第30話 冒険者の塔9
宿に着き、料金を払って飯を貰うという慣れた行動をとろうとしていたが、不意にその動作を中断させられる。
――明らかに、この宿に似つかわしく無い存在がいる。
転生者の平均化された容姿から逸脱している。
釣り上がった細い眉、強い意志が宿っているであろう鋭い目付き。
俺たちと同じ色とは思えない艶やかな黒い髪。桃色の羽織が特徴的な和装。腰には刀と扇子を差している。
他と一線を画す美人。繊細さと力強さを両立している。
平均化された転生者達の顔も悪いものではないだけに、さほど気にすることのなかった外見だったが、だからこそそれ以上の存在は目立つのだなと思わされた。
安い雑炊を上品に口元に運んでいる。不思議な光景だ。
「どしたんです、わっ」
俺の後ろから顔を覗かせたヒノも同じ感想だったのだろう。あからさまに驚く。
こうした外見も、エベナでは本人の望む方向に少しずつ成長するという。であるとして、これ程完成された状態になるにはどれほどの過程が必要なのだろうか。
少なくとも、まだ冒険者を名乗って良いのか分からないレベルの俺たちが使うような宿にいて良い存在ではないだろう。
不躾な視線に向こうも気付いたようで、目が合い、しばし見つめ合う。ベクトルが全く違うとはいえ俺たちも目立つ存在ではあるからこそか。
そしてそのまま、手振りで同じ席に座る事を許可される。誘導されるままに席に着こうとするが、これまた綺麗な声で「食事は良いのかな?」と言われて本来の目的を思い出し、先払いの雑炊を店員から貰う。
「そんな緊張しないでも良い」
と言われたところで難しい。ヒノなんかは両手を中途半端に上げてニギニギしている。ちょっと面白い。
「ええと、どうして?」
こんなとこにいるのか、俺たちを誘ったのか。説明が足りずとも、自覚があるのかすんなり回答を貰える。
「昔世話になってな。懐かしい気持ちになって泊まっているんだ」
どうやら既にこの宿で過ごしていたらしい。時間帯が合わず気が付かなかったのだろうか。
「君たちを誘ったのは単純に話し相手が欲しかったのと、面白い格好をしているなと思ってな」
「ああ、なるほど」
ありふれていそうな理由ではある。俺たちも、もし上手く行ったら世話になった店にお礼参りに行きたいものだ。もちろん物騒な方の意味では無く。
「私が言うのもなんだが、こうした施設は成功者の寄付によって支えられている部分があるんだよ。私もお陰で助けられたのだから、お返ししなくてはな」
なるほど、立地の割に安いのはそうした理由があるのか。
「君たちは見たところ順調そうに見えるが、調子はどうだい?」
「ええと、まあ今のところはそうですね。死者も出ていますが大方想定通りに来ています」
緊張して要らないことも口走ってしまい、しまったと思った。
「ほほう、中々良い根性をしているな。まあこの町までならさして問題にはならんだろうが、ここから出る頃には意識を変えておけよ?ま、ここでも程ほどにしておくと良い。私みたいな奴もいるからな」
苦笑しながらも、忠告される。
"私みたいな奴"がどういう奴なのか気になるが……憚られる。誰かに利用されて復讐でもしたのだろうか。
いや、仮に復讐なんて気が一切無くとも、良いように利用し捨てた奴が支配者層にまでのし上がられていたらとんでもなく恐ろしいな。
「……肝に銘じます」
何故だか冷や汗をかいてしまった。それを見て女性は「脅すつもりは無いのだがな」とまた苦笑する。
しばし沈黙の時間が流れるが、先ほどの話題のせいでとんでもなく気まずい。向こうは何とも無いようで、あまり美味しくはないだろう雑炊の器に残った掬いきれない汁を、のんびりと匙でいじっている。
「あの、月並みな質問で申し訳無いのですが、どうやったら強くなれますか?」
こうした強者なら耳にたこができるほど聞いた質問だろうが、何かしら話して空気を変えたかった。気の利いた話題も今の状態では思いつかなかった。
