第13話 ヴォーヨンの森10

――慢心していた?いや、そうではない。そんなことは関係ない。


 自ら命令したのに、その自分さえも体が動かなかった。



 何か大きな影が見えた気がした。正確には分からない。姿を確認する前に、なんとか体が動き始めたのだからもはや見る意味なんてない。


 背中を向け飛び出す。


 飛び出した後、殿にいたミリリがそれまでの自分と同じように固まっているのが視界に入ったので、すれ違いざま手加減無しにその胸倉を掴んで振り向かせた。


 だが、俺に出来るのはここまで。むしろこの一秒に満たない時間消費も直後に後悔した。

 

 周囲や頭上からモンスターに襲われる可能性など一切無視してとにかく走る。


 がむしゃらに、ただ走り続けた。森を出ても、貧民街に入っても。

 衛兵のいる町の門に着くまで勢いを落とすことはなかった。


「ゼェ、ゼェ、ハッ……ゼェ、ゼェ」


 息を切らしながら、衛兵の腕を掴む。慣れているのかすぐ乱暴に振り払いながら、呆れたような目でこちらを見る。

 嫌々な雰囲気を隠そうともせず、一応業務だからというように「何かあったのか?」と確認してくる。


 すぐに声を出そうとしたが、まだ言葉が成立しない。ミリリも追い付いてきたが、当然そちらも息を整えるのに精一杯だ。


 ほんの少し落ち着くと、すぐに内容を伝え――ない。やめた。


「い、いや、すまない、ただの、私情だ。申し、訳ない」


 うつむき息を絶え絶えにしながら、何も伝えない。


 恐らく衛兵に伝えれば、しっかり対処はしてくれる。今の俺の装備を見て衛兵は俺をゴミとしか思っていないだろうが、嘘を付く意味もない。


 中層にもいないはずのモンスターが浅層に現れるのは流石に異常事態なはず。だが言わない。


 衛兵に謝罪しミリリに近付く。

 肩に手を回し、生還を称える。


 息も徐々に整い、改めて大丈夫かと聞く。見た目通り、なんともないようでひとまず安心する。


 ふと顔を上げ、森に続く道を見る。特に何かを感じとってわけではないのだが。

 

――そこには、見知ったもう一人の顔がいた。


「リョウ!」


「ス、ススガ、さん……。ミリリリ、さんもも」


 当然リョウも走ってきたようで、息は切れている。だが、声を出せる程度には落ち着いてもいる。

 どちらかというと、恐怖のためか全身震えていることの方が気になる。


 どうやら貧民街に入った段階で走るのを止め歩いていたらしい。


 リョウの方に駆け寄って、傷がないことを確かめる。


「どどう、でしっ、たか?」

 

 一瞬意味が分からなかったが、一拍遅れて理解する。


 今俺たちのすぐそばには衛兵がいる。


 アレの対処について聞きたいのだろう。

 が、まだそれは衛兵に話していない。それにこっちからも先に確認したいことがある。


「リョウ。ユイは?」


「ししし、しにに、まっ、た」


 何かを思い出したのか、よりいっそう震えたせい言葉になっていないが、それでも分かる。

 顔を伏せ、首を振り言葉を出したという行動だけで伝わっている。


「確認したのか?」


「……っはい。あの、熊に」

「そうか。とりあえず、行くぞ」


 目的地も告げずに歩き出す。話したいことは色々あるだろうが、出来るだけ急ぎたい。




「いらっしゃいませ!」


 店の雰囲気に相応しい、明るく元気な女性の声で迎えられる。

 この店舗は初めてだが、コーメンツであったものと雰囲気は似ている。ただし、その規模は異なる。


 ここは情報屋。


 町の中心地、ダンジョンが存在するカルデラのような大きな円形なくぼみが目の前にある。有り体に言って一等地だ。

 主にダンジョンや周辺地域のモンスターの情報を扱っており、幅広い層の冒険者の手助けになる。


 入口から見える限りではテニスコート二枚分ほどの面積があり、清潔感がある。

 大きな掲示板が数枚並び様々な情報の概要と値段が張り出されている。一般に想像する冒険者ギルドに近いものがあるかもしれない。


 とはいえここは純然たる専門店であり、冒険者が交流したり休憩するスペースなんてない。

 

 掲示板から商品を選びカウンターへ持ち込むだけ。

 コーメンツではそのままカウンターで話すこともあったが、番号の振られた個室に次々と案内されているためここではそういうものなのだろう。


 俺は掲示板に行かず直接カウンターへ向かい、そこに立つ女性店員に話しかける。


「買取を頼みたいのですが」

 

