第15話 一つの冒険の終わり
話は次の日の朝、というつもりだったが予定通りにはならなかった。
夜遅くに部屋に戻った俺はそのまま寝てしまおうと思っていたが、リョウは待っていたのか寝付けなかったのか、簡素なベッドに寝転がったまま話を始めた。
「これからどうするつもりなんですか?」
あえて今を選んだのは明日を待っていられなかったのか、はたまたミリリ抜きで話したかったのか。
一応このような話はパーティ全員ですると決めてあったのだが、俺としても現状気にすることではないと思った。
「俺は冒険者を続けるよ。メンバーを補充して、すぐにでも狩りを再開する」
冒険者でいるならば、立ち止まってはいられない。メンバーが死んだり抜けたりするのは珍しいことではない。
「僕は、正直分かりません。あの日スガさんに会った後も、パーティへの勧誘の声を掛けてもらっていなければ結局僕は死んでたと思います。そんな幸運をがあったのに、今もこんなに迷ってます。向いてないんじゃないかって」
エベナで冒険者を続けるのは過酷だ。
常に死の危険と隣り合わせなのだから当たり前。続ければ続けるだけ死ぬ確率が上がる。
終わりの見えないチキンレース。
見えないのだから、自分で線引きをするしかないのだ。「ここが自分の限界だ」と。
「一旦辞めて、あとから復帰するという方法もある。冒険者がもっとも能力の上がりやすい職業だが、他のことをやっていても上がらないわけじゃあない。トレーニングを欠かさなければ尚更だ」
モンスターを倒すと経験値が貰えてレベルアップ。そういうシステムではない。
戦うことが何より早く強くなることに繋がるというが、戦わなければ強くなれないということではない。
情報屋では「転生前の世界と同じように、鍛えた分だけ上がる。ただそれだけだと考えた方が良い」と言われた。
それならば、強くなってから冒険者になった方が良い。自分でもそう思ったし、実際にそう言われた。一番安全で一番楽な方法だと。
「リョウはそもそも人探しのためにやって来たんだろう?確かに歩いて探し回るなら冒険者が一番かもしれないが、拘り続ける必要もないと思うぞ」
そもそも以前本人が言っていた通り、もう目的の人物はいないかもしれないし、当てもない。だとすれば冒険者であり続ける意味もないし、鍛える意味すらない。
この世界で転生者の花形職業が冒険者であるのは間違いないので、例え明確な目的がなくても冒険者を続けることに不思議はないと言えばないのだが。
「そう、なんですよね。……スガさんは僕を辞めさせようとしてるんですか?あ、いや、申し訳ありません。最低なこと言ったかもしれません。ただ相談に乗ってくれているだけなのに」
「いや、構わないさ。それに、少なくとも悩みを抱えたまま無理やり戦いに出られるのは困ると思ってる。人として大事なことだとしても、戦場では邪魔になっちまうからな」
「……因みに、冒険者を辞める場合って具体的にはどうなるんでしょうか」
「一旦コーメンツに戻った方が良い。情報屋で就職したい旨を伝えれば色々紹介して貰える。そこで真面目に頑張って信用を勝ち取れば、他の町の仕事も紹介して貰えるようになったりする。前バイトしてた場所に顔出すってのもありかもな」
大都市ではどこの馬の骨とも知れない奴を採用することは少ない。
それ以前に今の俺たちは言ってみれば「学歴なし、職歴なし、資格なし、住所不定、おまけに面接時の服装がボロ雑巾」という感じだ。就職先を探しているうちに身銭が無くなってしまうのがオチだろう。
バイトであっても使ってくれるコーメンツは偉大だ。
「新卒だったのにバイトスタートで就職。転生なんてしなけりゃ良かったんですかね」
「ん?ああ、リョウはまだ社会に出る前だったのか。まあ一回……就職してみてからでも良かったかもなんて言いそうだったが、その結果クソだと思って転生した俺が言っても笑えるだけか」
「はは、まあ新卒の大事なタイミングで転生した僕なんかじゃ、結局就職浪人になったかもしれませんけどね。因みに、こっちの世界での就職の方が良かったりすると思います?」
