第16話 ユイは
ユイという人物は、本当にどうしようもないやつだった。
しかし予めそれは知っていた。
"死んでもあとくされないやつ"
それが最後に欲したパーティメンバーだったのだから。
俺はパーティメンバーを勧誘する際、バイト仲間を誘うという方法を最初に行ったがこれは失敗だった。
パーティを組むなら誰もがリーダーになりたがり、指示を聞こうとはしない。
自らが主人公だと勘違いして自尊心が高くなった者だけではなく、しっかりと能力がありそうなやつでもそうだ。
これは当たり前の話。
俺自身だってそうなのだから。誰も無能の下になんて付きたくはない。
目の前にいても相手の能力を見極めるのは難しいし、見込みがありそうだと思ったところでいきなり信用して下に付くなんて出来るわけがない。
意味の分からない指示を出されて死んでしまう危険を防ぐためには、自分が上になるしかない。
コーメンツという町の成り立ちに気付いたとき、この世界がどれだけ新人転生者を見下しているのか。そして実際に無能ばかりだからこそ成り立っているのだということが分かる。
別に彼等が本質的に無能だというわけではない。俺と大した差なんてない。
憧れた異世界への転生が叶い興奮が冷めやらぬまま、或いはゲーム感覚が抜け切る前に終わりがやって来てしまい、結果的に無能としか言いようがない死に方をしてしまうだけ。
「新人転生者≒無能」そんな式が成立してしまっているのにその内の誰か一人を上司にすることなんてできるはずもない。むしろ理由もなく了承できてしまった奴こそ無能だろう。
このことに最初から気付かなかった俺も同様。
時間を掛け会話を重ねれば多少の信頼は得られるものの、所詮始まりの町にいる奴。命を預けるに値するほどの信用はない。
ではどうするか。
自分が上だと認めさせれば良い。
とはいえ決闘などは意味がない。上下を認めさせたところで印象が悪ければ仲間になんてなりはしない。
摂った方法は至って単純。死にそうなやつを助ければ良い。
緑豚に襲われ他人の介入が無ければ死が確定する頃合い、そこに颯爽と現れて助ける。文字通り図ったタイミング。
もちろんほとんどの場合感謝される。周りから見ればゴミ相手にイキっているだけだが、当人からすれば命を救った英雄だ。
命を救ったのだから、命を預ける価値もあるというもの。ミリリなんかは直球でそうだった。
「あたしは失敗した。だから、成功者の指示を聞く」
そんなことを言いつつ機械的に信頼を寄せてくれた。
だいぶ前のめりではあるが本気で指示を片っ端から聞いてくれるので、努力を怠るということも一切無い。むしろ鍛錬に関しては何も言わずとも邁進し続ける。この世界に適した素質を持っていると思った。
俺がわざわざ死にそうになっている者を狙っており、その時まで黙って待ってると知っても蔑むどころか「思いつかない。すごい」とべた褒めし、より信用を得たようだった。
ミリリはそんな極端な感じだったが、普通は感謝して少し気を許す程度のもの。
そこから雑談を通して人となりを確認。良さそうならパーティメンバーを探していることを話し、好感触を得たら自分の持つ情報を少し共有する流れ。
本来なら能力の高い者を仲間にしたいところだが、転生したてでは能力の差なんてないに等しい。ここから能力を上げるに適した性格かどうかが判断基準になる。
ただ、素質があっても相性の有無がある。
それこそ正義感が強ければ、俺のようなやり方を許容することはないだろう。バレた際何が起こるか分からないような、求める人材とは違うと思った者は軽くアドバイスだけして早々に見送る。
そんな日々の中、俺は簡易魔法が気になっていた。
一向に上手くいかない魔法の修行をやっていると、何の努力もなしに使える魔法とはどんなものかと興味が強くなっていった。さらにはそこに魔法のコツみたいなものがあるかもしれないと、半ば妄想めいたものもしてしまう。
既に修行に励んでいる俺が簡易魔法を習得する気は無かった。仲間に覚えさせて良いものかも迷った。自分自身で習得する魔法の方が最終的には便利そうに思えたし、何より解約料の高さが怪しすぎた。
いくら情報屋で問題ないと言われ、実際になかったとしても、前の人生の経験からか生理的に受け付けなかった。
近くでつぶさに観察出来て、用が済んだら切り捨てることが出来る人材。要は人柱。
便利に使って、不要になったら捨てる。コーメンツの転生者なら罪に問われることもない。都合の良いことだ。
