第22話 冒険者の塔1
――ヴォーヨン面積ダンジョン昇階共通平行型異界、通称『冒険者の塔』
長ったらしい正式名称は異界の性質を示すために列挙してあるものであり、噛み砕いていえば「ヴォーヨン」にある「広い場所で探索」して「上階」を目指す、「皆が同じ場所」に飛ばされ「時間が平行」に流れる異界ということだ。
この手のタイプは異界としての特異性が少ないため「地続き型」とか「現実型」なんて呼ばれ方もする。
因みに『ゴーレムの迷宮』は「面積」の部分を「迷路」に変えただけのもので、こちらも「地続き型」の内に入る。これ等は異界の中でも非常に使いやすいタイプなので、町の発展に大きく寄与し重宝される。この世界における町や村づくりの起点にもなり得る。
特に出入りを制限や管理している様子はなく、多くの行き交う冒険者がいるのみである。
出入口は白く先が見えない膜のようなものになっていて、ゲート或いは門と呼ばれる。先が見えない上、人が多いにも関わらず不思議と出入口でぶつかる人はいない。
俺たちも流れに乗って、門を通り抜ける。
内部は外から見える『冒険者の塔』の大きさは一切関係なく、ヴォーヨンの町よりもよほど大きな広大な荒野が広がっている。
低木や草、山とまでは言えないような丘が点在しており、ここからは見えないがオアシスのような湖や林なんかもあるらしい。
上を見上げれば当たり前のように空があるが、これは偽物というわけでもない。異界は一つの世界であり本物も偽物もないとのことだ。
情報屋で聞いたその面積は約五百万平方キロメートルだそう。数字で言われてもピンとこないが、元の世界の下手な国よりもよほど大きく、規模感としてはほぼ一つの大陸。
過剰というか規模がバグっているというか、馬鹿なのかと言いたいくらいとんでもない大きさだ。
そんな広大な範囲の一カ所に、ひっそりと上層への階段があるらしい。
階段と言っても十段くらいのオブジェのようなもので、実際にはダンジョンの入口と同じくワープ装置のようなものだ。そしてその階段は地面と同じような茶色をした迷彩色になっているので見つけることは困難。
つまりこの階段を見つけることがこの『冒険者の塔』の試練……なのだが、それは過去の話。
とっくの昔に『牙』のメンバーが攻略し、今は冒険者が狩りをして資材や食料を得るための場所。地図を買うまでもなく看板が立てられ階段の方向が書き記されており、舗装された広い道もある。
しかも一層に関しては「この先十キロ」と書かれている通りに階段までの距離は面積を考えると全くと言っていいほど大したことがないみたいだ。
逆に広い面積が無駄過ぎるので、どこかにお宝が眠っているという噂も絶えないらしい。
初めて入った異界に感動しながら景色を眺めていると、とうに見慣れているのだろう冒険者達が俺たちを追い抜いていく。
迷惑だったかと後ろを振り向きながら門の前を空けようとすると、その白い門の裏側に行く冒険者、そして建物が目に入る。
建物は一つではなくいくつも並んでいる。あまりに広く利用価値も高いので、内側にも村が出来ているのだ。
とはいえこのダンジョンでは生殖等の通常の方法以外でも魔物が増える、というか発生するとのことだし、百パーセントダンジョン自体が消えないという保障もない。
結果、建物はどれもコストをかけずに最低限で作られていてパッと見て分かる雑さがある。
色々気になるものはあるが、やることは決まっている。観光でもなく狩りでもない。
最初は動きの確認だ。
門から少し移動して、各々距離を取って体を動かす。
やはり、鎧の重量により負荷がかかり動きが遅れる。
それでもなんとなく想像していた摩擦による抵抗などはあまり感じず、最低限のことは出来るように感じる。
問題は、どちらかというと剣の方だ。
正確には剣と鎧両方が合わさった結果なのだろう。
剣を振り切ったときに、遠心力の乗った慣性を制御し切れず引っ張られてしまう。
対人想定ならば素振りも胸の部分まで振れば良いのだが、相手の大きさが定まっていない冒険者としては足元まで振り降ろすことにも慣れておきたい。そこを想定して振る幅が広がると、さらに遠心力が乗ってしまい扱いきれない。
仮に相手が人型だとしても、頭部や上半身だけの破壊で倒せる保障も無いのだから、縦振りであろうが文字通り一刀両断する技術が欲しいのだが、これは大変だ。
そんな風にあれこれ考えながらも、少しでも扱いに慣れるため体を動かし続ける。
「そろそろ行かないか?」
と声を掛けてきたのはサンゴだ。新調したのが鎧だけなので、調整も短く済んだのだろう。気付けば半刻以上時間が経っている。
普段から自主トレーニングに励んでいるためにこうした時間の使い方が日常化していたので、やることの少ないサンゴ以外は声を掛けられるまで俺含め自分のことに集中しっぱなしだったみたいだ。
「集中し過ぎた、すまん。みんな最低限は平気そうか?」
