第31話 冒険者の塔10

 トラブルが少しあったものの、本来の冒険者業は一層外周での狩りの方向も定まり、順調そのものである。

 一層外周と言っても、全体の半径から見れば三パーセントに満たないのだが……俺たちにとっては外周だ。


 ハイエナの毛皮はまともな状態で確保できればやはり良い稼ぎになる。ヴォーヨン南西の森はもちろん、スケルトン狩りよりもよほど儲かる。まだ十日ほどしか経っていないのに、既に余裕がある。

 生活水準を少し上げてもよさそうに思えるほどだ。


 こうなると自然と意識は二層へと向き、先送りにしていた問題であるサンゴについて考えなければならないと思い始めた。



 相変わらずサンゴの魔法については何もわかっていない。いくつかの情報屋を覗いてみたが、繋がりそうなものはやはり無く――


「あ」

「どしたの?」


 横で同じように魔法の練習をしているヒノに何でもないと取り繕いながら、思いついたというか思い出した。例の冒険者に聞けば良いじゃないか。


 例の冒険者とは、この前出会った恐怖の美人である。

 ヒノの地雷を踏み抜いたとはいえ向こうに落ち度はあまりなく、勝手にこっちが挑発して勝手に怯えてしまっただけなので、むしろ申し訳なさがある。


 同じ宿にいるのでその後も顔を合わすことはあったのだが、反射的に恐怖を思い出しビクついてしまうので向こうがそっと道を譲ってくれている状況になっている。

 特にヒノがなんとも言えない複雑な表情もしているので、完全に気を使われている。優しい人だ。


 仲直り……という表現が合っているのか分からないが、同じ宿にいるうちにまた話し合いたいなと思っていたので、とっかかりの話題としてサンゴのことは丁度良い。


 まだまだ雲の上のような存在なのに、せっかく向こうが会話に応じてくれるような状況なのだからできるだけ仲良くなっておきたい。しかし提供できる愉快な話があるわけでもないし、かといってまた漠然とした質問をしても評価を下げることになりかねない。


 その点サンゴの件は恐らく珍しい話であり、興味を持つこともあるだろう。直接答えを聞けると思うのは欲張り過ぎだが、ちょっとしたアドバイスくらいは貰えそうだ。


 ◇


 いざ用事ができると、なかなか会えないものである。


 なんならワザと合わないようにしている可能性もある。それくらいは容易に可能とする能力があるだろう。


「えーっと、サクラさんに取り次いでもらう事って出来ますか?」


 仕方なく宿の受付に聞いてみる。それほど大きい宿ではないので全部屋あたることも出来るが、世話になっている宿に対しそんな迷惑行為をする気にはなれない。

 ちなみに誰も連れて来ておらず、一人での行動。また何か起きてしまったら台無しだ。


「ん?なんだい、別にそのうち会うだろう?この前だって話してたみたいじゃないか」


 幸い何か怪しまれることもなかったし、前の食事の席も知っているみたいだった。簡単に事情を話すと笑って了承され、待っているように言われる。


 不思議と、思った以上に暖かい対応だ。後から聞いた話だが、俺たちが鎧のせいで目立っているため、長生きできるかできないかなど興味を持たれ話題に上がることが多いらしい。


