第18話 宿決め

 昨夜、あれからもまだ色々なことを話した。エノンが戻って来ても話は続き、エノンの新たな門出を祝うみたいな話題もありつつ、事務的な話もした。



 そんなことを思い返しつつ、ボロ宿で朝食を食べていると「宿がとれましたよ〜」とヒノが報告に来た。それがボロ宿での最後の食事となった。


 パーティの再編成にあたって宿泊先を改めることにしていた。これに関してヒノが「要望は理解したので私に任せてください!」と笑顔で言ったので一任。

 同じ女性とはいえユイの様に無駄遣いはしないし、街中を調べ回ってたことがあるようで詳しいみたいだったから、俺が探すよりも良い結果になると思ったためだ。



 早速荷物をまとめボロ宿に別れを告げ、意気揚々と新たな宿に向かう。


 そこは年季がありながらも小奇麗な良い宿だった。立地も中心にあるダンジョンに近く好条件。

 となると値段が気になるところだが、なんとこれが安い……ことはなかった。普通の、相応の値段。


 どういうことかと思いつつも既に契約してある二階の部屋に入る。思っていたより広く、ベッドが二つある。

 二人部屋だから半分……と言う事ではない。もともと二人部屋だとは思っていた。そっちの方が大体安く済むし。


 ベッドが部屋の大部分を占拠することが当たり前の中、椅子とテーブルを置いても余裕がありそうな空間があるこの部屋の広さを考えれば悪くないのだろうが、必要のない広さに値段を掛けられても困る。

 宿代は毎日の出費となるので、少しの差が大きな足かせとなる。などと思っていると。


「じゃあ、私も荷物を持ってきますね!」


 と言ってヒノが去っていった。


 なるほど三人分、いや四人分か。部屋単位で料金を取られる以上、詰め込めればその分安く済む。三人なら十分安いし、四人で一部屋で済めば宿の質にしては破格だろう。


 メンバーが集まりやすいように宿を決めてくれという条件だったが、同じ宿どころか同じ部屋なら集まりやすいも何もない。


「ミリリは平気?」


 一応、昨日のような暫定的な状況でもないのに男女混合で一部屋に住むということに、抵抗とかあるかなと思って聞いてみた。


「何が?」


 と聞き返される。うん、こいつはそういう奴だ。


 ヒノはというと、自分で選んでおいて良いも悪いもないだろう。


 ヒノたちが来るまで荷物を置きくつろぎながらも、ベッドが二つしかないことについて考える。

 女性二人にベッドを譲るのがありそうな紳士的な判断な気もするが、別に紳士を自称する気はない。


 交代交代に使うのが収まりが良い気がするのだが……俺たちは正直汚い。清潔を保つことに多くの金を割くつもりがないので仕方ないことだ。


 汚い誰かが使ったベッドを、シーツも洗わないまま次に使えるか。


 まあ、知らない仲ではないし自身も汚い自覚があるので絶対嫌というほどではないが、少し尻込みする。


 これが野営とか藁の上で寝るというのなら何も気にすることはなかったのだが、わざわざ宿をとりベッドの上で寝るとなると、途端に印象が変わってしまう。


 しょうもないことに苦悩していると、すぐにヒノが戻ってくる。軽く息が切れているので、急いで来たのだろう。


「ただいまっ」

「おかえり。あれ、サンゴは?」

「サンゴさんには場所を伝えてあるので昼食時に下に来ると思いますよ?前までと同じように基本は朝食時に集まるし、明日以降は朝食時に来るでしょうけど。何かありました?」


 食事のタイミングで集まるのは話してあった通りなのでいいのだが、そうではない。


「いや、サンゴはどこに泊まるの?サンゴだけ別?」

「あー、そっか。そこら辺話してませんもんね。サンゴさんは宿使ってないそうですよ」


 ヒノ曰く、サンゴはもとから宿を一切使っていないらしい。


「今回も雨風凌げればどこでも変わらないって言うので、今まで通り勝手にしてもらいましたっ。お金浮きますし!」


 わーお。すごい。


 とんでもない判断するなこいつ。実に効率的だ。効率的過ぎてビビる。

 昨日もサンゴは何も言ってこなかったし、本当に構わないのだろうが……。


 宿なしという選択肢は十分理解できるが、有り無しで分けるという発想はなかった。


 合理的判断といえばそうかもしれない。

 本当にどうでも良いと思ってるサンゴも、言葉通り受け取り「じゃあお前だけなし」と言えるヒノも本当にすごい。


「えーと、そしたらこの部屋は三人か」

「ですですっ、やっと一緒に寝られますね!」

「え?う、うん。そうね?」


 直球でそう言われてしまうと途端に同室で良いのかと再考してしまう。男女の線引きをしっかりしている、ということではあるのだから。ベッドが二つだけという意味合いも変わる。


