第27話 冒険者の塔6

 自室でベッドに腰掛け、肩の力を抜く。

 力を抜くことで猫背になった姿勢を正し、両手を軽く持ち上げる。


 魔力を片手に集中させる。

 指を伸ばしたまま少しずつ窄めていく。窄めていく過程で徐々に指へ力を入れる。指同士が触れる頃には全力が込められており痛いくらいだ。

 

 魔力は俺の意志に従い、指先に集まり小さく小さく圧縮されていく。


 力を抜くと、解放された一気に魔力が広がりボワンと体積を増す。反対の手に魔力を移動させ、同じことをする。何セットかそれを繰り返した後、今度は力を入れずに意志だけで魔力を動かす。


 やはり力を入れずに圧縮するのは難しい。だが、それ以外の操作はお手の物。魔力を体中を巡らせ、時には手から手へキャッチボールのようなことをする。


 我ながら中々のコントロール。謎の力を自由自在に扱えていることは素直に嬉しい。嬉しいのだが……


 なんもないんだよなぁ。


 あからさまに何かありそうなのに、何もない。何もできない。

 魔力弾として発射して攻撃したらどうかとか、魔力を纏わせたままぶん殴ったら強いかとか、色々試した。


 俺の意志に従って魔力は上手い具合に発射されてくれたが、ぶつかっても何の効果も発揮せず霧散した。

 木を殴ったら拳が痛かった。


 横を見ると、隣にならんだベッドに腰掛けながらヒノが同じように集中している。

 ヒノが胸の前に両手を持ってきて魔法を練っている。淡く光るオレンジ色の玉は、恐らく熱を発し燃えているのだろう。


 これがヒノの最も得意とする魔法。分かりやすい火の魔法。緑豚に対して全く有効に働かず、そのせいで死にかけて俺に救われる羽目になった原因でもある。


 だが、今のヒノならばそんなことにはならない。


――火の勢いが激しく増す。さきほどの見るからに魔法という見た目から打って変わって何かを燃焼させる純粋な炎が浮いているように見える。ベッドに腰掛けながらやるにはどこかに燃え移りそうで怖いくらいだ。


 炎のせいで見えないが、この中にはスケルトンに対して使っている粘着弾の魔法が入っている。ヒノの使う粘着弾の魔法は敵にくっ付くうえで燃料にもなり、燃る。


 シンプルな火が一瞬通り過ぎるだけでは効果が薄い。かと言って離れた位置で現象を引き起こし続けるのは難しい。一瞬で十分な効果が見込める火力にするのもまた難しい。


 ヒノはこの問題を、燃料を作る魔法を使うことで解決した。


 結果としてそれほど時間を掛けず強力になったし、火が効かない相手にも使い道がある便利な魔法が使えるようになり大変よろしいのだが、近道なんだか遠回りなんだか分からない過程。


 自分の手元に目を戻す。なんとなく見えるようになっただけの魔力。自身の魔力が見えるのは魔法使いにとって当たり前であり、その第一歩ではある。


 この魔力をヒノのように炎にしたり出来ればいいのだが、残念ながらうんともすんともいわず、ただそこに留まるだけである。


 魔法は本人の性質に大きく影響されるという話だが、じゃあ俺には何もないのかと愚痴りたくなる。


 冷静に考えれば魔力を操作するのはどうやら上手いみたいなので、そういう性質なのかとも思う。勝手に他人の命をいいように利用しているのだから、なんならドンピシャかもしれない。


 そのまんま、魔法で他人を操れでも出来れば強力なのだが、その手の強すぎる系能力はありえない。


 敵の能力を奪う能力。何でも分かる鑑定能力。その他諸々自分だけ使えるチート。


 こうしたラインナップはコーメンツの情報屋へ最初に訪れた時に、何を聞くでもなしに「無い」と言われる。自分だけ特別だと勘違いして奇行に走る転生者に釘を刺す目的だ。


 後々よく話を聞いてみると、本当に無いということでもないらしい。ただ、実力に比例した相応の力しか発揮できない。

 仮に能力を奪うみたいな能力なら「一割の力を相手から十分だけ奪う。条件や上限あり」などという具合。要するに、普通のデバフやバフの範囲内になる。


 これを他人を操る能力だと考えると……条件を満たすと一瞬気をそらせるとかだろうか。或いは自分で殺した死体を、生前の能力なしで操るネクロマンサーとか?


