第32話 冒険者の塔11
「おー生きてたか!世話をした甲斐があるってもんだ!」
再会するとまず生存を喜ぶ風習でもあるのだろうか。
まあ、この町で出会った転生者なんてほぼいなくなるのだろうから、当然の反応なのかもしれないが……生きている身としては何て返せば良いのか困ってしまう。
再びコーメンツを訪れたのが早いだけであり、長生きできたというわけでもないから余計に。
相変わらずの筋肉質な大柄な体。この見た目だけでも、ヴォーヨンにいた多くの冒険者の中でもかなり強い方だろうと分かる。
「言われた通りの慎重な狩りばかりしてますからね。そろそろ必要な狩りの情報も尽きそうなので、どうやり繰りしたものか悩みどころですよ」
『冒険者の塔』の第二層までの情報はモンスターや地形など一通り仕入れてあるが、それ以降は何もない。ここを境に冒険者として認められる一方で「初心者だから」という優しさがなくなり、情報を買うにしても価格が一気に上がる。
もっとも、安いのは優しさではなく、働き手として早く一人前にする為という面が強いかもしれないが。
何にせよ情報の値段が上がるし狩りに行ける範囲も一気に広がるので、これまでのように正解と思われる道筋みたいなものが無くなってしまう。
さながらオープンワールドゲームのチュートリアルが終わり「後は好きにしろ」と放り出されるような感じだ。
一番ワクワクするところのはずだが、選択をミスるとそのまま人生が終わるのだから期待感より不安が勝ってしまう。ゲームならば毛嫌いしている攻略本なり攻略サイトが欲しいところだ。
「順調で結構なことじゃないか。で、今日はどうした。ダンジョンの情報ならわざわざここまで来ないだろう?そっちの奴が関係あるのか?」
ずっと横にいながらも放っておかれたサンゴに注目するガラディ。情報を聞くときにパーティメンバーが一緒にいることは不思議ではないが、この町では珍しいことだし俺もこれまで誰かを連れてきたことはない。
一応サンゴも最初にこの店へ一人で来たことがあるはずだが、覚えていないようだ。
「はい、そうなんです。魔法のことになるんですが……」
と話を進めていく。ヴォーヨンの情報屋なら「○○の情報をお願いします」と商品名のような具体的なものから始めるのが基本なので、ありがたい限りだ。
「なるほどな。まあ難しいところだが、魔法の素質の話ということにしておこう。五万だな」
いくら親身に接してくれるからと言ってタダで教えてくれるというわけではない。ポンと出すには苦しい値段だが、妥当な値段なのだろう。仕方がない。
転生者からするとこうしたちょっとした情報なんてタダで手に入るものだと思いがちだが、そんなことはない。
これにはこの世界の事情が深く関わっていて、情報の保存媒体が碌に存在しないのだ。
紙というものは存在するし、保存媒体として最も使われている。しかし劣化の速度が半端じゃない。読める状態を維持できるのは最高品質でも一年保つのがやっとであり、多くは一か月程度で朽ちてしまう。
特殊な魔法容器に保存して置けばそれ以上もつのだが、その間は読むことができないためあまり意味がない。
この世界の神様が目指す"平等"に抵触するとされており、根本的に情報を残すということが良しとされず、防がれているらしい。
結果、人の記憶が一番手軽かつ長く残る。
個々人の精度が重要になるので、大したことなさそうな情報もそれが保障されている情報屋が一番だし、料金が発生するのは自然なことである。
了承の旨を伝え支払いをし、奥に行く。非常に小さい店舗だが店の性質上しっかり個室が用意されている。
「まず魔法にはそれぞれが得意とする系統みたいなものがあるってのは、前話した通りだ。炎の素質があるとか水の素質があるとかってやつだな。だが、これは正確には素質じゃない。それこそ平等じゃないからな。どこまでも反復や継続ってもんがこの世界じゃ重要だ。あと負荷とかか」
あくまで覚える系統の話なので、平等がどうのと関係あるかはいまいち分からないが……まあ、それこそ俺の魔法は今のところソロ冒険者だったら無用の長物か。
「だから素質と言われているものも反復の結果によるものだ。個々人の経験や思い出ってものが頭だか心だかで繰り返し想起され、それがある種魔法の練習になっている。それが意識下か無意識下かは分からんがな。一番練習している魔法になるわけだから、もちろん最初に習得する魔法や得意な魔法もほとんどの場合これになる。