 すぐに受付さんがサクラさんを連れて戻ってきた。

 自分から呼んだくせに身が縮こまりそうになるのをなんとか抑える。


「ふふっ、どうしたんだい?」


 虚勢を張る俺の状況がお見通しなのか、笑いながら訊ねられる。


「今の状況のままというのは良くないと思い、一度お話したくて……あと、少し聞きたいこともありまして」



 いつものラウンジの席に着くと水を出される。サクラさんとそのおまけとして用意されたのか、この状況を面白がっているのか。どちらにせよ普段ならないサービスである。


「で、何を聞きたいんだい?」


「仲間の使う魔法なんですが……」


 何か代償があるらしく体調を崩すこと、空腹を訴えること、そもそも現段階で使うにしては強力であること。そして本人が何も分からないことを説明する。


「ふむ。何かしらの枷を付けて他を伸ばすのはありがちな手段だが、自覚がないというのは聞いたことがないな」


「サクラさんほどの冒険者でもですか」


「私ほど、と言われても反応に困るなぁ。私は情報通でもないし、経験豊富な方でもないからな。流石に君たちよりは上なんだろうが」


 ありがたいことに真剣に考えてくれているみたいだが、答えは出ない。


「うむ、分からん。素直に情報屋に行くべきだろうな。あとは抵抗が無いなら掲示板とか」


「掲示板?」


「ん?知らんのか?ギルド掲示板のことだが」


「いえ、その存在自体は知っていますが……」


 それはギルドメンバー同志が空間を超えて情報を共有する為のもののはずだ。

 この町の各所にも掲示板は設置されているが、ギルドに入っていない俺たちが見ても何も書かれていないように見える。


「そんな都合良く良いギルドに入れるものなんですか?」


 あるいは勧誘してくれるのだろうかと、淡い期待を抱く。


「『てすと』について言ったつもりだが、何も知らないのか。今の転生者事情は知らんが、ギルドについても情報屋で聞いといた方が良いだろうな」


 ギルドについての情報は初心者割が効かなかい範囲だったり、まだ自分達には必要ないものだと思っていたので何も聞いていない。

 こんな早い段階で必要とされるとは。


「そういうものなんですね。ありがとうございます、調べておきます」


「うーむ、私から言っておいてなんだが、てすと掲示板はお勧めしないぞ?半分冗談で言ったつもりだからな。存在を知っておくことは大事だが」


 そんな事を言われると、ますます気になる。早く知りたくて心が浮き立つが、サクラさん自身が解説するつもりは無さそうな言い方なのだから、ひとまずは置いておく。


 その後は取り止めもない話をした。

 何の面白みもない俺の過去の事や、どこの飯屋が美味いから目標にすると良いだとか。

 一応こちらから過去の話をする事で、この前のヒノの件の謝意を示したい意思は伝わったと思いたい。

 仄かに笑いながら、リーダーは大変だなと言ってくれたので多分大丈夫だ。



 諸々の状況を考えると正直コーメンツに帰るのは避けたいのだが、残念ながらこれが一番確実な方法であることは間違い無いだろう。


 俺だけ戻って聞いてくるならまだ良いのだが、流石に当の本人であるサンゴを置いて行ってもしょうがない。


 結局、俺とサンゴの二人でさっさと行く事にした。



 今の俺たちなら徒歩でも大した危険はないが、カバ車を使う事にした。時間を節約する方が有意義だろう。

 

 車の中は、前と違って終始静かだった。



 こうして揺られていると、ユイの事を思い出す。それ自体が失礼というか侮辱かもしれないが。

 ふと外を見ると、小さな木人が所在なさげに立っているのが目についた。


 そういえば、あの熊はどうなったのだろう。無事に駆除されたのだろうか。今まで気にもしなかった辺り、本当にどうしようもないなと自嘲する。


 ◇


 草と獣の匂いが微かに漂う。最初此処を訪れたときはそんな感想は抱かなかったのだが、不思議なものだ。


 久しぶりのコーメンツ。ここを出て随分経った気がするが、まだそれほど経っていない。


 目に入る屋台も、前までは無駄遣い厳禁ということで買い物なんて考えられなかったが、今の稼ぎなら問題にはならないだろう。

 このまま軽く散策したい気持ちもあるが、まずは用事を終わらせなくては。慣れ親しんだ看板の下に入る。


「いらっしゃ……おー!お久しぶりです!」


 笑顔が素敵な看板娘。情報屋のサンディだ。

 散々通い詰めたので顔も覚えていてくれたのだろう。どちらかというとこの女性の父であるガラディに世話になっていたのだが、それでも顔を合わせた数は多い。


「また生きたまま顔を見れて嬉しいです!ちょっとお茶でもしながらお話し……あ、でも何か御用があるんですよね?父でしょうか?」


 心底こちらを心配してくれていたような反応。見た目もサクラさんに会わなければこの人が一番だったし、その嬉しい反応もまた可愛いさを底上げしている。

 もっとも、この女性の記憶力や言動は全て商売のためのものであり、完全に演技だ。それが分かるくらいここには通い詰めている。……あくまで情報のためにね?


「お久しぶりです。ガラディさんをお願いします」


 絶対にガラディでなければいけないわけではないが、一々照れくさくなるこの女性よりも話しやすいので代わりを頼む。

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