第12話 僕たちの冒険
それまで僕たちは、お喋りをしていた。
自然な流れでそうなったとはいえ、少し踏み込んだ話題だ。
僕の転生理由も、褒められた話じゃない。
気付いたらつい熱くなって語っていたけど、当事者じゃないのだからこの想いが伝わるとは限らない。
肝心なところは少しぼかしてるし、話としてもつまらない。
しかも、自業自得である僕たちを襲う転生者を手に掛けることを未だに躊躇している僕が復讐だなんて、笑われてもおかしくない。
そういう流れだったし自分が話したんだから良いだろうと、みんなに話を振ったのも失敗だ。
僕が勝手に話しただけなのに、見返りを求めるようなことをするなんて。
やってしまったかと思ったけど、問題なく返事を貰えて良かった。
スガさんは優しいから嫌だと思っても表に出さなかっただけかもしれないけど、内面的なことを知れると距離が縮まった気がして嬉しかった。
日々の成果も上がってきてみんなの機嫌も良いのかもしれない。
続けてユイさんにも話を振る。
あまり得意じゃないタイプの人だけど、深く知ることで壁もなくなるかもしれない。
少しずつ仲良くなれば、連携ももっと良くなる。良いことばかりだ。
正に順風満帆だった。
そんなことを思ってしまったのがいけなかったのだろうか。
――何かがいる
何も見えていないのにそれが分かった。それと同時におかしくなった。
頭と体が切り離されたかのような不思議な感覚。何か喋ろうとしてもパクパクと口が動くだけで声は発せられない。
ようやく声が出たかと思うと、スガさんが僕の言葉を切って何かを叫んだ。言葉の意味を理解するのにはタイムラグがあったけど、理解した後もそんな当たり前のこと言わなくても分かるとも思った。
体はいうことを聞くようになったが、今度は頭と心が乖離していた。
何はともあれその姿を確認しなければ始まらないと、何故か頭がそう指令を下した。胸が痛くなるほど心は、そこを離れるべきだと訴えているのに。
そして、もったいぶるようなことはせずに自然と、堂々と、姿を表した。
熊、だろう。俯き気味な二足歩行で歩くその姿は優に二メートルを超えている。二本足で歩いてはいるけど、何かの番組で見たことのあるような典型的な熊の姿に近い。
不思議だけど、これまで見たどのモンスターの中でも圧倒的に異質だと思えたのに、どのモンスターよりも元の世界の動物に近いと思った。
あれは捕食者としてある種の完成形に近いからこそ、そのまま採用されたんじゃないかという姿。
とはいえ本当にただの熊なら、今の僕らなら難なく殺せる。スガさんやミリリさんなら一撃でやれる可能性すらある。
でもそんなことはあり得ない。アレとは戦いになんてならない。軽い気持ちの一撃で僕らの命は簡単に吹き飛んでしまうだろう。
意味のない思考を終え「あ、逃げなきゃ」と今更ながら自身の目的が定まった。幸いなことにこちらは眼中にないのか、アレはのしのしとゆったり歩いてきているだけなのでまだ距離はある。
これまでの混乱状態は何だったのかというほど、体は自然に動いた。
滑らかに回れ右をして、足を動かし始める。視界にはほぼ同タイミングで動き始めたらしいスガさんとミリリさん。そしてまだ放心状態だったユイさんが映る。
逃げろと発したスガさんもすぐには足が動かなかったことが伺える。
とにかくアレを刺激せずに、早くここを離れるべきだ。
僕らを襲った混乱状態が純粋な恐怖によるものかアレの能力かは分からないけど、あちらの能動的な敵意によるものじゃない。本当にそのつもりならこちらはとっくに全滅している。
「ユイさん、ユイさん」
肩をつかみ、強めに揺らす。正気を取り戻したのか、ユイさんが瞬きと共にちらりとこちらに視線を寄越す。ジェスチャーを交えて静かにここを離れようと誘導する。
――だが。
ゆっくりと、視線を僕からアレに戻し、
「うわああああああぁ、ああぁぁ!」
叫ぶ。
恐慌状態というやつなのか。あろうことかそのまま呪文を唱え、魔法を放つ。瞬間、もうどうにもならないと思った。魔法の行く先を追うことなく、不格好に、がむしゃらに走り出す。
人の叫び声に、獣の声が混じる。アレが動き出したのだ。石ころだった僕たちを、肉と認めさせてしまったのだ。
「うわあああぁぁ!!!たすっ!助け!!」
その間に、何歩走れただろうか。すぐに鈍い音と、悲鳴が発せられた。
声は僕のもののようにも思えたけど、僕は口を動かしてないことに気付いた。だから僕の声じゃない。
当たり前のことを、当たり前に処理できない。
ようやく声がユイさんのものだと理解し、どうにもならないと知りながらも、助けを求める声に応答する。
「ユイさん!!」
振り返ってそちらを見ると、赤い血しぶきとユイさんの上半身が目に入った。手をこちらに伸ばし必死に助けを求めている。
血しぶきはどこから?見えない。見えないなら分からない。上半身しか見えないから下半身のどこか。どこでもいい。変わらない。たくさん出てる。
――なぜか風景がゆっくりと動く。アレが、熊が、腕を振り上げた。
そんなことしなくとも、あの出血量ならもう。
――降りてきた腕が、獲物の頭部へと近付く。
その先で、必死に助けを求めている。
腕と、手と、指をこれでもかと伸ばして。光る指輪で、指し示すように。
いつかのヒーローを信じているように。
僕は目を逸らし、勢いの緩んだ足に再び力を入れ走り出す。
パキョッという小気味良い音が聞こえた。
次は僕かな。僕はどんな音が鳴るのだろう?
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