また、覚えようとしている魔法と普段想起されるものに関連が無ければ、バラバラの練習を並行して行っている事になるから習得も遅れる。さらには自身の考えと食い違い過ぎているせいで、習得したとしてもそれに気付かないこともあるみたいだ。転生者が早々に魔法を習得できないとされる原因はここら辺だな」
魔法の訓練をしているときにも是非教えてもらいたかった情報だが、俺は大丈夫だとどこかで診断されていたのだろうか。
「これは少し与太話だが、特にホームシックみたいなやつはこの世界の魔法も捨てたいと願ってるようなもんだから致命的、とも言われるな。出した魔法が自分に当たるなんても言われてる」
合わない奴はとことん合わないと。
思えば、リョウもせっかくだからと魔法の練習をしていたが一切進歩がなかったのはそういう事なんだろうか。
今リョウはこの町にいるはずだが、何をしているのだろう。会ってみたいが、どの面下げて会うんだという感じでもある。
「話を戻すが、つまり転生者にとっての素質は多くの場合生前で決まる。お前らみたいな駆け出しが魔法を使えるってんなら、まず間違いなく繋がりがある。自分のことをよく思い返してみて、共通項を見つけろ。トラウマで思い出したくないようなものがあるなら、むしろそれが正解だったりするかもしれない」
ヒノのことを思い出して、少し緊張して視線を横にやる。
サンゴは特に取り乱したりはせず、問題はないようで良かった。正直何かありそうな奴なのでちょっと怖かった。あと、四人でなくて良かった。ヒノはもちろん、ミリリも怖い。
……全員じゃねぇか。
そういうのを集めたのだから仕方ないかもしれないが……。過酷な前世を持つ方が意思が強そうだし、それがプラスになりそうなのだから。
「そしてこの素質は、一つだけとは限らず複数だったり複合してたりする。正確には一つと考えて良いんだが、分類や区分自体が難しいし意味がないからそれは置いておく。
分かりやすいとこで言えば、氷魔法だな。氷を直接出す奴もいるが、水を出してから凍らせる奴も結構いる。これは水を出すという素質と凍らせるという素質の二つがあると言えるな。
安易な発想で考えれば、氷をぶつけられて死にそうになった経験があれば直接氷を生成する方になりそうだし、冷水で凍死しそうになった経験があれば水を凍らせそうだな。」
なるほど。ヒノの素質もそんな感じなのだろうか。
「代償もここに関わってくることがある。氷を出すなら自分の体温も下がるはず、とか、水を出すなら喉が渇く、とかだな」
その例なら分かるのだが、サンゴの地面を操ることと空腹になることはあまり繋がっている感じがしないんだよな。
「素質を無視して他の魔法を使いたい場合は、さっき言った通り習得まで時間がかかる。他系統の魔法を使うにしても、素質から広げたりうまく応用したりする方法をとるのが一番だ。お前の魔法にデメリットがあるにしても、他に手を出すんじゃなくそれを使いこなす方法を考えた方が良いってこった」
既に習得した魔法を手放すようなことをするとは思えないが、便利に使えると思った魔法全部で自傷ダメージみたいなのが入るってのは中々辛そうだな。
「一応、素質が変わることはある。本人の深層心理からして変わっちまえば想起されるものも変わるからな。ある種の呪いを掛けて強引に変えることも出来なくはないが、これはとても勧められるものじゃない。呪い屋はヴォーヨンにもあるが、あくまで最後の手段として使え」
そういう店もあるのか。見た覚えはないが、ヴォーヨン自体広過ぎてまだ見てない範囲の方が多いし、そもそも簡単に目に入るようなところにある店とも思えないしそりゃそうか。
「こんなところで解決すると思うがどうだ?よく考えてみて心当たりが無いならまた来ると良い。と言っても、その時はお前さんの生い立ちを聞かなきゃ話が進まないからそのつもりでな」
「……分かった」
サンゴは何か思い当たるものがあるのか、考えているようだった。
「あと、散々素質を無視するのは良くないみたいな事を言ったように聞こえたかもしれないが、実はそうとも限らない。
あくまで、まともに魔法を使えるまでが遠回りになるだけだ。最初に素質と無関係な魔法を使えるようになれば、それはそれで一つの強みになる。あからさまに複数種の魔法を使いこなすタイプは先に素質を無視した魔法を習得したやつが多い。
とはいえ早く強くなりたい冒険者にとっては無用な考えかもしれないがな」
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