確認するとヒノとミリリからの返事は「まあ」という曖昧なもの。
万全を期したい冒険者としては了承しがたいのだろうが、最低限と言われてしまえば今回に至っては「走る、武器を振る」が出来れば良いのでとりあえず肯定したといったところか。
何にせよ大丈夫そうなので、そのまま人が少なそうな方向に歩き出す。
隊列も意識せず気を張ることもなく、会話しながら歩く。
各々が自身の課題を見つけたようで、あーでもないこうでもないと話している。向上心のある冒険者にとっては、強くなる方法を考えるのはとても楽しい話題である。
共通しているのは、やはり重量の問題。鎧による影響ももちろんそうだし、武器も新調した者は皆強さを求めて得物を重くしたために影響が出ている。
「調子に乗ったかもしれない」
などと殊勝なことを言うミリリも珍しい。
一番値段を掛けて買いたいものを買ったのだから上手く扱ってくれなきゃ困るが、明らかに不釣り合いなデカく重い見た目をした斧を見ると少し同情してしまう。
「いるね」
と話をぶった切って指さす先の丘の上にはまだ何もいない。が、すぐに何かが出てきた。
動く人型の骸骨。このような骸骨は強さや実際の種類に関わらずスケルトンと呼ばれることがほとんどだが、『冒険者の塔』のこの種類だけは「骨っこ」などと不名誉な呼ばれ方が圧倒的に多い。
理由は明白で、その弱さ。
力があるわけでも素早いわけでもないうえ武器も持っておらず、その手で殴りかかってくる。ふざけているのかというくらいの存在だ。
緑豚が最弱のモンスターとされているが、それよりも普通に弱く、初期の転生者くらいのステータスに色を付けた程度しかない。
余談ではあるが、いくつかの理由から最弱と呼ばれることはない。その一つの理由としては、こいつを倒したところで何も得るものがないので考慮にすら入っていないのだ。
実際、最初の草原にだってリスやバッタのような緑豚以下の生物もいる。しかし、発見が難しいうえ価値のないそれらをわざわざモンスターとしてカウントしたりはしない。健気にも襲ってきたところで、払い除けて終わりだ。まあ、それでもやられる情けない転生者はいるのだがそれはそれ。
強さというのは測る価値があって初めて気にされる。
さらに相性や条件などでいくらでも変化するのであり絶対的なものではなく、その場その場で色んな事が言われるものである。特に冒険者はこの手の話が大好物なので尚更だ。
結局真の最弱は誰なんだという話をすると、種の話ではなく幼体なら大抵弱いという話になってしまう。
またはそれに近いくせに隠れて大人しくすることもしない、コーメンツで暴れる転生者だと思われる。
骨っこは骨同士が魔力で繋がっているのだが、その繋がりは弱い。力を込めて武器を振れば、そのまま繋がりが断たれてバラバラになる。
一応バラバラになっても再び組みあがり再生するというスケルトンらしい一面があるのだが、中心に近いパーツを砕いておけば組み直すことに失敗し続けて魔力が尽き動かなくなる。
脊椎一つ破壊すれば良いだけなので非常に簡単。意識せずとも最初の一撃でそれが達成されていることも多い。
脊椎一つくらい飛ばしてくっつけば良いのにと思うし実際まともなスケルトン種ならそうするみたいだが、それが無いからこそ骨っこは骨っこなのである。
武器に伸びる手に力を入れながらも骨っこの方に近付くと、次々と丘の向こうから同じ姿が見えてきた。そして最後に一体、骨っことは似ているが違う姿があらわれる。
ボロいながらも武器、剣を持つスケルトンだ。
このボロい武器は今まで俺が使っていた武器と同様なものであり、俺たちに襲い掛かってきた転生者から奪ったものでもある。
非常に質が悪い金属だが、金属は金属。貧乏転生者が使う以外にも、溶かして再利用出来るので値段が付く。
「スケルトンはもらって良い?」
一応声を掛け、自分がスケルトンを受け持つことにする。
適当に早い者勝ちなどにすると、骨っこを無視して遠距離攻撃を仕掛けるヒノか、一番身軽なサンゴが倒すに決まっているので獲物を譲ってもらうことにした。
骨っこが最弱と言われないもう一つの理由がこのスケルトン。骨っこは大抵このスケルトンの下僕として働いているようで、セットとして扱われるから骨っこ単体での評価は考えないのだ。
スケルトンは特別強くはないが侮って良い相手ではない。元の姿があるのかは知らないが、その骨格から考えられるように人間と同じような技能を持つ。
ここ『冒険者の塔』の一層は甘えた精神を持つ死者の魂を浄化する場所との噂もある。
スケルトンにしろ骨っこにしろ、死んだ転生者たちの魂がもとになっているのではないかという与太話だ。
骨っこは六体。スケルトンだけ少し後方にいるが、お互い敵に直進し、ほぼ横並びの状態でぶつかる。
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