あえて言ってないのだろうが、そもそもリョウが転生した理由を考えればこれらの「たられば」は詮無いことだ。
どうせ仮定の話をするなら、起点となる事件がなければという話の方が良いだろうに。そこを切り離すことはリョウにはできないのか。
ともあれ追い打ちを掛けるようなことを言う必要もない。素直に話に乗る。
「んー、分からん」
こちらの世界の方が圧倒的に死が近い分、やりがいを感じやすいかもしれない。
だが結局、慣れ切ってしまうと同じかもしれない。実際に数年間、あるいはそれ以上の期間やって初めて分かることだろう。
リョウとしては、こっちの方が良いと言って欲しかったのかもしれないが。
「あ、やっぱこっちの方が良い」
「はは、何ですかそれ」
気を遣おうと思って意見を変えるわけではない。
「こっちの方が顔の良い女が多い。男もだけど」
転生体の顔は、元の特徴を多少維持しつつも標準化される。「転生体は平等」というやつの一環だ。
つまり一定以上の顔面偏差値が担保されている。同じように、現地民も生まれつき損するような容姿はあまり見たことがない。現地民に関してはただの経験則だし関係ないかもしれないが。
「あー、なるほど。確かに恋の一つでもすればやる気は出るかもしれませんね」
あえて出したしょうもない話題に、リョウも乗っかった。どういう形であれ、吹っ切るしかないと。
◇
「コーメンツに戻ります」
翌朝、リョウは俺とミリリの前でそう宣言した。
「色々考えましたが、結局冒険者に拘り続ける意味はないかと思いまして」
すっきりした顔でそう言ったのを見て、安心した。
どういう結論を出そうと、この顔が出来るなら大丈夫だと思った。
「そうか。……格好つけたこと言おうと思ったが、パッと出てこないな。とりあえずあれだ。お前は頼れる良い前衛だった。今までありがとうな」
「うん、良い仕事だった。ありがとう」
ミリリからも手放しで褒められ感謝される。ミリリのこういう発言は貴重だ。余計な飾り付けがなくとも、重みのある言葉。
リョウはその日の昼の便で戻ることになった。到着は深夜であり宿をとれるか分からないが、明日まで待っていると意志が鈍るかもしれないと言っていた。
そんなことを言えるようなら迷うことはなさそうだが、ケチを付けることもない。
また、リョウは最低限の資金だけを欲した。普通に三分の一を渡そうと思ったのだが、勝手にパーティから抜けるのに受け取る訳にはいかないと。「それは新しいメンバーのために使ってください」とのことだった。
むしろ多めに受け取って欲しいぐらいだったが、使用用途まで指定されてしまうと言い分が思いつかず、渡すのは難しくなってしまった。
その後、リョウの少ない私物を片付けていただけなのだが思い出話に花を咲かせてしまい時間ギリギリになり、最後は慌てて行ってしまった。
別れの言葉は宣言時にある程度済ませてしまったのでそんなものかもしれないが、なんとも呆気ないものだった。
「はぁー」
どでかいため息を付く。
「長かった」
ミリリが自身のベッドに腰掛けながら笑顔でこちらを見ながら、成し遂げたという意味合いを込めつつそう言った。
もともとが二人部屋が二つだったため、費用が無駄になるので一部屋は引き払いとりあえず同室になった。この世界の宿屋は基本的に人数ではなく部屋ごとの値段。
男女同室がどうとかいうのは気にしない。
ミリリはそういうことに頓着しないし、効率を考えるのならごく普通のことだ。
なんなら最初は野宿やテント生活を送るつもりだった。お金の工面が大変だったのは、安いところを選んではいるとはいえ宿を使ったからだ。
笑顔なのは、不満がたまる一方である生活が終わったからだ。
――早い話、ユイが死んだから嬉しいのだ。
ミリリは正直ちょっとおかしい。でもそれは仕方がないし、好ましい部分でもある。
もとよりここは地獄なのだから。
俺にとって、少し都合の良い地獄。
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