 どっちも微妙だなぁ。死体操るとか臭そうで嫌だし。


 ともかく、実力無視で行使できる最強能力みたいなのは期待できない。

 そんな能力があったら世界の均衡が崩れるというか、平等な転生体の意味が何もなくなるというか。あまりにも不平等なことになるので当たり前ではある。


 まあ、碌に魔法が使えない現状で平等と言われても困るのだが。


 通常の習得期間を考えればまだ焦るようなときではない。ヒノはそもそも俺よりかなり先に転生していたみたいだし。


 ただ、情報屋やヒノに聞いたところでは魔法は徐々に形になっていくものなのだ。もし火の魔法が使えるならほんのり暖かい魔力になっていたりとかそういうの。それも無い。

 まだまだ先は長いという事かもしれず、思わずため息が出てしまう。


 特にサンゴの力を考えると虚しくもなる。


「スガさんどしたの?」


 ため息を聞いてヒノが声を掛けてきた。そりゃあ傍でされたら気になるだろう。


「いや、魔法が使えないなーとか、なんの素質も無いのかなーとか」


 単なる愚痴。


「素質かぁ。こう、転生前から考えてた魔法のイメージとかないんです?あとは、これが出来たら楽しそーとか。」

「ぼんやりしてるんだよね。魔法のイメージなんて不思議なパワーってくらいしか思ってなかったし。特定の漫画の能力とか属性とかに憧れも無かったし」


 情報屋のおっちゃんに教わってた時も同じようなことを聞かれた。その時も何かないかと考えたが、特に思い入れがあるものは無かった。


「ヒノはどうだったの?やっぱ王道だし火属性が好きだったり、炎に思い入れがあったりするの?」

「ん~?そう言われるとどうでしょ?虫を燃やして遊んでたくらいかなぁ」


 怖っ。いやまあ子供の頃ならそういうこともあるかもしれないけど、それが最初に出てくるのはちょっとどうなんだろうか。


「粘着魔法の方は?そもそもアレって作ろうと思って作った、というか習得したわけでしょ。ヒノの性質ってのが火だとしたら、違うようにも思えるけど。それとも燃料になるから火属性ってことになるの?」


 ヒノの過去が少し気になるが言及は控えて次の話題に。

 基本がなってないのに応用を知ったところでしょうがないのだが、何でも良いからヒントが欲しい。


「んーと、どうなんでしょね?ちょっとずつ加工していったというか、出来そうなことをやってたらこうなったというか。よく分からんですね」


 散々言われ続けて分かっていたが、魔法は基本的に本人の感覚でしかないので他人に聞いても仕方がない。

 地道にこの魔力をいじくり倒していくしかないか。



 朝食時には雑談を交えながら方針を伝えつつ、各自の体調をチェックする。


 昨日の話を聞いてしまった以上サンゴも気になるが、特に気に掛けなければならないのはミリリである。

 夜通し鍛錬に励もうとすることが多く、コーメンツの頃は体力管理がまるで出来ていなかった。狩りをする日の二徹は絶対に禁止ということにしているので昨日は帰ってきたが、それでも深夜の帰宅なので回復が追い付いているのか疑問だ。


 俺を含めて他のメンバーも暇さえあれば修行の毎日なのだが、ミリリと違って魔法の訓練など体を動かす以外のこともするので、例え徹夜をしてもミリリほど極端なことにはなり難い。



 狩りの最中でも、各メンバーの動きのチェックは欠かさない。別に誰であっても状況把握のために視野を広く保とうとするだろうが、何だか今日は特に意識してしまう。

 サンゴの魔法が気になるとか、ミリリの体力はどうかとかいう理由もあるが、それだけではない。


 結論から述べると、俺自身が弱くて悩ましいという話。


 一応、劣等感は無いつもりだ。

 そもそも俺は仲間にする者はとにかく強い方、強くなりそうな方が良いと思った。当たり前に聞こえるかもしれないが、人間性を無視しているのは少数派だと思う。


 もちろん俺の指示に従ってくれる者を仲間にしたのだから、完全に能力のみで決めたという話ではないが、逆に言えばそれ以外は何も気にしていない。実際にそんな奴がいるかは分からないが元犯罪者でも構わないと思った。

 なんならそっちの方が吹っ切れてて強そうとまで思っていたが、犯罪者の多くがただの考え無しであり、よほど事情があった者以外むしろ弱そうだなと気付いた。


 サンゴ以外は死にかけたことがあるとはいえ、そんな風に考えて集めたメンバーなのだから俺が最下位になるのは必然だろう。


 しかし現実にみんながみんな俺より強いとなると、胸の内にくすぶるものがある。しかも追い付けるような要素もない。

 仮に俺が数か月後順当に魔法を使えるようになったとしても、そのころ皆も成長している。中々辛いものだ。


 とはいえこの感情に従い何か予定を変更するわけではない。スケルトン狩りは順調そのものだし、俺が一番下になることも含めて全部想定内で進行しているのだから、行けるとこまで行くだけである。

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