第19話 楽しいお買い物1
一面の青空。空気の抜ける清々しい良い天気。買い物日和である。
食後は、待ちに待った買い物タイム。
ダンジョンの入口が存在する町の中心部は人で賑っている。
昼過ぎの丁度良い時間だからという事でもなく、ここは深夜以外大抵賑っている。深夜でも閑散としているわけではなく、一定の人数が行き交う場所だ。
冒険者の多くは時間に縛られていない。
今ダンジョンへ向かう人がいれば、帰りの冒険者だっている。特にダンジョンに潜り続けている者は時間感覚が狂っていたりするだろう。
そうした相手にもアピールするために、冒険者向けの商売をする店は明るい時間ならほとんど開けっぱなしみたいだ。
もしかしたらここヴォーヨンだけの特徴かもしれないが。
ヒノとサンゴは既に俺たちよりよほど良い装備を使っているので買い替える必要はないのだが、結局付いてくることになった。
装備を眺めてあーでもないこーでもないと考えるのは、冒険者として一番楽しいタイミングだと思うので気持ちは分かる。俺も立場が逆だったとしても付いて行くだろう。
一つ残念なのは、防具については現状選ぶ余地が少ないということ。
まだまだ冒険者として駆け出しである俺たちには、個性というものの許される範囲は狭い。
優秀な防具があれば、仲間全員同じもので揃える。一番良いものだけ買おうとすればもちろんそうなる。
購入する予定の防具は防御力を重視する。当たり前のようでいて珍しい判断。
硬い防具は重い。当然の話である。
多くの転生者は、防ぐよりも避けることを好む。何故ならそっちの方が格好良いし、痛い想いをせずに済むからだ。
鎧によって刃で体に傷がつくことを防げても、衝撃は殺せない。十分痛みや苦しみを感じることは多いだろう。
別に避けることを重視するのは間違っていない。防具で防ぐことのできない攻撃なんていくらでも考えられるし、その時重い防具を着ていればむしろ邪魔にもなる。ならば最初から避ける方向を目指すというのは自然な考えだ。
俺たちだって動きが鈍るほどの鎧は着たくない。しかし、ある程度は着られるようになっておかなければならず、そのトレーニングをする必要がある。
この先優秀な防具が手に入った際に「重いから無理」なんて理由で無駄にしたくはないからだ。このため役割に関わらず最低限は鍛えておかなければならない。
「目的の店はあれですよっ」
ヒノたちが予め品定めを終わらせておいた鎧を売っている店。
しばらくは全員同じ鎧を着て活動することになる。値段と性能が良く、少し重量がある鎧をもともと暇な時間に探しておいてもらったのだ。
こちら側にはユイがいたため迂闊に買い物などの予定をチラつかせることは控えておいた。面倒くさいことになるのが分かり切っていたから。
店に入り、目的の品を見る。
「うわぁ」
と思わず声を上げる。ダッサい。
酷い。これは酷過ぎる。
本当にこれ?と疑うようにヒノに確認するが「そうですよ?」と不思議そうに肯定する。間違いないようだ。
パッと見て、安っぽい色がついている。とんでもない違和感。
軽く触れた感じ金属製の鎧。普通は金銀銅の色から黒までの中間色になるのが普通だ。金ピカなんてごめんだが、それですら一応は"金属色"に含まれるわけだ。
しかし眼前に映るこの鎧は、明るい青と緑、要所に赤や黄色なんかもある。それらの色は錆みたいな金属らしいものでは無く、バリバリ着色性の綺麗な色。分かりやすく言うとやたらカラフルなのだ。
他の鎧はそんなこともなく、普通に金属色なのでこの鎧だけ完全に浮いている。金属製ではないものも取り扱われているが、色は現実的な地味なものばかり。
色だけではなく形も特徴的だ。分かりやすいのは肩の部分だろう。くの字型の角が付いている。ショルダースパイクというやつだろうか?
