とある二人の恋

須川  庚

プロローグ

 十二月、王立第一学院で教職課程を受講している学生、主には国家試験受験した学生たちは合格発表を翌日に控えていた。


 試験が行われていたのは十一月から一か月が経っているが、学生たちはいよいよ再び緊張の日が訪れようとしている。


 そのなかで学生寮の自室の居間で行ったり来たりしている学生がいた。

 艶やかな黒髪は背中の半ばまであり、それを高い位置に結っている。


 その顔立ちは成人したばかりの少女ではあるが、幼く見えることもあるような顔立ちをしている。瞳は琥珀こはく色でとても心配そうで潤んだ瞳をしている。


 アン・エリー・アンダーソンはそのひとりであり、近代・現代史の科目教員を目指しているところだ。


「ねぇ。どうしよう、アリソン」

「大丈夫よ。きっと合格しているわ」


 隣にいるのは同い年で入学時からのルームメイトで親友だった。


 腰まで伸ばしている波打つ金髪に大きな青い瞳をしているが、その顔立ちは凛とした雰囲気だ。

 彼女はアリソン・ルイーズ・アーリントン=ジュネット。

 この王国の第一王女で王位継承権三位にいる王族だ。


「でも、大丈夫じゃないと思う」

「アン~。そういえば、スミスさんとの文通についてお話聞かせて」


 アリソンは最近文通を続けている相手との話をすることにしたのだった。


「え……スミスさんとは。まだ友だちだよ⁉ 読書仲間でさ、互いに感想とかを話したり、ときどき書店で買い物に行ったりするだけ」

「デートしてるの?」

「そういう事じゃないって! アリソン、まだそんな関係じゃないってば」


 親友アリソンの言葉に慌てて弁明しているアンは顔を赤くしてそちらを見ている。

 それを見てアリソンはその話を深掘りしようと話をしてくる。


「あ、卒業パーティーには出るの? その人と」

「出ないよ。あれってパートナーじゃないとダメでしょ? うちはお父さんと一緒に出るつもりでいるから」


 王立第一学院のみならず、卒業パーティーでは同伴者が必須な場面が多くなる。

 主にパートナー、恋人、婚約者、伴侶の他にも父兄が参加する場合も珍しくはない。アンも後者のパターンで出席するつもりでいるのだ。


「そう言うアリソンはどうなのよ?」

「え、わたしは……まだよ。縁談もまとまっていないわ」


 アリソンはローマン帝国の皇子との縁談は年明け、彼女が卒業してから本格化する予定だ。


「そう。お互いに道のりは遠いわね」


 それを聞いてアンもうなずいてしまった。

 恋する少女たちの悩みはつきものだ。


「それじゃあ、今日は寝よう。明日の結果がわかったら、何する?」

「寮に戻ってから寝る」

「そうね、それじゃあ、また明日」


 アンの教職課程の国家試験の発表の瞬間はすぐに訪れてしまった。


 彼女は制服の茶色のジャンパースカートに白い襟、赤いリボンをつけて、茶色の丈の短いジャケットを着る。

 朝起きてからずっと心臓の鼓動が速くなっているし、気持ちもなんとなくこわばっている。


 長い黒髪を愛用しているアズマのくしで何度かいてから髪をまとめてその日の気分で位置は変えている。


 今日は下の位置で結うことにして、ベッドルームにある小さな三段の引き出しの一つを引いた。

 この引き出しに入っているのは髪飾りが多く、緋色の髪紐を取ってすぐに結ぶことにした。


「よし、いい感じだ」


 鏡で確認してからピアスを耳につけ、授業の準備をして食堂へと向かうことにした。

 隣のベッドルームからほぼ同時に出かける準備をしようとアリソンも出てきた。


「おはよう。アリソン、行こう」

「うん。行こう」


 学生寮の食堂へ行くと朝食を食べてから登校し、ホームルームを行う教室へと向かう。

 雪はまだ降らないが、かなり寒いので外套を羽織って歩いて行くことにした。


「寒いね……雪はまだ降らなさそう」

「でも、北部のコールドグラウンド地方とかは雪が降ってるはずだよ」


 朝にある授業変更や教室の変更などの情報を担任から伝えられ、教職課程の学生は合格発表が行われる教室に向かうことにした。


(大丈夫かな……)


 その後に髪紐に触れてからはすぐに教室に行った。


 同じ教職課程を受講している学生たちで成人年齢に達した学生が国家試験の合否を見ることになる。

 教室に入ると、空気が張りつめているのが見えたりしている。


 ほとんどが合格発表で必ず合格しないといけないと考えている。

 すでに卒業後にそれぞれ故郷などで教育機関への就職が決まっている学生も多い。


「それでは国家試験の受験者に、合否通知が届いています。学年順に名前を呼びます」


 それを聞いて教室は静寂に包まれている、隣の教室のざわめきが聞こえてくるくらいに。


 学年は受験者の多い順からなので最上級生の八年生から呼ばれることになっているのだ。それにアンが姓の順番では速い方ですぐに呼ばれてしまった。


「はい、これね」


 すぐに教員から手渡された封蝋をペーパーナイフを開けて、それには二枚の証書が入っているのに気がつく。それを丁寧に紙を開くことにした。


 手が震えるなかで便せんに似た用紙を見つめてみたのだ。

 そこには印刷された文字で合格したことを証する証明書が同封されてあるとの旨の記載がされてあった。


「あ……うそ。良かったぁ」


 自席に戻った際に大きく息を吐きながらそれを通学カバンにしまうことにした。

 そのなかでざわめく教室のなかでは合格して泣いている学生がほとんどである。


 授業担当の教員が全ての学生に合否通知書を手渡し、合格した学生には就職先の窓口に提出する書類を後日配布することを連絡した。


「はい。数年間、教職課程で学んだことを次の年度から教える立場になる責任を持って、教壇に立つことを祈っています」


 その言葉を胸にアンは次の授業するために教室へと向かうことにした。

 次の授業は白魔法の上級クラスの教室の廊下で、心配そうにこちらを見つめている。


「アン、どうだった?」

「合格したよ。本当に良かったぁ……」

「おめでとう。肩の荷が下りたね」

「そうだね。魔法導師の資格も取れるかな?」

「大丈夫だよ。白魔法だったら、うちも教えてあげる」


 アンは白魔法の上位魔法導師の資格も取得を目指しているのだ。


 すでに中位魔法導師の資格は有しているが、さらに難易度の高い魔法を扱える指標となっているのだ。


 白魔法は防御やケガの治癒ちゆなどの攻撃性のない魔法がほとんどで、教員の中にも白魔法の魔法導師資格を持つ者も少なくはない。


 アリソンは白魔法と黒魔法の上位魔法導師を四年生の前期に取得済みで、後期からは研究機関との往復がほとんどになっている。


「それじゃあ、またお昼休みに」

「またね」


 それを言ってからアンは次の教室へと入った。

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