第29話 冒険者の塔8
荒野ばかりだったゲート付近と違い、半径二十キロ地点を越える外周は地形の変化に富んでいる。
荒野から砂漠になり、砂丘を越えたと思ったらすぐ背丈ほどの植物生い茂るサバンナ地帯が続いたり、そのまま沼地になったかと思えばまたカラカラに乾いた砂漠。次は岩石地帯になって辟易としたところで綺麗なオアシスに癒されたり。
そしてその地形に応じた様々な種類のモンスターがいる。
しかし、見通しの良い場所で遭遇する敵は発見時から近付かなければ、まず戦闘にはならないのでそれほど関係ない。
視界が悪かったり逃げることが困難な沼地やサバンナは最初から避けて移動するのでやはり問題ない。その他危険を感じた場所はとにかく避けている。
そうした安全策をとっていると、とりあえずハイエナとグールに対処できれば良い。
だが、対処出来てもこれを金に変えられないのなら収入は困ったことになる。
グールの魔石はエネルギーを移して終わりなので手荷物が増えることはなく、今までのように換金のための運搬時間は無い。これは素敵なことなのだが、収入としてスケルトンのボロ剣一本と同じくらい。
ハイエナの毛皮は個体や状態によるが、最大でその二十倍ほどになるのでこちらが本来メインの稼ぎになるのだが……。丸焦げのものを持ち込んだところで、結果は火を見るよりも明らかである。
格上のモンスターを倒す本来のうまみは、その戦闘による経験値、そして戦利品の質である。
経験値と言っても、軽快な音と共にレベルアップの音が響くような倒せば何でも良い経験値ではない。その戦い自体に意味がある。
死ぬ一歩手前くらいで限界に挑み戦い続けるのが一番強くなれると聞く。そういう意味で格上と戦うと効率が良いのだ。裏技染みた方法で倒したところで仕方ない。
戦利品も、基本的にはそのモンスター自体が戦利品なのだから、倒し方は重要である。
魔石が生成される場合でもその機序を考えれば分かる通りに、部位欠損させたり真っ二つにしたりなどするとエネルギー量が減ったり生成されなかったりする。
魔法によるハイエナの丸焼き戦法はやめておきたい。炎魔法はグールにのみ使い、稼ぎを増やす方向にしたい。が、安全を考えれば難しいところだ。
悩んでいると、次に遭遇したのは運よく一匹だけのハイエナ。はぐれでもしたのだろうか。試しに粘着魔法を使ってみたが見事に何の意味もなかった。むしろ襲い掛かるハイエナに付着した魔法にこちらがくっ付きそうでこの上なく邪魔だった。
粘着魔法が消えるまで避けに徹し、その後定石通りカウンターによる攻撃を狙ったがこれが難しい。
この攻撃方法に慣れたミリリや素早いサンゴも避けられてしまう。
多対一の利点を活かせず翻弄され続け、何度も繰り返している内に偶々ミリリの攻撃が当たったという具合でようやく撃破。
流石に四体一なら余裕だろうと思っていたのだが、予想以上に手こずった。
完全に炎による遠距離魔法が特攻だったようだ。
魔法を避けることも大してしいなかったので、その素早さの見積を誤ってしまっていた。
魔法に対しての感知能力が低いのか、飛んでくるものが何なのか理解できていないのか。何かしらの理由で素直に当たっていただけで、身体能力だけ考えれば本来当たりはしないのだろう。
ここに来て、鎧の重さが足を引っ張っている。これまでさほど気になりはしなかったが、瞬間的な加速が求められるハイエナ戦では明確に響いた。
もちろんこの丈夫な鎧のお陰でハイエナの攻撃を防げているので外すという選択肢はない。シンプルにもっと鍛えるのみである。
しかし現状、この感じで集団戦をこなすと考えると、少し怖い。
少なくとも数でこちらを上回られてしまうと危険過ぎる。幸い魔法による先制攻撃で数を調整することができるので、これをうまく使うべきだろう。
ここまでの事を踏まえれば、やるべき戦法は限られている。
当然数が多ければ減らす。次に出くわした集団はハイエナ三体、グール二体。ハイエナ一体、いや二体を先に殺す。
グールも焼く。初回よりも早く混乱が収まりグール一体は無傷なまま近接戦が始まったが、これくらいは問題無い。
後は普通に戦う。ハイエナ一体とグール二体ならばなんてことはない。
二人でハイエナの相手をしてグールと分断し、手負いのグールを一対一で速やかに撃破。その後もう一体を二体一。最後にハイエナ一体を先程と同じように何とかするだけだ。
グールも器用に攻撃を避けるがハイエナほどではなく、手負いだったり二体一ならば問題ない。
あまりにも慎重。冒険者という名前が泣いているような戦い方だが、これで良い。戦いなんて始まる前から決着が付いている方が良いに決まってる。それでもハイエナ相手は結構な訓練になるし、これで何とか毛皮も手に入る。
動物の解体作業はコーメンツの緑豚相手にバイトで何度もやったので、勝手は分かる。グールだと散々気持ち悪いと感じていたのにこちらは大丈夫な辺り、ただの慣れなのだろうか。あるいは人型だから忌避感が強いのか。