 ピクと眉を一瞬動かす店員。この反応をされることは分かっていた。


 ど素人目線での「重要な情報」なんてほとんどの場合ゴミだ。

 無駄に時間を使えばそれだけ損。穏便にお引き取り願おうとしているのだろう。


「時間が惜しいならここで今話しても構いません。もちろん周りに盗み聞きされて価値が無くなろうが、正当な値段で買い取ってもらいますけど。恐らく一万にはなるかと思います」


 努めて営業スマイルを崩さぬようしていた店員は、具体的な値段を提示したタイミングで少し様子を変える。

 変に高い値段を言わず、相場観を理解していて話が通じる人間だと認めてもらえたようだ。


 値段なんて適当に言っただけだが。

 背伸びせず控えめな値段を提示すれば、なんか分かっている雰囲気になるだろうと思っただけだ。

 実際にこれが大金になるなんて思っていないし、本当に買い取ってもらえないこともあり得る。勝手に勘違いして上手く事が運び、時短できたので万々歳だ。


「かしこまりました。では左手の一番の部屋でお待ちください」



 部屋にはシンプルなテーブルと椅子。四人掛けだったが、壁際にも椅子があったので話すことが少なそうなミリリはそっちにいてもらう。


 すぐに男性店員が来て向かい側に座る。

 紙とペンを用意していて、聞き取り体制バッチリというところだろうか。


「本日はよろしくお願いいたします。早速買い取りさせて頂く情報をお話してもらってよろしいでしょうか」

「分かりました」


 伝えることはそう多くない。南西の森で浅層に深層以降だと思われるモンスターが出たということ。それが熊型だったということ。


「リョウ、他に分かったことを言ってくれ」

「え、あ、えっと……分かったことですか?」


 何を考えていたのかはともかく、自分に話を振られるとは思っていなかったようだ。


「最も熊に近かったリョウが生き残って、ユイは死んだ。その経緯を話してくれ」


 それだけ言うとリョウがユイを囮にしたように聞こえる。

 俺自身、言い方が悪かったなと思い直後に言い直そうとしたが、弁明をするように慌てて喋りだしたのでその機会を失った。


「ユイさんが呆けたように立ち尽くしていたので、すぐにユイさんが一番近い状態になったんですよ。僕は必死に正気に戻そうと肩を掴んで揺らしたんです。そしたら、ユイさんが叫びながら突然魔法を撃って。もうどうにもならないと思って僕は逃げ出しました。その後一瞬だけ振り返って、その、やられるところを見ました」


「その後リョウが追われることもなかったのか」


「はい。もともと、アレは僕たちを襲う気なんて無かったんだと思います。見た目に反して凶暴ではないというか。だから攻撃をしかけたユイさんだけ、狙われたんだと」


「と、いうことみたいです」


「ふむ。なるほどね。改めて確認しますが、それは熊の姿で間違いありませんね?」


 聞かれたのは俺だがリョウに「だよね?」と確認を取る。リョウに合わせていただけで、熊かどうかなんて俺は分からなかった。


「間違いありません。茶色で、毛先が黒く汚れているような熊でした」


「……その熊はウルコンフーという種だね。因みにこの話は他にどこで喋りましたか?」

「喋っていません。事が起きたのはついさっきで、パーティ内でも碌に話し合わないままここに来ました」


 少しでも他に漏れた可能性があると値段は落ちる。

 特に立場の弱い俺たちなら言いがかりに近い形で値下げするかもしれない。だから確実に漏れるはずのない方法を取った。


 嘘はバレる。そういう魔法があるらしく、下手な真似は絶対にしない方が良い。それに、真実を話し続ける限りはその存在はプラスに働く。


「しっかりわきまえているじゃないか。野暮なことはよそう。……ウルコンフーは、本来森の深層にある洞窟に生息している。なるほど、腹を空かせて獲物を求めているわけでもないのに浅層にまで足を運んでいたとなると、何かありそうだ。ではこの情報は十万で買い取ろう」


 予想を大きく越える値段だ。まさか良い方向に桁が変わるとは思わなかった。

 値段に驚く俺の表情を見て苦笑する店員。


「運がよかったね。と、仲間が亡くなったのにそれは不謹慎か。申し訳ない」

「いえ、大丈夫です。よろしくお願いします」


 取引は成立し、無事儲けを手に入れた。

 帰り際には「情報を漏らせばこらしめるから気を付けてね」と穏やかに脅される。


 最優先の仕事は終えた。あとは宿で話し合いだな。


 困惑が先にあったせいで黙っていたであろうリョウは、もはや爆発寸前に思えるし。

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