 自分で言うと羞恥心に苛まれるし、勘違いの可能性もあるのでなお言いたくはないのだがヒノも俺に好意がある。

 この発言を聞いておいて「勘違い」ってなんだと思うかもしれないが、計り知れないのがヒノでもある。


 この宿を案内している間にも、「昨日は中々良い動きでしたよねっ。狩りの後そのまま行くのではなく水浴びして行きましたし、可愛くオロオロできました!」などとほざいていた。

 何が狙いなのか素なのか分からない。


 まあそれでも少なからず好意はあると思う。出会いからしてそういう風に仕組まれているし、ある程度はそうでなければ仲間にはならないししていない。


 向こうからしてみれば好きな人と一緒の部屋となるわけで、構わないのだろう。なんなら本当に嬉しいのかもしれない。


 だが、だとしてもここには三人で寝泊りする。


 俺からするとハーレムかもしれないが、向こうからすると恋敵を招き入れているようなもの。いや、ミリリは最初から異性……ヒノからすると同性と認識されていないのか?分からん。どういう神経ならこうなるのか。

 それともやはり俺が自意識過剰なだけで、ただ合理的判断を下しただけだろうか。


 ああ、やはり勘違いかもしれないと自覚し始めると恥ずかしい。随分気持ち悪いことを考えてしまった。


「スガはどっちと寝る?」

「え?」


 ミリリが指さす方を見る。ベッド。

 続けて動かす指を追う。ベッド。


 ベッドは二つある。いや二つしかない。確かにこのままなら誰か二人は同じベッドで寝ることになるだろう。そして何故かミリリはヒノと一緒に寝るという発想はないようだ。


「ミリリとヒノで寝ればいいじゃん」


 教えてあげることにした。しかし残念ながら理解を得られないようで、ミリリは「良いから答えろよ」と目で訴えかけてくる。


「じゃあそのうち両方とな」


 ヤケクソである。どっちを答えても角が立つと思ったので、適当に流すための発言。

 そもそも本当にそんな一緒のベッドで寝たいなら、ミリリは昨日そうすれば良かったのだ。表情は読めないが、からかって楽しんでいるのだろう。



 下世話な話だが、今はどうせ性行為には発展しない。

 本当にどっちかと一緒に寝ることになったところで何もならない。


 転生者は子作りやその手の行為が制限されている。


 理由は色々言われている。

 有力だと言われているのは、新人転生者の資金繰りの平等性。


 資金難を容易く突破する可能性があり、しかも身体的特徴を平均化されてなお不平等に稼ぎが変わる可能性のある商売。

 これを制限するため、丸ごと使えなくしているという話。


 理由はどうあれ、新人転生者の人権のなさに拍車をかける一因でもある。


 ついでにエベナの特異性を挙げれば、その気になれば女同士や男同士でも子を孕むことができるようだ。

 気にするならリョウと同室だった時から気にすることになっていたわけで、考えるだけ無駄というもの。


『早く恋人らしいことができれば良いのにね?』


 ……やはり、俺はどうかしていたな。

 ユイのせいで無駄に男女というものを気にするようになってしまったかもしれない。こんなことでは先が思いやられる。

 もういない奴のせいにして、思考を打ち切る。


「とりあえず俺はこっちのベッド使うから、あとは好きにしろ」




 昼になるとサンゴが予定通りやって来て、一階で食事をとりながら今後の話し合い。とはいえ粗方の予定は昨日の夜に決めていたので、ほとんどが雑談だ。


 念のためサンゴにそれとなく聞いてみたが、俺たちだけ宿で寝泊まりすることにやはり不満はないようだった。

 節約も一つの能力だとすると、エノンが言っていたサンゴの強さを既に実感してしまっている気がする。というかエノンがやり辛さを感じてたのってこの部分も絶対あるよな。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る