毛皮を手に入れたとは言っても、肝心のハイエナを倒すのに苦労している内は商品が傷だらけになってしまうので高値は付かない。仕方のないことだ。
モンスター、というかハイエナを求めて彷徨っていると、当然違うモンスターにも遭遇する。しかしいかにも火が効かない水属性がいそうな沼地を避けているからなのか、炎魔法の遠距離攻撃がことごとく有効で快適だ。
今倒したサボテンのようなタンブルウィードのようなモンスターも、数秒で火が燃え移りそのまま動かなくなり、やがて燃え尽きた。相変わらず収益には繋がらない魔法なのが難点だ。
ヒノが炎魔法を使えるということを活かす狩りの予定ではあったが、倒すだけならそれどころの話ではない。
我が物顔で探索していた、のだが。
「逃げるぞ」
沼地を横目に距離を置きながら歩いていたのだが、そこから見方によっては愛らしいクリクリした目を持つ、黒とオレンジ色の大きなイモリのようなモンスターが顔を覗かせていた。
ディカイモリというモンスターらしい。あのモンスターに炎が効くかどうかは分からないが、そもそも戦うつもりはない。アレは毒を使うらしく、相手にしたくはない。
この世界における毒状態がいかなるものかは詳しくないが、対策を何も行っていない状態で侵されたら死ぬくらいは分かる。
沼地は足を取られて動きが鈍くなることが一番の脅威だが、あいつが生息しているのも問題だろう。
沼地を出て追ってくるかどうかまでは聞いてないが、余裕のある内に離れておくに越したことはない。そそくさと沼地が見えない距離まで離れる。
視界が開けている場所だと最初から距離がある状態での遭遇になるので、こういった戦闘を避ける行動が楽に済んで助かる。
その後またもやサボテン風モンスターに遭遇したが、これも避ける。
燃やしたところで得るものはないし、魔力も限られている。無駄遣いはしたくない。
仮に近接戦を仕掛けて倒したところで、死体丸ごと持ち帰らなければならないタイプの獲物であり、運搬が面倒かつ大した儲けにもならない。
結局ハイエナとグール以外を相手にする意味は無さそうだ。他を狩るとしても、このエリアで戦闘中追加で来る可能性の高いハイエナの速度に対応できるようになってからの方が良い。
一歩一歩進んで行こう。
一日の狩りを終えると、解散して自主練タイムに移行する。
魔法ありきの戦闘になっているので、魔力切れと共に終わりを迎えてしまいまだ日が高い。
いつも通りシンプルな素振りから始める鍛錬。
最近はヒノが近くに来て同じように鍛錬することが多い。動きもそっくりそのまま真似している。この手の鍛錬に頭を使いたくないのだろうか。
実際、こうして体を動かしている時も大抵なんかしら魔法の訓練をするものなので、俺も適当な感じではある。
ゲート付近でも稀に出現する少数の骨っこやスケルトンは、良い実験台になる。
重要度が上がったカウンター、受け返しの練習が出来る。もちろん人型とハイエナでは違う部分も多いが、少しでも動きの要領を掴みたい。
仲間同士での練習も考えたが無駄に鎧に傷を付きそうだし、そうならない為に武器を木刀等にしてしまうと重量の差が大き過ぎて意味がなさそうだと思った。
勢いの乗った重い武器を直前で寸止めするような力もない。
体力を増やす意図もあり激しく動いたので、疲労はすぐに蓄積した。二時間もすれば剣を持ち上げるのもやっとという状態だが、今日はまだ時間がある。一度食事をして魔法の訓練をして、それからまた戻ってきて体を動かす。という流れだろうか。
当たり前のように、ここでもヒノは付いてくる。
先にへばっていたが意地でも鍛錬に付き合ったりするのは少し感心してしまうが、最後の方はほぼ動けていないし、そんなに真似しなくても良いのにとは思う。そもそも剣とメイスでは勝手が違うだろうに。
たまにはちょっと贅沢して外の食堂でも行こうか……などと考えている内に宿に着き、結局ここで食事をとる。
基本的に宿で提供される食事は一種類のみで質素かつ安価。
食堂は余裕がある者に許される娯楽といった雰囲気がある。とはいえ軽い一食でそれほど高くつくというわけでもないのだが、中々最初の一歩が踏み出せないままだ。
いつもと違う時間に歩いているからか、町の雰囲気が少し違う。
少しだけ新鮮な気持ちで宿を目指し歩いていると、ふと視線を集めていることに気付く。……ああ、そういえば派手な鎧だったか。
一週間程度しか経っていないが自身ではすっかり慣れていたし、宿内の者にはお馴染み。さらに鎧自体も傷や汚れで多少は目立ちにくくなっているので、全然気にしなくなっていた。それでもこうして事あるごとに思い知らされはするのだが。
最初はあんなにも気になっていたというのに、不思議なものだ。目立っていること自体にも慣れている。
デメリットが気にならなくなったのだから、結果的に良い買い物だったな。
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