以上に悩んでいることもある。


「年齢差がなぁ……」

 アンとヴィクターの年齢差がかなりあるため、少しだけ想いを告げるのは難しいと考えているのだ。

 終戦したときにアンは四歳になったばかり、ヴィクターは二十歳と年齢が離れているのだ。


「う~~ん、お父さんとお母さんの場合は年離れても一歳だったからなぁ」


 両親の場合は一つ年齢が違うだけだったが、アンの片想いしているのは十六歳離れたヴィクターについてだった。


 なかなか話すことができないことでもあるから、アンの従妹であるシオンとスミレは年の離れた許婚がいると話してくれたことを思い出していた。


 それから卒業旅行にアズマ国へ着いた翌日にスミレの結婚式があるのだが、アリソンはそれに参加することができるようだった。


 少しだけノイズがかったような音が聞こえて着ていたのだった。


「あれ……この音。もしもし? アリソン」

『繋がってる? 新しいピアスにしたから、安定してるかなって』

「そうなんだね。あと卒業旅行のとき、一緒に従妹の結婚式が近々あるんだけど」

『そうなの⁉ 年齢っていくつになったの?』

「確か十五か、十六くらいだと思う。アズマ国だとそれくらいで成人して結婚するからね」

『年齢はバラバラね。ジュネットも昔は十六歳で成人して結婚してたから』


 それを聞くと少しだけ納得したような声色が聞こえてきた。

 アンは通話を切ってすぐにベッドに寝ることにしたのだ。

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