第11話 ヴォーヨンの森9

 汚れた格好そのままに、再び森へ向かう。


 このような状態だと貧民街周辺で襲われることがなくなることだけは利点だ。もっとも、行きに襲われることはどちらにせよない。


 あれからも帰り道に、転生者に襲われることはある。


 ただ、顔を覚えられたのか何なのかはわからないが、頻度はどんどん減ってきた。

 殺し方もスマートになっているので頭を潰すようなあからさまに残酷なこともしてない。

 おかげでリョウもユイもその時はかなり複雑な顔をするが、後に引くようなことにはなっていない。


 

 森の中を進む。

 鎧下の濡れた服がピタッと張り付く。

 今までも血濡れのまま放ったらかしなことはあったが、臭いがそうさせるのか不衛生感が強く不快だ。


 思えば風呂どころかシャワーも長いこと使えていない。

 コーメンツではバイト先によってはお湯を貸してくれるところがあり、週一くらいで使えたのだ。


 最近は濡らしたタオルで拭うだけ。それでも気にならないくらいには野性的になってきたところだったのだが……今日くらいは綺麗にしたいものだ。



 中層まで進み猿にを発見する。今度は四匹いる。

 まだ向こうには気付かれていないので容易く逃げることもできるが、一応四匹までは戦おうということにしていたので狩ることにする。


 こちらの前衛より数が多いが、立ち位置を間違えなければ前衛を抜けてユイを攻撃することもないだろう。


 問題は投擲だが、あやしい動きを見せたら魔法を放つように言ってある。

 何よりも、投げるものをしっかりと消費させ切ることが大事だ。焦らず最適な距離でこちらの存在を猿にばらし、投擲を誘い持ち物を無くさせる。


 いざ戦闘を始めると、上手いこと最初に対峙した個体を一撃で葬ることが出来たので数の問題は何ともなかった。


 勢いに任せて流れるように二匹目へ。

 構えなおすことなく切り掛かると、むしろ相手が対応に間に合わずこちらも一発で瀕死状態へ追いやった。


 我ながら少し感動するくらい上手くいった。


 血まみれの服が乾いて硬くなり、それまでとはまた違った気持ち悪さを感じ始めていたことを忘れるくらい気持ち良かった。


 見ていただけのユイも、少し興奮しながら両手を少し上げながら近付き、何かを思い出してピタと止まった。

 ハイタッチでもしようとしたが触りたくない気持ちが勝ったのだろう。


 リョウとミリリは受け持ちの猿を倒した後、奇妙な雰囲気の俺たち二人を見て不思議に思ったようだ。

 少し笑いながら「何でもない」と声を掛け獲物の処理に勤しむ。


 四体分を魔法無しで仕留めたのは素晴らしい結果だが、帰り道はやはり大変だ。

 三体の時は無理やり紐で括り背負っていたのだが、四体になると背中での収まりが悪く歩行の障害になる。


 少し試行錯誤した結果、前側にも一体吊るすという感じになった。

 街中に立つサンドイッチマンのようだ。こんなサンドイッチマンがいたら恐ろしいが。


 そして、ごく当然のことだが重い。

 純粋な重さよりも、肩にめり込む紐の痛みがシャレにならない。

 四体だからというか、蓄積されてきた分の痛みが出てきた感じだ。千切れそうな痛さ。


 とはいえ今更一匹頼むというのもどうかと思い、無理やり運ぶ。


 途中、やはり木人と遭遇した。

 しかし出口まで距離があるところでしか遭遇せず「まだ避けよう」などと言っている内に森から出てしまい、結局荷運びは自分だけだった。


 いつも通り宿の一階で食事にしようとしたのだが、異臭を放つ俺がいられては困るとお湯を貰えた。


「え、お湯あるんだ!」


 反応を示したのはユイ。教えてないから知らないだろうなとは思っていた。


 教えてない理由はもちろん金がかかるから。今回はサービスということになったが、通常は水の倍の値段だ。


 ランニングコストは日々の積み重ねで額も嵩むので、最も抑えなければならない部分である。

 ちょっと気持ち良いからと贅沢してはいけない。


 やはりユイもお湯が欲しいと言い出し、何とか説き伏せようとしたが理論が通じない相手を説得することは不可能。

 今日だけは仕方ないということで夜には全員分のお湯を買うことになった。


 昼食と休憩後、午後も懲りずに中層まで向かったのだが猿の群れの数が五匹以上のことが多く、思うように稼ぎは伸ばせなかった。



 ◇



 森の中層に手を出し始めてから数日が過ぎ、稼ぎが増え装備等を一新しようかと思い始めた頃。いつも通り森に入り、中層へ向かい歩き始めていた。


 浅層ではあまり気を張らずとも警戒を怠らず歩くこともできるようになった。緊張感も薄れ、時折狩りに関係ないことも話していた。


「へー。じゃあ、人探しが目的なんだ」

「だったんですけどね。でも普通に考えたらもう生きてませんし、例え生きていても転生前の人を探すって現実的じゃないと思い始めましたよ」


 リョウが転生した切っ掛けは、人探しのためらしい。


 冒険者としてステップアップしようというタイミングだったので、これからのことなどを話している内にそういうそういう流れになった。


 人探しと言っても身内を探しているとかそういうことではなく、むしろ逆。

 

 殺すために探すという、まあそういうことだ。


 言われてみれば確かに、エベナは犯罪者たちにとっても非常に好都合な世界である。

 転生してしまえば前世の罪も何もないのだから。


 一応顔の作りはある程度引き継がれるので判別できなくはないが、よほど意識してなければ分からない。

 少なくとも、リョウのような理由がなければもともと碌に覚えてないであろう指名手配犯の顔が一致することはまずない。

 

 このパーティにおいて一番まともな人物はリョウだと思っていたので、そのリョウがかなり暗い理由で転生していたのは驚いた。


 いやむしろ、まともな人物なら普通転生しないのか。

 死後に転生するならともかく、生きている内に転生するものだしな。


「僕が気になるのはスガさんの方ですけど。わざわざ転生する必要がある人には見えないですもん」

「そうなの?どっちかっていうとそれはリョウだと思ってたけど。実際目的聞いたら納得できたし。俺は前の人生が嫌だったって言う、典型的なパターンだよ」


 生憎しっとりと語るようなエピソードもない。普通の人間にそんな壮絶な経験はない。


 生きてきた年数相応の経験はあるが、それだけだ。

 語り口を変えれば面白おかしくもできるかもしれないが、そうする理由もない。

 

 俺としては、自分のことよりもミリリの方が気になる。あまり喋らない理由などに繋がるかもしれないし。

 限界まで鍛錬に励む俺とリョウ以上に頑張っている理由というか、その源も知りたい。


 今回も喋ろうとしないだろうし、結局聞けないだろうとも思っているが。


 もともとこの手の話題はお互いに避けてきた。

 経緯はどうあれ自分の人生を捨てた奴の集まりなのだから、積極的に触れるべき話題ではない。

 気心が知れてきたからこそできる会話だ。


 

「ユイさんは……」


 不意に言葉を切る。何かを見つけたのか。


「ん、なに?」


 何がいるのかと前方を伺うがここからでは何も見えない。


――いや、まだ見えない。


 頭が急速に冷える感覚。恐らくリョウもまだなにかを見たわけではない。


「これって」「逃げるぞ!!」


 リョウの言葉を掻き消し命令を下す。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る