一切必要性を感じない。
ショルダータックルをかますのなら使えないことはないかもしれないが……いや、この角度の角を当てようとするのは大変だな。むしろうっかり自分の顔に刺さりそうだ。
有り体に言って玩具みたいだ。実用性より子供受けが大事と言わんばかりのデザイン。
掴んだり叩いたりして確認してみると、確かに悪くない。今まで使っていたボロ剣で攻撃すれば、壊れるのは間違いなく剣の方だろう。確かな手ごたえを感じる。
変なデザインでありながら実用性があるこの鎧は、ダンジョン産というやつだ。
誰かが作ったわけではなく最初からこの形で生成された。プレートアーマーとされているが材料は何かの大きな鱗っぽい感じもする。
詳しく調べる意味もないのか店員に材質が何なのか聞いてみても「知らん」で済まされる。再加工も難しくそのまま鎧として使うしかないのだとか。
まあ、確かに安い。流石に店で一番安いというわけではないのだが、明らかに安い。
もとより全身鎧は人気が低い。突飛なデザインでなくとも格好良いと思える物は少ないし、動きにくさが致命的。
物語のイメージとしても、あくまで騎士が着けるものであり冒険者が身にまとうものではないだろう。
本来は馬上でのみ使われる装備だったのだからそれらのイメージも当たり前。
見た目については平均化された転生者の体系が足を引っ張る面もあるか。
何にせよ人気のなさは必然だろう。しかし、需要が少ないからこそ値段も下がりねらい目となる。
複数の理由が重なり、能力に比例しない安い値段が優秀な防具に付いたわけだ。
「ね、掘り出し物でしょ。私が見つけたんだから!」
褒めて褒めてと嬉しそうにしている顔。を通り越して、ミリリやサンゴの顔を伺うと、この二人ですら渋い表情をしていた。
「サンゴの率直な意見を聞かせてくれ」
珍しい表情が面白くて話を振る。
「世間の感覚には疎いが、これだけは他と違うように思う。……いや、スガの注文に適しているのは分かっているし文句を付けるつもりはない」
ファンタジーや物語上の冒険者の先入観がなさそうなサンゴも、やはりこれは嫌なようだ。横で頷くミリリも同意見だろう。
なるほど、変わり者の集まりだと思っていたが、ある種一番はヒノだったようだ。
奇妙な納得を得たところで、真剣に考える。
コレを買うのか。本当に?
多種多様な見た目の冒険者が多くいるこの街中でも、こんなものを着けているやつを見たことがない。確かに値段に似合わない優秀な装備だ。だがプレートアーマーという括りにすれば……ギリギリ圧倒的というわけではない。
もう少し予算を出せば同等な物もありそうだし、我慢して一つ下のグレードで過ごした後この装備を飛ばして次に行くという方法もある。
いや、ダメか。流石に苦しい。
そうだ、俺は効率を重視するべきだと再認識されられたじゃないか。
この鎧を買うことで同室に女二人という状況も「え?効率を考えただけだけど?」と堂々と言う事が出来る。サンゴだけ宿がないという異質な状況も「効率が全てなので」と思える。
第一他人の命を犠牲にしてきたのに、今更「恥ずかしい」なんてしょうもない感情に左右されるべきではない。そうに違いない。
最終的には勝手に他人の命を理由に自分を納得させ、鎧の購入を終わらせる。
メンバーの苦虫を潰したような表情が印象的だった。その中に俺も含まれてしまっているのが難点だ。
商品の受け渡しは後にしてもらう。受け取ったらそのままぶらつくのは大変なので一度帰らなければならない。
「エノンもあれを知ってるんだよな?」
「はい、こうなるとは思ってませんでしたし」
ヒノが失敗だったというような悔し気な表情をする。
「ああいや、別に情報が漏れたとかそういう話じゃないからな?」
ユイやリョウのことがあり情報統制みたいなことを少ししていたが、それ以外で隠し事をするつもりはない。漏れて困るような価値のある情報も持っていないし。……いや熊の件は言えないが。
「エノンはあれ、買うと思う?」
無口な二人組に話を振る。ヒノに振っても無駄だろうし。
「買わない。というか買えないだろ」
「ん?」
サンゴの発言はどういうことだろうと軽く考える。
説明が足りないとこがあるんだよな。聞き返せば良いのだろうが、俺自身出来るだけ頭は動かしたい派だ。
一番シンプルなのは「恥ずかしくて買えない」という理屈だが、それは感情によるものなのだから「買わない」の範疇だろう。つまり現実的な損があるからこその「買えない」だ。
今エノンは新たなパーティを作る、或いは入ろうとしている。
しかし、クッソダサイ鎧を着ていたらどうだろうか。
ここヴォーヨンでは盛んにパーティの募集が行われている。ダンジョンの奥に進もうとすれば難易度は上がり、敵も集団になってくる。戦闘において数は力だ。自然とこちらも数を増やすという考えに至るのだ。
特にコーメンツではまともな人材の選別が難しいこともあり、反動のようにここでパーティを作る。
パーティを求める者が多い、つまり選択肢が多い。ということは、好みの人物を仲間に入れるのが大半だろう。
とすると、あからさまにダサイ奴は入れたくないというのは普通のことだろう。エノンの活動に支障が出るということだ。
だから買えない。もちろん、あくまでその可能性があるというだけの話だが。
「あー、なんとなく分かった。しかしサンゴがここまで抵抗を持つのは少し以外だったな」
「せっかくまともに生きられるのに、悪目立ちしたくはないからな」
なんとも気になる発言だが、深堀はしないで流す。第二の人生なのだから、色々あって当然だ。話したければ自分で話すだろう。
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