コーメンツでメンバーを集めた甲斐があるとすらいえる。
便利に使うためには一定以上の信頼、好意と言っても良いほどのものが欲しい。
逆にこっちからは後々の処理に困らぬよう、好意を持ってしまうことのないどうしようもないやつ。
ヒーローごっこで命を救っていると、一目惚れされることもある。該当者を探すことは簡単だった。転生者の顔は平均化されるため見た目が悪くないというのもある。
切り捨てる前提であっても、実際にそれを行うかどうかは分からなかった。
俺たちの様子を見れば自身の行動を見直すのは何も不思議ではないし、そうして頑張り始めた者を無感情に処理できるほど、特別固い意志を持っている自信もない。
だが、俺たちは時間が空けば研究や鍛錬を重ねたというのに、結局ユイは遊んでばかりだった。
結局死ぬまで大した能力は持っていなかっただろう。簡易魔法が無ければ豚に勝てたのかも怪しいし、なんなら魔法有りでも勝てないかもしれない。今までは俺たちが最大限介護してたからなんとかなっていただけ。
それほどに弱く、生きていたとして今後やっていける可能性はゼロだ。
もし簡易魔法一本でやって行きたいと言うのなら、何故それに必要な金を稼ぐ方法すら考えないのか。普通に考えて、パーティの強さを上げるならユイの魔法購入を優先する必要なんてない。
結局獲物を一回も運ぼうとしなかったのはなんのつもりだ。周りの警戒すらろくにしない者が一番身軽とは笑い話にもならない。「弾く効果を投げる」だけの貧弱な魔法で永遠と寄生するつもりだったのか。
一丁前に宿や食事に拘ろうとするのはなんなのか。それを皆で可能にするために頑張ろうというのに、準備資金へ手を伸ばそうとするとは何事か。
文句を上げようと思えばいくらでも出てくる。
もとより期待していない人物だったが、まさかここまで酷いとは思わなかった。周りがあれだけ頑張っているのだから、普通は変わったり成長したりするだろう。
リョウが怒るのは当然だったし、ミリリは「もう殺そ」と他に聞かれないタイミングでちょくちょく言ってきた。
その気持ちはよく分かる。
「はぁー」
また、ため息を付く。
「どしたの?」
「……昔な、知り合いが畜産農家で、牛を飼っていたんだ」
突然の話題に、疑問符を浮かべられる。こちらとしてもほとんど独り言のようなものなので、気にしない。
「良い笑顔を浮かべて、どうだすごいだろう綺麗だろう、自慢の子だ、愛を注いだからこそこいつらも答えてくれたんだ、なんて言うんだよ。……殺して食べるのが目的なくせに、よくそんなこと言えるなと思った。でもそれは多分、畜産農家としては普通のことなんだと思う」
結果が見えているから感情移入をしないのなら分かる。だが、愛情注いで一生懸命世話して良い汗かいて、最後に殺す。
そういう仕事だと言われればそれまでだが、それが必要だとしたら中々難儀だと思う。大変な職業だ。
「俺はその程度も出来ないんだなって」
目の奥にユイの笑顔がこびりついている。
面倒そうならこっそりミリリに殺してもらえば良い。なんて軽く考えていたはずなのに、最近ではどうすれば良い感じに冒険者を諦めさせることが出来るかなどと考え始めていた。
試しに説得してみても「守ってくれるでしょ?」などと嬉しそうに言うのだから性質が悪い。それが無理になるほど敵が強くなるなど言葉を尽くしても「信じてる」の一言で済ませてしまう。
なんだかんだ言って、最終的には殺したのだろう。
性悪女に貢ぎ続けるほど馬鹿でもない。一人で生きていくための準備期間すらふいにしたのだから、直接手を下さなくても死ぬ運命だ。
死んだ結果感傷的になるくせに、殺すつもりだった。処分するつもりだった。我ながら、全く持って度し難い。
「人と家畜は同じ?」
「おっと、言われてしまったな」
エベナでは人も動物もないとされているが、実際にそう思っている奴は少ないだろう。
色々言っておいてそもそも家畜と同列に考えているあたり根本から腐っている。結局俺はそういう人間だ。
「まあ、どうせ引きずることも無いしな。その暇も無い」
どれだけ感傷的になろうと、一時的なもの。
大切なペットが死んでも、すぐさまペットを飼い直す人がいるのと変わらない。
その行為が、穴を埋めるためなのか新しく踏み出すためなのか。善悪も理由もどうでも良い。結果としては次に移るだけだ。
なんなら"次"ですらない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます