第21話 楽しいお買い物3

 結局、それぞれの第一希望を買うことにした。


 完全に予算オーバーだが、この先具体的な資金の使いどころの予定はない。この先の宿代や何かあったとき用の予備費ではあるが、今は出し惜しみせず最大限強化しようという方向にした。


 また、サンゴは結局そのままで良いとのことなので変わっていない。むしろ「下手に得物を変えたくない」とのこと。それだけしっくりきているなら良いことだ。


 俺はというと、全長九十センチのスタンダードな西洋剣を買った。当たり前なのだが今までのボロ剣とは違いしっかりした作りで重量もある。

 背に鋸刃が付いていることもなく両刃であり、使いやすさを重視した。何か硬いものがあっても、解体にはミリリの斧を使えば良いだろう。



 小金持ちになったと思っていたのに、すっかり所持金を吐き出してしまった。

 すぐに稼がなければ宿から追い出されることになるので、狩りに勤しむ必要がある。


 購入品を全て持ち帰り、部屋に置いてあるのを見ると壮観である。いかにも冒険者らしい装備に心が躍る。鎧は除いて。


 買ってしまったのだからいつまでも嫌がっていても仕方ないし、鎧も試着してみようという話になりそれぞれが着替え始める。

 店でも一応着付けはしたのだが、あくまで着心地などの確認のためだったのでお互いの姿は確認していない。


 まずは今まで通りの皮鎧を着る。これもボロくなっているので買い替えたくもあるのだが、売ろうにも買い取る者などいないだろうし最後まで使い潰すことにした。

 この皮鎧が硬い装甲との緩衝材となり、衝撃が直接伝わることを防ぎ肌を傷つけたりすることもなくなる。


 そして本命であるプレートアーマーを着る。一人では付けられないため手を借りながらだ。

 足先から頭まで独特な色で染まる。


 こうした全身鎧には珍しく、兜の顔の部分はポッカリと空いている。しかし実際に外部から顔面を攻撃しようとすると、透明な装甲にぶつかり弾かれる。魔法が使われているのだ。

 現段階で魔法付きの防具を使うことになるとは思わなかったが、一概に良いことではない。……むしろがっかりな可能性も。


「あー……」


 隣で同じく鎧を装着したサンゴの姿を見て確信した。このプレートアーマーのコンセプト。


 ダサさを前面に出し、その顔をさらけ出す。『恥さらし』とでも名付けたい鎧だ。

 顔の部分を縁取るように目立つカラーリングがされているため、自然と目が装着者の顔に誘導されてしまうのだ。第三者はしっかりと俺たちの顔を覚えてしまう事だろう。


 一方で装着感は悪くない。


 当初予想していたよりは動きやすく、負荷がかかるものの可動域に不満はない。

 素早く動くにはその分必要な力が増す感じ。慣れるまで危険が多い所に行きたくないが、トレーニングにはうってつけだろう。


 試しに剣を持って振ってみる。室内なので本当に軽くだったが、問題はなさそうだ。

 なんならそれなりに格好が付いているんじゃないかと思ったが、ヒノとミリリを見てそんなことはないなと自覚した。


 鎧がカラフルである一方、武器は飾り気が少なく無骨なのだ。


 さらにはその体自体。

 巨躯であればまだ格好がついたかもしれないが、俺たちは身長も筋肉量もごく普通。鎧に負けて着られている感が強く、ちんちくりんという表現が似合っている。そもそも全身鎧というもの自体が似合わない体型なのかもしれない。


 加えてこの状態から背嚢を背負うことになる。肩にある謎の角が邪魔で肩を通すということができず、背負ってから前方で結ぶことになる。当然自分で背負っているものは自分で出せない為、それぞれ他人の背嚢を背負うことにした。


