第14話 ヴォーヨンの森11
情報の漏れを防ぐため、話は俺とリョウの部屋ですることにした。
荷物整理がてらユイとミリリの部屋でしても良いのだが、それだと余計に感情が高ぶってしまうかもしれない。
部屋に着き開口一番、リョウが不機嫌さを隠そうともせずに棘のある声色で俺に問い詰める。
「理解はできます。でも納得はできません。ユイさんの命を金に買えるようなこと、良いことではありません。衛兵に話して一刻も早く退治してもらうべきです」
言うと思った。
だからこそ、有無を言わさず情報屋に直行した。俺たちへの状況説明と合わせる形で話してもらった。
結果的に功を奏したとも思う。
あの熊による圧倒的な恐怖、そしてユイが死んだことでリョウが異常に震えていると思っていたが、名前がウルコンフーだと言うなら他にも理由がありそうだった。
コンフーというのは恐らくコンフュージョンからとられた名だろう。この世界のモンスター名は冒険者が適当に名付けている節があるので、想像は容易だ。
であるなら、その能力のせいでおかしくなっていることもあるだろう。時間を置かなければ理性的な話が不可能だったかもしれない。
ただ、それでももちろん怒鳴り散らしてもおかしくないと思っていたので、冷静な言葉で意見し始めるのは少し意外だった。
「ユイさんとスガさんは付き合っていたんじゃないんですか?あなたが一番に考えるのは仇を撃つことじゃないんですか?確かに僕たちにその力はありませんけど、さらなる被害を防ぐためにも衛兵に頼むところじゃないんですか?」
リョウが道中考えていたであろうことが溢れだしている。
「ユイの命を無駄にしないためにも、出来るだけ有効活用した。という考え方は無理か?」
「パーティのリーダーとしてはそういう考えもあるとは思います。でも実行するかは別です。それに、恋人でしょう!?なんでそんな冷静でいられるのか全く分かりません!」
話している内に、語気が強くなる。
「恋人か、そうか。確かにそういった面もあるかもしれない。だがそれ以外の面も多々ある」
「何カッコつけてるんですか?言葉遊びをしてるんじゃないんですよ?」
さて、ここからか。
「あー、そうかい。じゃあ直接的に言うけど、ユイのことお前は嫌いだよな?誤魔化さずに答えろよ?」
「っ、今そのことが関係あるんですか!?」
「あるから聞いたんだよ。まあ、即答で否定しない辺り図星だよな。なんで嫌いかも分かる、というか知ってる。お前から直接相談されたことだってあるしな」
ユイは簡易魔法でパーティに貢献していたが、それ以外なにもしていない。そして、別に簡易魔法は他のメンバーが覚えても良かったのだ。
それなのにユイに覚えさせた。俺の独断で。
メンバーが一人増えるという事は、一人当たりの取り分が減る。
金にがめついわけではなくとも、簡易魔法をユイの代わりにリョウが覚えていると仮定すればユイは何もしていないことになる。つまりただの金食い虫だ、納得いかないに決まってる。
もとから転生者たちの財布事情はきついのだから、むしろそうした減らせる部分を考えるのは良いことだろう。
ユイが転生してそれほど時間が立っておらず身体的に劣っていたとしても、役に立てる方法はいくらでもあった。戦闘でもそれ以外でも。だが結局何もしていない。
リョウの不満はごく当たり前のことだし、それを募らせていく一方だった。それでも強く言えなかったのは、リーダーである俺とユイの仲を考えると仕方がなかったからだ。
自分でいうのは何だが、頼れるリーダーが二人分働いていると思うことで、なんとか溜飲を下げていたのだろう。
「あなたが!スガさんが、ユイさんのために居場所を作ったのでしょう!?確かに不満はありましたが、今更それを持ち出して何になるんですか!」
「……とりあえず、とりあえずだ。一旦経緯のことはおいといてだ。話をまとめたいから冷静に聞いてくれ」
高ぶったままだと途中で話が遮られそうなので、先手を打って許可を得る。
「まず、今の状態はパーティからユイがいなくなった。そして資金が増えた。この二点だけ。あえて嫌な言い方をすれば、ユイに使った金が帰ってきたという状況だ。この金で誰かが簡易魔法を覚えれば、狩りには何の問題もない」
まだ怒るなよと手で抑えるジェスチャーをしながら続きを話す。