「ふふ、それは私が聞きたいくらいだな。私は今、俗にいうスランプというやつでな。どうしたら良いか、何をするべきか悩んでいるんだ。簡単な依頼を受けたから、気分転換にこうしてヴォーヨンに来ているわけだな。しかし依頼もすぐ終わってしまって、結局何もつかめず時間を浪費しているんだ。」
「逆に聞きたいが、私はどうすれば良いと思う?」
分かるわけがない。知るか、なんて言えるわけもなく。かといって、他に良い返しが思いつくわけもなく。
「うーむ、どうにも立場的に困らせてしまうな。そうだ、君達も転生者だろう?この世界で今どういう立場だとしても、転生前は違ったはずだ。若いなら若いなりの発想を聞きたいし、逆ならそれこそ年の功によるアドバイスを拝聴してみたいな」
転生前の記憶。
灰色のそれを掘り返したところで、何か思いつくはずもない。
向こうの知識を活かせることなんてほぼないと言われたし、その通りだと思っている。精神的なことだろうとそれは同じだ。
むしろこの女性に何か生前の知識を活かせたことがあるのか聞きた――
「死ね」
何が起こったか分からなかった。
実際、ただその発言が聞こえただけで、何も起きていない。だがあまりにもあんまりな発言に。それが自らの死に繋がると思えたために、一瞬頭が真っ白になってしまったのだ。
「――ば、良いんじゃないでしょうか」
或いはミリリならそんな発言が出たかもしれないと思えたが、発したのはヒノである。
いかにも悩んでますというような可愛い仕草をしながら、提案した。その提案がシンプルな暴言なのか考えがあってのものなのかは分からないが、どちらにせよ意味があるとも思えない。
「ぷっ、ははは!これは私が悪いな、すまない。君たちとはここで過ごした時間が違うんだ。もちろん私も自分の人生に納得がいかなかったから転生したのだが、時間と共に前世の価値が薄れていてな。今更それほど感情が動かないんだよ。事情は人それぞれなんだが、どれほど過酷な前世の者でも私くらいの者たちは平気で言える奴が多いんだ」
気が付けば先ほどとは比べ物にならないくらい冷や汗がだらだらと流れていたが、幸い悪いことにはならなかったみたいだ。
「いや、そういう熱い思いが大事なのだろうな。今の私は目的もなく彷徨う亡者のようなものだしな」
亡者にしては身なりが整い過ぎているが、今突っ込みを入れられるほどメンタルは強くない。
「なんだか悪いことをしてしまったな。一旦お暇するとしよう。ではまた」
俺の様子を見て帰ってくれたのかと思ったが、横に座るヒノを見るとこちらもまた汗をダラダラ流しながら微かに震えている。
こっちに気付くと、軽く手を合わせ小さな震える声で「ごめんね」と謝罪される。愚かなことをしたという自覚があるのだろう。それでも、言わずにはいられなかったと。
あの瞬間。
別に、ヒノの暴言ともとれる言葉に対して殺気や怒気を向けられたわけではない。ただ、何か言い知れぬ緊張感、いや警戒感が走った。たまたま視界の隅に虫を捉えただけのような、ちょっとした反応。
反射的に俺の方が「死ぬ」と思ってしまった。続く言葉によっては本当に現実になっていたのだろうか。何なんだアレは。あの人は。とにもかくにも恐ろしい。
願わくば、この邂逅が何かしらプラスに働けば良いのだが……
無理やりまだ残っていた雑炊を流し込み、震えるヒノの手を引き部屋に戻る。
何か事件があったからといって、鍛錬をサボるわけにはいかない。むしろ今回はたまたま生きていただけだと思い、実力でなんとでもなるよう一層励むべきだ。
部屋に着き定位置に腰掛け、魔力を弄る。最初から思いのほか問題なく魔力を動かせたのは行幸だ。緊張や恐怖で使えなくなる力なんて使い物にならない。日頃から常に魔力を意識している甲斐がある。
ヒノの方も、まだ動揺が抜けきっていない状態ではあるがしっかり魔法が生成されているようだった。
疲労を忘れかけた頃にはまたダンジョンに向かい、また肉体面でのトレーニング。食事の時のことがあったからか、その恐怖から逃れるように、体を動かすのには身が入った。
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