「……」


 フル装備でお互いの姿を見合う。ヒノだけは「おぉ~」と少し興奮気味に笑顔を見せているが、他三人は沈黙を守っていた。



 夕食には早いが、軽く腹にものを入れておこうと階下に降りることにした。その際には肩とそのより上の鎧を脱いだのだが、これはこれでしっかりダサイ。


 全部脱いでから部屋を出たくはあったが、また最初から付け直すというのも面倒なので我慢する。どうせこれからは人目に付くことになるので開き直るしかない。


 こちらを見る店員や他の宿泊客から異様なものを見る目を向けられる。分かっていたことだが、奇異の視線を向けられるのはやはり嫌なものだ。


 意識して平静を保ちながら食事を要求し、席に着く。


「食後はダンジョンに直行で良いよな?」


 視線を気にしない為にも落ち着く前に、積極的にもすぐ会話を始めた。

 装備に慣れるためには、装備したまま動かないことには始まらない。


 実践ではなく素振り等を行うにしても、街中で刃物を振り回すわけにはいかない。ここからでは町の外に出るよりもダンジョンに入った方が早い。


 異を唱えるものもおらず、予定を決め今後の戦術を話し合う。


 戦術と言ったが、そんな綿密な作戦があるわけでもない。潜る予定のダンジョンの下層は開けた場所であり、視界も通る。森の中よりもよほど戦い易い場所なのだ。


 そのためモンスター自体の強さはダンジョン最下層の方が強くても、生き残りやすさで言えば森の浅層の方が低い。不意打ちを食らったり、気付けば囲まれているなんてことになる心配がなければなんとでもなる。


 実を言うと、森に潜るというのは多くの面で非常に効率が悪い。

 森の外までモンスターを引っ張る方法をとらない限り危険度はダンジョン最下層の方が低い上に、稼ぎも負けている。それでも森で戦い続けたのは、ひとえに経験のため。


 "気配を感じる"などという能力がある。これは定番のものではあるが非常に重要だ。


 それがなければ世に出た物語の登場人物たちは敵と戦いにもならないまま、早々に退場することになっただろう。そしてそれは冒険者の俺たちも同じである。


 これからも多くの戦いをしていくのだから、不意をつこうとする敵はたくさんいる。もちろんよく確認をして進むことが大前提だが、視覚や聴覚をフルに働かせても見つけられない能力を持つモンスターもまず間違いなくいる。

 

 そのために、第六感とも呼べる感知能力が欲しい。


 勝手に身に付くものではなく、何かいないかと探り続けて徐々に成長していくものであるらしく、それには視界の悪い森の中で注意を払い続けるのが一番だと教わった。


 言わば今までの森での活動は完全な修業期間である。ほぼほぼその日暮らしで金が貯まらないのも承知の上。

 あえてパーティを分けていたのはユイのこと以外にも、この能力を磨く者が必要だったり、資金面やその他もろもろの効率も求めた結果一番都合が良かったからだ。


 

 少量の食事はすぐに終わり、ダンジョンに向かう。


 道中は案の定、注目の的だった。二度見されたり苦笑されたり。共感性羞恥なのか顔を覆ったり苦い顔をする者もいた。


「酷い格好だねぇ」


 そんな中、笑いながらこちらに話しかけてくる者がいた。

 背丈が高く、隆起した筋肉が上等な装備の影に見える。誰かがその名を呟いているのが聞こえてきた。


 『牙』のタローレス。

 まだ個人名については無知なので名前の方は知らないが、『牙』というのは聞いていたので分かる。名高いギルドの一つで、この町の支配者でもある集団。


 普段から隠れているわけでもない支配者の一員の姿はそれほど珍しくないだろうが、それでも注目してしまうのは仕方のないことだ。冒険者達が集うこの場所で、その目標となる者なのだから。


「俺たちの時代でも、この手の装備を着けるやつは少なかったよ。まあでも『てすと』と『ルーダス』の奴等は着けてた奴もいた気がするから、有望なのかな?」


 一方的な話に何と反応すれば良いものか困っていると、タローレスの少し後ろにいた、眼鏡にメイド服という分かりやすく付き人風の女性が主人の横まで来た。


「そんなこと突然言われても困ってしまいますよ。この方々はただ一生懸命なだけなのでしょうし。あと、『てすと』という表現は誤解を生みますし『ルーダス』の方々は面白がって着けていただけです」


「理由はどうだっていいじゃないか。結果的には大物に好まれる装備ってことだろう?」


「大物だったから印象に残っているだけです。私はあれを付けたまま死んだ人を見たことがありますし、知らない内に装備して死んでいった者などいくらでもいるでしょう。ほら、さっさと行きますよ。仕事サボりたいからって余計なことするんじゃありません」


 女性がこちらに軽く謝罪をしながら、タローレスの手を強引に引いてどこかへ行ってしまう。結局こちらが一言も発することなく終わってしまった。


 何か話したかったわけでもないが、釈然としない。なんとなく去って行くのを見送っていると、後ろを向いたままこちらに手を振っていった。


「何だったんでしょうね」

「さあ……。あの人からみて俺たちに光るものがあったっていう話なら嬉しいけど、格好が格好だから目立っただけだろうね。お喋りな人からすると、声を掛けたくなる格好でもあるのかもねぇ」


 ヒノが「へー」と分かってるんだか分かってないんだか分からない声を出し、こちらも目的を果たしにダンジョンへ再び歩き出した。

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