「つまり感情の部分だけだ。なるほど俺は酷い態度を取っている。クズと言ってなんら差し支えないだろう。だが、リョウにとっては嫌いな奴がいなくなったという、経緯を除けばプラスになることしか起きていないわけだ。今、リョウの怒りは俺の態度に対してのものだ。それ以外にはない。そうだな?」
歯切れが悪いが「まぁ……」という肯定の返事を得る。
「じゃあ、俺の言い分はこうだ。情報を売ったのはパーティを率いるリーダーとして、最善の行動を取っただけ。そして、ユイに対する個人の感情をパーティメンバーに見せる必要はない」
あくまで今は冒険者パーティのリーダーとして俺の役割をこなしただけ。
「俺が狩りの途中にユイといちゃついたことはあったか?守ったり手伝ったりはあったし、狩りを休みにしたこともあった。でもそれはリーダーとしてのメンタルケアが目的の行動。ユイからのアクションはあってもこちらから個人の感情を表す行動は何もしていない。狩りに必要ないからな」
事実として、狩りの際に感情を持ち出すことはしていない。そんなことをしている間に危険な目に合いでもしたら、しょうもなさすぎる。
「これまでずっとそうだった。だから今回についてもメンバーの前で泣いたり悔やんだりする必要はない。それとも、俺とユイが最近夜に二人で出かけて、どこで何していたかどう思ったかの報告も必要か?冒険者パーティとして利益になることか?終いには弔い合戦だとでも言ってあのモンスターに突撃でもすればいいのか?」
自分で言っていて、この理論が正しいのかなど分からない。だが例え筋が通っていなくても、感情の問題なのだからもういいだろう。
「それともなにか。逃げたのが悪かったのか?指示だけ出して俺だけ命がけで時間を稼げと?俺にはアレの戦意なんて分かりはしなかった。余裕なんて一秒もないと思っていた。あれ以上の行動があったのか?」
リョウは不機嫌そうに呻くが、俺の言ったことを自身の中で反芻し考え込んでいる。
既に怒りに任せて言葉を出す段階を終え、頭を働かせ冷静に判断しようとしているのだ。親しい奴が食われる光景を直接見たのだから、今日一杯は感情に任せて暴れていても不思議ではないと思うが、優秀な奴だ。
「すまん、冷静になれとか言いながら俺が熱くなっちまった」
そもそも、構図がおかしい。
パーティに不要だと思っており一番文句を表に出していたのに、いなくなったときに一番取り乱す。対して俺は明らかにユイを優遇しており、個人的な付き合いも深かった。
頭の中で結論が出ないのか、言葉に出来ないだけなのか。リョウは押し黙ったまま。
しばし、時間だけが過ぎていく。
「……俺は直接最後を見られていないし、だからこそ先にリョウの様子がおかしくなった。それを見たからこそ冷静に、効率だけを考えた動きを取れたのかもしれない。嫌いだったはずのあいつをそこまで思ってやってくれて、ありがとうな」
別にリョウが自分の言葉に納得してくれたのかは分からない。だが、一応の終わりを用意する。
こういったどうにもならない感情を話していると、何も進まないまま時間が過ぎてしまうものだろう。
「分かり、ました」
絞り出すような声。
「……最後に、最後まで。あの子は指輪を付けていましたよ。あの指輪に助けを求めているようにも見えました。せめてあの場にいたのが……いや、なんでもありません」
「……そうか」
最後に俺がいたら、その方が残酷かもしれないな。
「ちょっと外歩いてくる。色々話さなくちゃいけないことはあるが、今日は休んで明日にしよう。ミリリも、部屋戻りな」
終始一言も話さなかったミリリは、不思議そうにこちらを見ながらも素直に部屋へ戻った。
一人で町をふらつく。思えばまだ明るい時間に一人で歩くのは初めてかもしれない。夜はトレーニングで町を走っていたりもしたんだがな。
できるだけ平静を装ってリョウと話していたが、想像以上に、胸に来るものがある。
あれだけ人の死を見てきたのに。
毎日のように豚に食われる人を見ていたし、ヴォーヨンに来てからは自分で殺すこともあるのに。とっくに麻痺していると思ったのに、そんなことはないらしい。
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